七十六個目
とてつもなく気まずい空気になってしまった。
そう、理由を言おう。理由を言って納得してもらうんだ。この空気はさすがに居づらい!
俺がそう思ったとき、先に切り出したのはエーオさんだった。
「理由をお聞きしてもよろしいですか? 東倉庫を立て直したナガレさんなら、適任だと思うのですが……」
「はい。では理由を説明させて頂きます。まず、倉庫ということは管理人の方がいらっしゃるはずです。その方を蔑ろにして、指導などということはできません。次に、自分はあくまでもアキの町、東倉庫の管理人だということです。ここで力を貸しましても、なにかあったときに王都へ手伝いに来るわけにはいきません。あくまで東倉庫が優先となりますし、距離的な問題も大きいですからね」
「なるほど……仰る通りですね」
「ですので指導などを行うのでしたら、その指導に時間をとれる方のほうがいいはずです。状況なども分かっておらず、時間も限られている自分が軽々しくお引き受けするわけにはいきません。申し訳ありません」
エーオさんは項垂れてがっくりとしてしまった。
色々と理由をつけたが、本当の理由は別にある。
一番の理由は、恐らくひどい状況であるその倉庫を見たとき、俺がやる気になってしまう可能性が高いことだ。
だが、それは間違っている。
それを改善すべきは商人組合やその倉庫の管理人の仕事であり、俺が口を出せばいい顔をされないのは分かり切っている。
元の世界で散々学んだことだ……。なんだよ、良くしようとしてるのに文句しかあいつら言わないんだからな。今、少し苦労したらこれから楽になるって言ってるだろ!
……っと、そんなことは置いておこう。
とりあえず言いたいことは、どう冷静に判断しても碌なことにはならなそうだということだ。
エーオさんには少し悪いことをしてしまったが、理由を納得してもらえて良かった。
「……無理を言い、申し訳ありませんでした。王都の方にはどのくらい滞在される予定ですか?」
「そうですね。一ヶ月ほどになるかと思っています」
「分かりました。なにか困ったことがありましたらいつでもご連絡ください。時間ができましたら、一緒に食事でもいたしましょう」
「ありがとうございます。では、自分たちはこれで失礼いたします」
「はい、良い休暇をお過ごしください」
俺たちはいつも以上に犬耳がしょんぼりしているエーオさんを残し、商人組合の本部を後にした。
若干の気まずさは残ったが、仕方ない。
その後、宿に戻り食事を済ませ、部屋へと戻る。王都の食事も楽しみたいのだが、それは明日以降にしよう。今日はさすがに疲れた。
男性陣と女性陣に分かれ部屋に戻ろうと思ったのだが、セトトルがなぜかこちらをちらちらと見ている。
「セトトル、どうかしたの?」
「う、うん……。助けてあげなくて良かったのかなって」
なんだこの眩い天使は。セトトルの背中に天使の羽が見えてくるような聖人っぷりに驚いてしまう。
俺はそんなセトトルの頭を撫でた。めっちゃ可愛い。
「ボ、ボス? なんで頭を撫でてるの?」
「いや、セトトルはいい子だなって再認識したんだよ。偉い偉い」
「んん……。そうじゃないよ! 助けてあげなくて良かったの?」
む、そういえばそんな話をしていた。
完全に頭から抜けていたが、セトトルを納得させなければいけないか。
「例えばだけど、東倉庫に知らない管理人さんが来たとしよう」
「うん……うん? ボスがいるのに?」
「そう。それで、その人は偉そうに言うんだ。ここが良くない。そこが良くない。ってね」
「偉そうに!? なにそれ嫌だよ! ボスがいるから俺たちは大丈夫だよ!」
「そういうことだよ。知らない人は受け入れにくいし、それで良くなったとしても、ずっと見てあげられるわけじゃない。なら、手を出さない方がいいこともあるんだよ」
セトトルは納得したようで、首が壊れそうな勢いで縦に振っていた。
でも彼女が納得したのは別の方向だったようだ。
「ボスがいるから他の管理人さんはいらないよ! ボス以外の管理人さんなんて、オレ嫌だからね! ……ボスやめないよね?」
「う、うん? そういうことじゃないんだけど……まぁ、いいかな。後、辞める予定は今のところないから安心して大丈夫だよ」
そういえば、最近辞めて逃げようと思わなくなっていた。
これは慣れてきているのか、毒されているのか……難しいところだ。
よく見るとセトトルが納得してくれた後ろで、フーさんもメモを取りつつ頷いていた。
二人とも助けてあげたかったのか。いい子たちだ。
部屋に戻り、疲れもあり俺たちはベッドへ潜り込む。
あ、そうだ。ヴァーマさんに聞かないといけないことがあった。
「ヴァーマさん、そういえばアグドラさんとサイエラさんのことを言っていましたが」
「すまん! 詳しいことは言えん! 護衛として来たというのは間違いない。決して悪いことをしているわけではない。信じてくれ」
「そ、そうですか。分かりました。信用していますから、これ以上は聞きません」
先に謝られると、どうにも聞きづらくなってしまう。
これが全く知らない人とかなら、どこまでも追及しただろう。でも、ヴァーマさんだからね……。
それに疲れているからか、少しぼーっとしてしまう。もうなんというか、眠気が……。
俺はぼんやりとしながら、お腹の上にいるキューンを撫でつつ寝言のように声をかける。
「そういえばキューンも、助けてあげたいと思ったかい?」
「キューン。キュンキューン(思わないッス。自分のことは自分でやればいいッス)」
「厳しいお言葉で……おやすみ」
「キューンキューン。キューンキュン!(ボスは自分でやってるッスからね。だから僕たちも信じてついていくッスよ!)」
キューンの言うことは短くも、正しかった気がする。
でも俺は自分でやってるかな? やりたいとは思ってるけど、頼ってばかりな気がする。
でも、一つずつ良くしていこう。まずは、酔い止めと胃薬を買うところから……。
お腹も一杯の俺は、気持ちよくそのまま眠りに落ちた。
……暑い。そして動けない。体が重い。息苦しい。なんだこれ? うぅっ、なにか柔らかいし温かい。髪や頬が引っ張られている。うぐぐ……。
「ボスたちそろろそろ起きたらどうだい? 朝食を食べに行こうじゃないか」
声がする。セレネナルさんの声? うぅ、全身が重い。左腕が痛い。まさか、また熱が? 体も暑いし……。ん? ボスたち? キューンはまだ起きていないのか?
「ったく、いつまで四人で寝てんだ。いつもそうやって寝てんのか?」
「ぶぁっ!」
ヴァーマさんの声に反応し、俺はマヌケな声を出しながら目を覚ました。そして、体を動かせないまま周囲を見ようとする。むむ、なぜか左目が開けない。何か乗っているぞ?
おれは仕方なく、右目だけで辺りを確認した。
俺の髪と頬をなぜか引っ張りつつ眠るセトトル。
お腹の上にいたはずなのに、顔の上にいるキューン。
極めつけは右腕の上に頭を乗せ、自分の足を俺の上に乗せたまま寝ているフーさんがいた。
そりゃ動けないわけだ。……というか、隣の部屋で寝ていたはずだよね? なぜここにいるの?
後、そこの二人はにやにやしていないで俺を助けてください。すごく恥ずかしいです。
その後すぐに、三人も目を覚ます。
そしてセトトルとフーさんは恥ずかしそうに顔を赤くし、隣の部屋へ走り去って行った。
「いやいや、部屋は一部屋で良かったね」
「え? セレネナルさんもこの部屋で寝たんですか?」
「そうだよ。ボスが悪さをしないか見張っていたのさ」
セレネナルさんは笑いながら言っているが、こちらからしたら笑いごとではない。
そんなつもりは毛頭ないが、疑われているようで困る。なにより、普段からあんな風に寝ていることがバレてしまった。
「まぁ悪さをしたのはボスじゃなくてあいつらだったけどな。危うくボスがお陀仏するところだった」
「分かっていたなら助けてくださいよ!」
笑いごとじゃないのだが、完全にネタにされてしまった。
これじゃあ、朝から晒し者だ。
……でもまぁ俺たちの王都での休暇一日目は、こんないつも通りな感じでスタートした。