【ミゲルたち】決戦当日
それからしばらくして、修一がミゲルとかなり良い勝負が出来るくらいにまで成長した頃、その日はやってきた。
ホセが大々的にプロモーションを行ったこともあり、チケットは発売と同時に売り切れ、世間の話題はこの日の対戦で持ちきりだった。また東洋人などほとんど見たこともない人々にとって、修一と龍次の対戦もにわかに注目されていた。ジムではホセが大勢の取材陣に囲まれていた。
「今日は前チャンピオンのエル・ティグレが日本から凱旋帰国し、現チャンピオンのラ・サントとのタイトルマッチが行われますね。ズバリ、あなたはどちらが勝つと思われますか?」
「もちろんサントだ。エル・ティグレも強いが、日本なんて甘っちょろい環境に逃げたヤツと、本場メキシコでタイトルを守り続けたサントでは、差は歴然だ」
「一部ではケンカ殺法のラ・サント選手よりも、華麗な空中技で観客を魅了するエル・ティグレ選手に、戻ってきて欲しいという声もあるようですが」
「俺たちはサーカスのショーをやっているんじゃない。ここは強いものが生き残る、そういう場所だ。今日は誰が最強なのか、明らかになる」
「時間です」
次々と繰り出される質問を広報担当者が遮って、SPに囲まれたホセは不敵な笑みを浮かべながら白のハマー・リムジンに乗り込むと、すぐ後に黒のグランド・マーキスが止まった。
「あ、これはラ・サント選手の車です!」
気づいた大勢の報道陣が一気に駆け寄ってきた。
「サント選手、今日の調子は?」
「リュージ・ヤガミ選手もご一緒ですか?」
スモークフィルムが張られた車内の様子は全く窺えず、質問に対する返答は一切無いまま、車は会場に向かって走り出した。
その頃歩いて会場入りした修一は、あまりの人の多さに驚いた。
「すごい人の数ッスね」
「気をつけろ。スリやひったくりも大勢いるからな」
近くにいた少年が、修一に気づいて、近づいてきた。
「シューイチだ! すごい、サインして!」
周りの人々もにわかにざわつきだして、すぐに大きな人だかりが出来た。
「サ、サインなんて書いたことないスよ! 何で俺の事まで知ってるんスか!?」
もみくちゃにされながら修一は少年のTシャツに名前を書いた。
「日本人自体が珍しいからな。ほら、行くぞ」
ミゲルは足早に会場に入り、同時にマスクを着けた。しばらくすると修一も入ってきた。
「はぁーっ! 危なかったぁ! 身包みはがされるところだった!」
Tシャツはビリビリに破けていたが、カバンは盗まれないようしっかりと抱きかかえていた。
「人気者だな」
「ミゲルさんがそうやってマスクを被ってくれていたら、こんな事にはならなかったッスよ」
「命があるだけ有難く思うんだな。それより、あれを見てみろ」
ミゲルがじっと見ている先に視線を移すと、そこには白地に紫とゴールドのドラゴンが絡み合う美しい刺繍が施されたマスクを被り、それと同じ装飾が施されたマントをまとったジル、ラ・サントが、報道陣に囲まれていた。
「ラ・サント選手、今夜の調子はいかがですか?」
「俺はこの日を待ちわびていた。今夜、誰が一番強いのか、はっきりするはずだ」
「一部ではエル・ティグレ選手がテクニコで、あなたはルードだという声がありますが」
「だから、待ちわびていたんだ! ヤツが日本で何をしていたのか知らないが、その間、俺は最強のルチャドールが集うここメキシコで誰にも負けていない。それでも、ヤツの方が強いと言う輩がいる。そいつらをみんな、今日このあと黙らせてやる」
いつものようにマスクの下はニコニコしてインタビューに答えていたが、ミゲルの話に及ぶと眉間にしわがより、少し声を荒げた。
その横をミゲルと修一は気づかれないように通り過ぎていた時、薄汚れたグレーのパーカーを深々と被り、ジルの隣にひっそりと佇む龍次の姿が、修一の目に飛び込んできた。
「ああ! 龍次!」
思わず声が出てしまった修一の方を、皆が振り返った。
「こりゃ面白い! これで今夜の主役が揃った!」
報道陣がどっと押し寄せてきて、ミゲルと修一はあっという間に囲まれた。
「エル・ティグレさん、今夜は久しぶりの故郷、メキシコでの試合です。まずは意気込みを聞かせてください」
マイクが一斉にミゲルに向けられた。
「メキシコは俺を育ててくれた。だから、まずは恩返しがしたい」
「ズバリ、勝てますか?」
「十分な準備は行ってきた。皆さんには私が以前に比べても、全く劣っていないことをこの試合で証明したい」
「となりのシューイチ・ナカテガワ選手は、日本人ですか? 彼はどうですか?」
「彼は元々の才能に加え、メキシコに来てから飛躍的に成長した。だから、心配はしていない」
「シューイチ・ナカテガワ選手、抱負を聞かせてください」
「抱負って、えーっと、一生懸命、頑張るだけッス」
「ええーっ!? それだけ? 何か他にないの? 今日対戦するリュージ・ヤガミ選手とは、長年のライバルなんでしょ?」
「ライバルというより仲間です。今までも、これからも一緒に戦っていく仲間なんです」
「そんな甘い事を言っていたらヤラレますよ。彼は、かなり自信があるみたいですから」
修一は上を見上げ、目を瞑り、そしてゆっくり開いて質問した記者の目を見た。
「僕も、負けるつもりで今日ここに来たわけではありません」
「おい、お前。今夜は注意しろよ。コイツはお前らの知っているヤツとは、別人だぜ」
その様子を見ていたジルが、修一を指差してからかうように挑発してきた。
「おい龍次! お前、大丈夫か!? 何とか言えよ!」
修一は叫びながら報道陣を掻き分け近づこうとすると、龍次は控え室に消えていった。
「じゃあ記者会見はここまで! また後で会おう!」
ジルはカメラに向かって慣れた様子でファイティング・ポーズを構えた後、控え室に入った。残されたミゲルと修一に報道陣が詰め寄ったが、それを振り切って何とか控え室にたどり着き、力づくでドアを締め、鍵をかけた。
「ふーっ、大変でしたね」
「修一、体を休めて集中力を高めておけ。この部屋には俺とお前だけだ。トレーナーはいない。余計なことは考えず、戦いのためのセルフ・コントロールに集中しろ」
「はい」
それからしばらくすると、時計の秒針の音だけが聞こえる静まり返った部屋に、突然ノックの音が響き渡った。




