七十五個目
宿の二階、部屋は二部屋。
なので、男性陣と女性陣に別れて泊まることとなった。
室内は同じ作りだがベッドが四つもあり、かなり広い作りで悠々自適だ。
ちなみにキューンをどうするか悩んだのだが、言葉が通じる俺がいる方が良いということで、こちらの部屋となった。
だが、なぜか全員男性側の部屋にいる。
セトトルはキューンの上にのり、キューンはベッドの上にのる。
ベッドのふかふか具合を使い、いつもより高く飛び跳ねて遊んでいるその姿はとても微笑ましい。
さて、少し和みつつ休んだことだし行きますか。
俺は立ち上がり、全員に告げた。
「それでは、ちょっと出かけてきます。疲れていると思いますから、皆さんは休んでいてください」
「ボスどこに行くの?」
「商人組合の本部だよ。さっきのことを報告しないといけない。まだ夕方だし、この時間なら人もいるはずだからね」
「上長に連絡!」
「おぉ、セトトルよく覚えていたね。えらいえらい」
「えへへ……」
俺がセトトルを誉めていると、ヴァーマさんが立ち上がった。
わざわざ立って見送らなくてもいいのに……。
「まあ、さっきのことを報告しないといけないよな」
「なにかあってからじゃ困るからしょうがないね」
説明しなくても二人は分かってくれていたようだ。
ここまでの行動は予定に沿ったものなので、問題はないはずだ。だが、さすがに王族やら貴族やらと言われたら報告をしないわけにはいかない。
俺の王族のイメージなんて「気に入らん! 斬首じゃ!」って感じだよ? 死にたくはないからね。
なら三人のことはセレネナルさんに任せてっと。
「じゃあ私も行くわぁ」
「キューン(僕も気になるから行くッス)」
「じゃあオレも!」
休んでいていいと言ったのだが、三人も俺たちと一緒に商人組合本部へ向かうようだった。結局全員で宿を出る。
それにしても、この中で一番疲れてるの俺な気がする? 時間を見つけてトレーニングとかした方がいいかな……。
俺たちは足早に商人組合の本部へ向かうことにした。
馬車は宿で預かってくれているので、徒歩での移動だ。
「本部の近くに宿をとってくれたエーオさんに感謝しないといけませんね」
「うん。人もたくさんいるし、こんな広い町の端から端まで移動させられたら、オレげっそりしちゃうよ……」
「キュンキューン。キューン(王都はさすがに広いッスね。人も多くて疲れるッス)」
セトトルは俺の頭の上にのっているだけだし、キューンは袋に入れて運んでいる。
つまり彼らは歩いているわけではない。キューンに至っては人が多いかすら分からないはずなのだが、まぁ言っていることには概ね同意しておこう。
俺たちはてくてくと進み、数分で商人組合の本部へと辿り着いた。
「物凄く大きいですね」
「こ、この中に入るのぉ? 迷子にならないかしらぁ……」
実際目の前で見てみると、とてつもない大きさだった。
その大きさに、俺以外の面子は委縮してしまっている。
「まぁ、とりあえず入りますね」
「ボ、ボスは全然平気そうねぇ? こんなに大きいと怖くない?」
「大丈夫大丈夫、呼ばれて来てるんだからね」
元の世界で、もっと大きいビルとかを見ている俺からしたら大した大きさではない。
まぁそうじゃない面々からすると、建物の大きさからの威圧感で大変なのだろう。ここは俺がビシッとみんなを引っ張らないといけないな!
たくさんの人が出入りしているので、扉は開けっ放しだったのでそのまま入るだけだ。
俺は全員を引き連れるように、本部の中へと入った。
「失礼しま……うわぁ」
中は人がごちゃごちゃとしていて、カウンターでは怒鳴り声やらなんやらで騒然としている。
ビシッと引っ張ろうとか思ったくせに、ちょっと帰りたくなる。
誰に話しかければいいのだろう? 俺がきょろきょろと辺りを見回していると、声がかけられた。
「商人組合の本部へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」
「これはご丁寧にありがとうございます。エーオさんに呼ばれて来たのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
「エーオ本部長ですね。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。アキの町で東倉庫の管理人をしております、ナガレといいます」
「ナガレ様ですね、かしこまりました。少々お待ちください」
本部長? 本部長がこの世界でどのくらい偉いのかは分からないが、エーオさんって偉い人だったのか。
それにしてもあのお姉さん、顔に鱗があって、お尻のところには爬虫類みたいな尻尾があった。尻尾フリフリしていて可愛い。
緊張して固まっている俺以外と、辺りをきょろきょろ見る田舎者丸出しの俺たちが少し待つと、先ほどのお姉さんが戻って来る。
「ナガレ様、こちらへお越しください。すぐにエーオ本部長がお会いするようです」
「お手数おかけします」
俺たちはお姉さんに続き、本部の中を歩く。
そして3階奥の部屋へと通された。扉の上には本部長室と記載されている。
専用の部屋があるよ、エーオさんすごい。
「本部長、お連れいたしました」
「はい、ありがとうございます。お茶をお願いします」
「かしこまりました。では、私はこれで一度失礼いたします」
俺たちが中へ入ると、垂れた犬耳がよく似合っているエーオさんが出迎えてくれた。
ふふっ、命の危険もないし、厄介ごとの気配もない。こういうの俺大好きだよ。
「わざわざこちらまで出向いて頂きありがとうございます。近日中とは聞いていたのですが、いらっしゃる正確な日程が分かっていなかったため、出迎えに行けませんでした。申し訳ありません」
「お手数をお掛けしてしまい申し訳ありません」
正確な日程が分かっていなかったのは、恐らく連絡がなかったのではなく、到着するときが曖昧だからだろう。
電車やバスでの移動ってすごかったんだな。ずれないで正しい予定で辿り着けたからね。馬車ではそうはいかない、か……。
だがエーオさんはにこにこと笑い、俺たちにソファを勧めてくれた。
なんか、歓迎されている感じでいいね。気持ちが落ち着く……。
いや、落ち着いている場合じゃない。報告しないといけないことがあった。
「エーオさん、少しご報告があるのですがよろしいでしょうか?」
「報告、ですか。なにかありましたか?」
「はい。王族とオーガス家というところから、なにか連絡などがありましたでしょうか? 町へ優先的に入れるように指示をしてあったり、宿などの手配がそちらからされていたようなんです」
エーオさんは笑顔のまま固まった。
これはなにか知っているな……。
「王族、ですか。そちらにはこちらから連絡をしておきます。大丈夫です。えぇ、大丈夫です。ご安心ください、大丈夫です」
こんなに何度も大丈夫と言われると、逆に不安なんですが……。
「王族でナガレさんを知っている方は予測がついております。歓迎の気持ちで手配をしてくださったのだと思いますが……。私から話を通しておきます。ナガレさんを王都にお呼びしたのは、王族ではなく商人組合の本部ですから。それに、ナガレさんも王族に呼ばれたなどという理由で、目立ちたくはないと思いますので」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
エーオさんすごい。俺の気持ちを分かってくれている! 王族にご招待されて、最高級の宿になんて案内されたら、そりゃ目立つに違いない。でもこれで一安心だ。
さて、もう一つの問題は……。
「オーガス家についても、こちらから連絡をしておきましょう」
「そちらともなにか繋がりが?」
「いえ、私ではなくそちらで繋がりがあります。お聞きしていらっしゃいませんか? アキの町の町長は、オーガス家の当主と友人のはずです。それに、ナガレさんも娘さんとはお知り合いだと思われます」
町長の知り合い? それを聞き、俺は町長が困ったことがあったら、と渡した手紙を思い出した。
そうか、あれはオーガス家のことだったのか。
でも……娘?
「あの、失礼ながらオーガス家の娘さんとは?」
「もしかして、存じ上げませんか? 西倉庫の管理人をされているとお聞きしておりますが……」
「……ハーデトリさんですか?」
「はい、その通りです。知っていらっしゃるではありませんか」
いえ、初耳です。
そうか、あの金髪縦ロールはやはり貴族の特権だったのか。他にあの髪型の人を見たことはなかったしね。
ということはだ、ハーデトリさんが自分の実家に泊まれるように手配をしてくれていたのか? 泊まるところが無いと困るだろうと気を遣ってくれたのだろう。ありがたいことだ。
……いや待て。町を出るときは意識が飛びかけていてうろ覚えだが、あの人は確か見送りのときにいなかったような。
まさかね。うん、まさかそんなことはないよね。大丈夫大丈夫……。
「疑問も解けたようですので、来て頂いたご用件についてお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです。ぜひお伺いしたいと思っておりました」
まあ、大体想像はついている。
管理人としてのしっかりとした登録とか、研修を受けてほしいとか、そんなことだろう。
一週間か二週間くらいかな? それが終わったらだらだらと休みを楽しめる。いやー、早く終わらせてみんなで遊びたいな!
「実は、王都にある倉庫のことなのです」
「……はい?」
「その、こういってはあれなのですが、倉庫業務というのは評判があまりよろしくないところが多いです」
「はぁ……」
なんか、俺の想像と違う話を進められている。
もしかしてうちの倉庫も問題があるから、怒られるとかだろうか?
むぐぐ、そこは想定していなかったがしょうがない。本部の意向に合わせて改善をしていこう。
「まず、汚い、きつい、危険だと言われており、長く続けられる人が少ないです。そして続けている人も、荒くれ者が多いといいますか……」
「なるほど、よくある話ですね」
んん……? なんか、すごく嫌な予感がしてきた。
うちの倉庫は綺麗だし、きついかもしれないけど、危険はなるべく減らしている。
この条件には当てはまらないはずだが……。
「私も東倉庫を見学させて頂きましたが、東倉庫は非常に素晴らしかったです! そしてそこから学び、他の三倉庫もどんどん素晴らしくなっております!」
「ありがとうございます」
「それでですね……。ナガレさん!」
「は、はい」
エーオさんは身を乗り出して俺の右手を取り握った。あ、絶対これやばいやつだ。
「ぜひ、その知識をお貸し頂けないでしょうか! 王都で一番ひど……。一番大きい倉庫の指導をあなたにして頂きたいのです!」
その必死な形相で分かる。本当に困っているのだと。
俺だって力にはなりたいと思う。思うが……。
少し考えた後に、俺はエーオさんに頭を下げてはっきりと告げた。
「申し訳ありません。お引受けできかねます」
その言葉で、室内は静寂に包まれた。




