目覚め
「ケンジ!」
ゲイリーの呼びかけに対し何の反応もなく、ケンジは目をつぶったまま両手を広げていた。一面を覆う膜はケンジから出ているように見えた。
「何だ? あの膜みたいなものは」
「わかりません。ただあれがある限り、我々の攻撃が成功する確率はかなり低そうですね」
タマオが鄭の表情を伺うと、腕組みをしてその光景を見つめており、ソジンに目を移すと、淡々と伏龍の準備を行っていた。
「おい道源! お前、俺たちがケンジを送り出したあの日に言ったよな! ケンジは鍵だと。俺たちはそこのアイオーンを倒す武器を持ってきたぞ。だからもう安心しろ、さっさとケンジと二人でこっちに来い!」
両手を使って手招きするゲイリーに対し、 道源は微動だにしなかった。
「あなたの部下は何も真実を知らされないまま、ただあなたの事を信じ、私たちの前に散りました。あなたはあまりにも大きな犠牲を払った。彼らの死を、無駄にされるおつもりですか?」
タマオの問いかけに、道源は口を開いた。
「決して無駄ではない。彼らは、見事に己の責を全うした」
「ほう、と言う事は、やはりお主は我々の味方ではないな」
「わしも彼らと同じく、元老院の長として、己の責務を全うしておる」
鄭は腕組みをしたまま、何一つ表情を変えなかったが、藤堂やミゲルたちは身構えた。
「ゲイリーよ、確かにケンジは鍵である。但し、それは人がアイオーンを倒すためではない。アイオーンが、地球が、人という脅威から身を守るための鍵であり、切り札なのだ」
「なんだと!?」
「ケンジが見てきた世界は、アイオーンが存在しない世界、すなわち人が食物連鎖の頂点に立ち、世を治めている世界じゃ。そこにいる真実の目の幹部らは経験したであろう。
60歳になり元老院に迎えられた者がアイオーンの存在を知った時、通常は絶望の淵に追いやられるか、もしくは憤りを感じるか、いずれにしても現実をすぐに受け入れられる者はほとんどおらん。
だからまずはこのワームホールに入り、アイオーンが存在しない世界を体験するのじゃ。3年間という月日を、その混沌とする世界で過ごした者はほぼ全て、アイオーンが統治するこの世界の素晴らしさを理解する。
人という生き物は、類まれなる知性と恐ろしいほどの生命力で、他のあらゆる生物を凌駕する存在となり得るが、一方でその際限のない繁殖力によって、他の生物、果ては母なる地球の存続をも脅かす存在にもなりうる。
その抑止力として、人には理性が与えられておるのじゃ。その理性がある事で、向こうの世界から帰ってきた者は、等しく元老院による統治を心の奥底から願うようになり、自らの使命を全うすると誓う」
「我々も向こうの世界を経験したが、そうは思わない。だからこうしてここに立っている」
鄭の言葉に道源はゆっくりと頷き、話を続けた。
「ただもう一つ人の秀でた特徴である環境への順応性、すなわち進化が、それらを阻害する事がある。つまりそうやって理性に訴える事を繰り返しているうちに本能が優って、その仕組みにさえも抗う人間が表れ、しかもそれが突然変異のように一度に多数の亜種が排出された事がある。 それが、そこにいる真実の目の幹部らじゃ。
実は、お主らのような異質の人間が現れる事は、長い地球の歴史では幾度かあり、その度にアイオーンのような存在は生み出されてきた。つまり、アイオーンが存在する理由は二つであり、一つは人間が必要以上に繁殖しようとする時の調整役、そして二つ目はお主らのような亜種から地球を守るためであり、そしてその切り札が、ケンジなのじゃ。
通常は年老いた者が体験する向こうの世界へ、感受性の豊かな若者のうち特に純粋な者を選別して送り込み、そこで感じた念が今この膜となって現れておる。これによって、如何なる手段を用意しておろうが、お主らの攻撃は一切通じん」
「例えそれが真実だとしても、実の息子夫婦の命を、騙して奪う理由になるのか!?」
「武瑠か。久しく会わん間に、立派になったな。わしはお主の祖父であると同時に、この東アジアを預かる元老院の長でもある。その責はあまりにも重い。わしは、わしに与えられた使命を全うする。ただ、それだけの話じゃ」
ケンジの目がゆっくりと見開いた。




