七十四個目
王都までは、一週間ほどの道のりである。
途中にある村に泊まったり、野営をしたりして王都へ向かう。
野営って響きがいいよね。キャンプっぽいじゃん? なんというか、リア充っぽい。
それに旅行だよ旅行! 休暇に旅行! いやー、休みっていうのはこうじゃないとね!
「で、ボス。車酔いはどうだい?」
「……」
「声も出ないみたいだねぇ」
旅行も野営もこの世から無くなってしまえばいいのに……。
俺の車酔いもあり、王都へ辿り着くのには十日ほどかかった。
その間でモンスターに襲われたり野盗を撃退したりと大冒険があったのだが、割愛させて頂こう。
……いや、すみません。本当になにもありませんでした。普通に襲われることもなく着きました。
段々と自分の思考が、厄介ごと前提になっているようで少し怖い。
王都につくまでの間も、何かが襲ってくるのじゃないかとずっと警戒をしていた。
でもなにも起きなかったよ……、これが普通だよね!
そんな俺の気持ちは露知らず、長旅の終着点が見えて、みんな声が弾んでいた。
「おい、見えてきたぞ」
「どこどこ!? ……お城だ! オレお城見るの初めてだよ!」
「すごいわぁ! 私もお城を見るの初めてよぉ!」
「キューンキューン。キューン(城って綺麗だし入り組んでていいッスよね。ただ案外脆いッス)」
「キューン、俺にしか聞こえていないからって、変なことは言わないでくれるかな?」
王都、か……。
西洋のお城を見るのなんて、俺も初めてでわくわくする。
車酔いしていないときに見れて本当に良かった。
それにしても、遠目から見てるだけでもその凄さが分かる。町の周りもアキの町よりでっかい壁に覆われていてすごい。正にファンタジー!
俺たちがわくわくしながら眺めていると、どんどんと王都へ近づいて行く。
そして、恐らく王都の南門だろう。そこで……並ぶことになった。
「全然進まないよ? オレたち今日中に入れるのかな……」
「まぁ王都っていうのはこういうもんだよ。今日は空いてる方だね」
「これでぇ? 嫌になっちゃうわぁ……」
早く王都へ入って休みたい、それは全員同じ気持ちだろう。
多少の愚痴が出るのは仕方ない。と、思っていた俺たちのところへ、全身が鎧に包まれており、手に槍を持った兵士が馬車へ近づいて来て話しかけてくる。
「王都の門番だ。進行をスムーズにするために、通行許可証を見せてもらいたい」
「はい、お疲れさん。これがそうだよ」
セレネナルさんは手慣れた様子で書類を渡していた。
冒険慣れしたいとは思わないし、冒険者はやめたい。だけど、こういうところは少し憧れてしまう。さっと出せるの格好いいよね。
兜で顔もよく見えない門番は、書類を受け取り確認をする。
そして、書類とこちらを何度も見返している。
「いくつか確認をしてもいいだろうか?」
「ん? なんか不備でもあったか? アキの町の町長の印が入っているから問題ないと思うんだが……」
「いえ、その……。こちらにナガレ様がいらっしゃいますか?」
「……? ナガレは自分です。なにかありましたか?」
彼はまじまじと俺を見ている。
なにこれこわい。俺なにかやらかしたの? それとも悪評が王都にまで!?
だが、そんな俺の不安とは全く関係のない答えが返ってきた。
「し、失礼いたしました! アキの町、東倉庫の管理人であるナガレ様ですね? あなたが来られた場合、早急に通すようにと、王子とオーガス家より言われております! どうぞ、馬車をこちらへ!」
この人はなにを言っているんだ?
王子って、王族だろ? なんでそんな人が俺を知ってるのだろう。
後、オーガス家ってなに? 知らない単語を並べまくられた。エーオさんが手を回してくれていたならともかく、これはたぶん勘違いだろう。
「すみません、それはなにかの手違いだと思います。ちゃんと並んで入りますので大丈夫です」
「いえ、そのようなことは……。ですが、不備があってはいけませんね! 一応もう一度確認をして参ります! しばしお待ちください!」
そう言い残し、彼は急ぎ戻って行った。
俺たち全員は疑問符を頭に浮かべる。とりあえず知ってるかもしれないセレネナルさんに聞いてみるか。
「セレネナルさん、王子ってこの国の王族の方ですよね?」
「そうだね。私も遠目にしか見たことはないけど……ボスは、王都は初めてだよね?」
「はい。たぶん似た名前の人と間違えたのではないですかね? 後、オーガス家ってなんですか?」
「オーガス家はオーガの名門一族だね。王都の貴族でもかなり上の方のお偉いさんだよ。私なんかでも知っているくらいには、有名な貴族だね」
「ボスはお偉いさんってことぉ? 身分を隠してたのかしらぁ?」
「いや、一般的に考えれば不審人物以外のなんでもないよ」
「すごい……ボスって物語に出てくるような、すごい人だったんだね……。オレも王子様に会えるかな!?」
「いや、王子様とか会ったことないから……」
なぜかセトトルとフーさんは浮かれていた。
女の子っていうのは王子様に憧れるものなんだろう。俺には分からないが、たぶんそうなのだ。
それにしても、話し合ってもさっぱり分からない。一体どういうことなんだろう?
結局なにも分からないままの俺たちのところへ、先ほどの門番さんが走って戻って来る。
まぁ、これで勘違いは解けるだろう。
「申し訳ありません、お待たせいたしました! 少し不備がありました!」
「あぁ、ですよね。忙しいところ、お手数かけて申し訳ありません」
「商人組合の本部よりも、ナガレ様がいらっしゃった場合は即時お通しするように言われておりました! どうぞこちらへ!」
やばい、余計ややこしいことになった。
商人組合本部というのは、恐らくエーオさんだろう。俺たちが来たときのために手を回してくれていたのなら、まぁ不思議はない。
だが彼は、王族とオーガス家?についても間違いだと言わなかった。どういうことだ。
それに並んでる人たちを無視して前に行くって、なんかもやっとする。割り込みとかされるの嫌だし……。
馬車内の全員は、俺の答えを待っているらしく、俺を見ていた。うーん……。
「すみません、やはり並んで入ろうと思います」
「い、いえそれでは……」
「皆さんが並んでいるのに、自分だけ先に入るって少しずるいですよね? ですので、ちゃんと並ぼうかと」
「お願いいたします! どうかそう言わず、先にお入りください! これだけの方から連名で先に通すように言われているのです! 失礼があっては、私の首だけでは済みません! お願いいたします! 本当にどうかお願いいたします!」
もう彼は土下座でもしそうな勢いで、俺に頼み込んでいた。
さすがにこれ以上は、この人にも迷惑がかかってしまう……。仕方ない、か。
「えっと、分かりました。それではそちらの指示に従わせて頂きます。なにか、面倒なことになって申し訳ありません」
「本当ですか!? ありがとうございます! では、どうぞこちらへ!」
彼は馬車の横を歩き、俺たちを列から外し進ませる。
うーん、いいのかな? たぶん間違いだと思うし、後で問題になりそうだけど……。
いや、そうなったら素直に謝ればいいか。うん、これ以上門番さんに迷惑はかけられないよね。
近づけば近づくほどでっかい門で、俺たちは手続きをする。
時間がかかるかと思っていたのだが、あっさりと終わった。
というか、書類を見てぎょっとした相手がすぐに通してくれた。楽でいいけど、これ本当に大丈夫か?
俺がそんな心配をしていると、先ほどの門番さんがまた走って俺たちのところへ来る。
ガッシャガッシャと鎧を鳴らしているが、重くて大変だろう。本当にすみません。
「では、これで手続きは終わりました! それで、えぇっと……どういたしましょうか?」
「どうするってどういうことだ?」
「お聞きになっておりませんでしょうか? 宿泊先が三つご用意されているようでして、どちらにご案内をすればいいかと思いまして……」
「三つ? どういうことだい?」
「はい、まず一つ目は王子より仰せつかった宿です。王都で最高級の宿になっております。そして二つ目がオーガス家ですが、こちらは客人として自分の邸宅に泊まらせるようにとなっております。最後が商人組合の本部、こちらは一般的な宿が記載されております」
「……おい、ボスどうするんだ?」
ヴァーマさんもやれやれといった感じの顔で俺を見ていた。
いや、本当に困っちゃう……。
俺は少し悩んだ。悩んだのだが……王族やオーガス家に心当たりは全くない。
なにか連絡があったわけでもないし、商人組合の指示に従うのが筋だろう。
むしろ最高級の宿になんて泊まって、後で間違いだって分かる方が怖い。オーガス家の邸宅に泊まるというのも、お前ら誰だ! 帰れ! と言われるのが目に見えている。
なら、選択肢は一つだろう。
「商人組合の本部に呼ばれて来たのですから、そちらの指示に従いましょう。残り二つはよく分かりませんし」
「し、しかしそれでは、王族の意向を無視してしまうことになりますが……」
「大丈夫です。こちらへ事前に連絡があったわけではないですし、正直そちらについては全く分かりません。ですので、商人組合が用意してくれた宿へお願いいたします。あ、もちろんなにかありましても、そちらに責任をとらせたりはしませんのでご安心ください」
「そ、そうですか……。分かりました、ではご案内をさせて頂きます」
彼は律儀に俺たちを宿まで案内してくれた。
そして宿についた後も、何度も俺たちへ頭を下げて帰っていく。
その光景を俺たちは、最後まで不思議そうな顔で見ることしかできなかった。
なにかの不備だとは思うんだけど、一体どういうことだ?