真実(後編)
「やったか」
鄭が体を起こし振り返ると、皆の無事が確認できた。一足先に起き上がっていた武瑠は道源の亡骸に歩み寄り、抱きかかえると、慈しむ様に目を閉じさせ、しばらくその顔を眺めていた。
「これで終わりじゃないぞ。全員、気を緩めるな。全世界の同胞が成功していれば、この後にホーラが現れるはずだ」
しばらく続いた静寂の後、奥の方から真っ白な光がじわじわと広がってきて、辺り一面が眩しいくらいに照らされた。
「おお! やはり、我々は間違っていなかった!」
その白い光の中から人影のようなものがゆっくり現れ、こちらに向かってきた。
「ホーラは現れない。正確に言えば、既に存在している」
眩い光と共に、アレーティアや道源の亡骸は消え去り、目の前には一人の男が立っていた。
「沢村!? お前、ここで何をしている!?」
「鄭、久しぶりだな。残念だが、お前たちの試みは徒労に終わったよ。アイオーンを倒す事に成功したのは、ここにいるお前たちだけだ。他は全て失敗している」
「何故そんな事がお前にわかる? お前は一体、何者だ?」
「ふん、久しぶりの再会にしては、えらく冷たい物言いだな。まあいい。私はホーラの使者だ。S.I.Sは元老院首相直属の情報機関だが、その長官はホーラの使者が務め、元老院の監視や、他地域との連携を行っている。そして最大の役割は、お前たちのような亜種の殲滅だ。もっとも、それは元老院の首相であっても知らされていない事実だが」
「ホーラの使者!? と言う事は、お前は、人ではないのか?」
「その通りだ。厳密に言えば私は存在せず、お前たちが理解しやすい様に可視化されているにすぎない。ちなみにお前たちがホーラと呼ぶ存在はこの地球そのものであり、アイオーンはお前たち人に対する抗体だ。
人が誕生して10数万年、つい最近まで他の生物と共生が出来ていたお前たちは、産業革命の後、急激に増殖しようとした。いや、元々繁殖力が強いお前たちは飢餓や疫病といった試練を、貿易や医療の発達によって克服し、その結果死亡率が劇的に低下した事による人口爆発といった方が正確だな。
それは恐ろしいほど早く、これも地球を人に例えると、お前たちが先ほど使用した生物兵器を上回っている。もしアイオーンという抑止力がないまま繁殖を続けていたなら、生物の多様性は失われ、ひいては地球そのものの生命エネルギーを搾取し続けて、致命的なダメージを与えていただろう」
「そんな……。僕たちは母なる地球を守っていきたいと思っていますし、豊かな自然と共存していくために、努力をしています」
タマオが口を挟んだ。
「一体、何から地球を守るというのだ? お前たちが脅威なのだぞ? お前たちは地球上に存在する生物の一つに過ぎん。それを、あたかも全ての環境や生物は、人の管理下にあるとでも思っているようだ。それは、あまりにも痴がましいとは思わんか?」
誰も、何も言えなかった。
「だが残念な事に、あのワームホールの向こう側は決して異世界ではない。時間軸が違う、この世界の未来を映し出しているだけだ」
「え、どういう事ですか? 僕たちは失敗したのですよね?」
「地球はその固体において完結している。それ故に繁殖という術を持たない。つまり寿命を迎えたら、それで終わりなのだ。人の繁殖力は想像を超えた。もはや年を取り免疫力が低下した地球が制御できる範疇ではない。
従って、お前たちの目標達成如何に関わらず、いずれアイオーンは滅び、まもなく地球も滅び行く。
向こうの世界は、全てのアイオーンが死滅した後の世界であり、抑止力を失った人が繁殖を繰り返し、地球にとってのパンデミックが起こっている状態だ。その後、地球の寿命がどれくらい残されているのかはわからんが、さほど長くはないはずだ。それでもお前たちは本能に従って繁殖を止めず、違う星に活路を求めて宇宙に飛び出していくのだろう」
「そうなるとわかっていても、アイオーンは生み出される必要はあったのでしょうか」
「それも人に置き換えて考えてみろ。年老いてからでも病気をしたら、それに対する抗体が体の中で生み出されるだろう。それと同じ事だ」
「そ、そんな……」
皆が言葉を失って立ち尽くす中、ずっと目を閉じて話を聞いていた鄭が、目を見開いた。
「沢村、いやホーラの使いの者とやら、どうやって今の話を信じろと言うのか? 私は、全世界に数十万人の同胞を抱える宗教団体、真実の目の教祖だ。アイオーンという脅威を殲滅し、人が自ら統治する社会を作るという信念を持って私の下に集まってくれた信者に対して、もしお前が私の立場なら、今の話を信じろと言えるのか?」
次第に鄭の声に力が入りだし、突き出された拳は力いっぱい握り締められ、爪が食い込み、血が滴り落ちた。
「元凶は我ら自身だと? もしそれが真実だとしたら、今までやって来た事はなんだ? 目標や信念を見失う者は、これからどうすれば良い? 私は信じん。信じてはならんのだ。その先にはホーラというアイオーンを束ねる存在がある。そして、それを我らの手で倒し、我らの手で、新しい未来を作るのだ!」
鄭は血まみれになった拳を高々と振り上げ、ソジンの方に顔を向けた。
「ソジン、放て!」
全身全霊を込めた鄭の号令が響き渡った。ただ伏龍の轟音は響かず、身を伏せた鄭が異変に気づき顔を上げると、沢村の横には伏龍から信管を抜き取った智也が立っていた。
「智也くん! 一体どうしたんだ!?」
藤堂が両手を広げ、一歩前にでた。
「私たちはケンジだけでなく、智也も選択している」
「何だって!? 智也くん、君は知っていたのか?」
「いや、何も」
「では、何故……」
「今は、明らかに鄭さんが冷静さを失っていたよね? 藤堂さんやソジンさんも同じ目をしていたよ。さすがに止めないといけないと思ったんだ」
「ケンジは道源による導きもあって、若くして向こうの世界を体験した。彼はその豊かな感性も手伝って、向こうの世界が直面する現実だけでなく、その中に可能性をも見出したようだ。そして、智也は自然発生的に竹やぶに集う連中の指揮を執り、結果的にこうして私たちの前に現れた。全て私たちの意図通りとは言わないが、大きく逸脱もしていない」
沢村は全体を見渡した後、智也とケンジを見つめた。
「地球に残された寿命は長くはない。ただし人の時間軸で考えれば、まだまだ先の話でもある。その間、若い二人が指揮を執り、残された時間の中で人がどのように生きていくべきなのかを考え、そして導くのだ」
ケンジは腕を組み、聞いていた。ふと隣を見ると、ゲイリーも同じポーズを取っていた。
「鄭さん、あなたたちが父を殺した事は、正義なの?」
「わからん。ただ我々にはあの時、他の選択肢はなかった。今考えてみると、結果的には因果関係があったのかもしれん」
膝を落として呆然とする鄭は、力なく答えた。
「それは、不確実な事だったんだね。それを聞いて少しは安心したよ」
「では、どうするのだ?」
「うーん、わからない。だって、東アジア以外にはまだアイオーンは存在しているんだよね?」
智也は手に持った信管をくるくるとまわしながら、沢村に顔を向けた。
「なら、今までと何も変わらないかもしれない。人がどう生きていくべきかなんて、今はわからない。例え地球を脅かす存在だとしても、自ら命を絶つわけにはいかないし。ただ日頃は考えもしなかった人のポジションというか、生き方なんかは、意識するだろうな」
「人が地球にとって有益な存在になれば、地球の寿命も少しくらいは延びるかもしれない。どうすればそうなるかはわからないけど、そうなるしかない」
「お前、大人になったなぁ」
ゲイリーに思いっきり背中を叩かれても、もうケンジは微動だにしなかった。
「鄭、お前たちの時代は終わった。それと同時に、私の役目も終わった。私は生命を与えられておらず役目を終えれば消えるだけなのだが、感情や記憶は持っているので、最後に一つだけ言っておく。お前とアーロンと過ごした学生時代、あれは本当に楽しかった。これは人として過ごした束の間の思い出に対する、嘘偽りない私の気持ちだ」
心なしか、沢村の口元が緩んだように見えた。
「ああ。出来れば、あの頃に戻りたい」
溢れる涙を浮かべて泣き崩れた鄭は、藤堂やソジンに支えられて立ち上がり、涙を拭った後に顔を上げると、そこに沢村の姿はなかった。




