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【ミゲルたち】ホセ・フリオ・カルドソ

「何だ? ここは。大統領でも住んでいるのか?」

 天上を見上げると、龍次にはそのシャンデリアが今にも降り注いでくるように見えた。


「ラ・エルマノスのボス、ホセ・フリオ・カルドソの家だ。俺は以前、ここに住んでいた」

 ミゲルの言葉に修一と龍次は顔を見合わせた。


「何ボーッとしてんだ? こっちだよ」

 ジルが正面にあるドアを開くとそこには中庭が広がっており、脇の通路をしばらく進むと、吹き抜けからは朝日が差し込む広いダイニングが見えてきた。長く白いテーブルの上にフルーツやサラダ、揚げたての香りが漂うトルティージャなどが彩り豊かに並べられており、横には数名のメイドが一列に並んで立っていた。


「おい龍次、見てみろよ、あそこにいるメイドさん、みんなきれいな人ばかりだぞ」

「へ、興味ねえや」

 言葉とは裏腹に龍次の目は釘付けになっていた。


 そのまま歩くと奥の方が見えてきて、そこには白いシャツを着た大柄な男が不敵な笑みを浮かべ、こちらの様子を伺っていた。ミゲルの表情が一気に強張り、張り詰めた緊張感から修一や龍次にも彼がボスだとすぐに理解できた。


「ボス、おはようございます。ミゲルとその仲間をお連れしました」


「久しぶりだな、ミゲル。お前、また痩せたんじゃねえか? ちゃんと飯は食っているのか? まあいい。取りあえず突っ立ってねえで座れ。ジル、お前もだ」

 メイドに促され、3人とジルは席に着いた。


「そっちの日本人はお前の仲間か? 若けえな。お前らも食え。メキシコの朝飯は世界一だぜ」

 ホセはチキンをたっぷりのせたチキラレスを頬張った。それを見て、ジルも食べ始めた。

「ほら、食え。遠慮するな」


 修一と龍次は一応ミゲルが食べ始めるのを待ってはみたが、一向に動く気配が無い。飛行機を降りてからこれまで何も食べていなかった二人はすぐに限界を迎え、修一が貪るように食べ始めた。それを見た龍次も舌打ちをしたあと、目の前のトルティーヤを手に取った。


 それでもミゲルは微動だにせず、テーブルの一点を見つめていた。


「どうした、食わねえのか?」

「俺にその資格はない」

 その言葉に二人の手が一瞬止まったが、すぐに何事もなかったかのようにまた食べ始めた。


「お前のお袋さん、まだ生きてるぜ。妹もな」


 ミゲルは急に立ち上がったが、深く息を吐き、座りなおした。

「で、どうしろと?」


「ILLGはお前のお陰で今でも人気団体だ。ただ、お前の後はジルが引き継いだが、こいつはダメだ。強いだけで華がねえ。お前が何のために戻ってきたのかは知っているつもりだが、どうだ、戻ってくる気はねえか? 今なら武瑠から買い戻してやってもいいぜ」


「ちょっとボス! 本気ですかっ!?」

 ジルは慌てて立ち上がった。


「こんな俺を拾ってくれたボスには、心から感謝しています。だからあの時はハビエルが組んだ無茶なスケジュールにも、黙って従った。だけど、今回は自分の意思を尊重したい。私は、家族をより安全に暮らせる日本に、連れて行きたい」

 ミゲルは殺されても仕方がないと思いながら、ジッとホセの目を見つめた。


 張り詰めた空気の中、しばらく沈黙した後、ホセはドンッ! とテーブルに拳を落とした。


「お前の気持ちはわかった。じゃあ代わりと言っちゃあなんだが、最後にこのジルと試合をしないか? コイツは今じゃILLGではもちろん、地下でも敵なしだ。だがお前から正式な継承がなされていないし、一部のマスコミの中にはお前のほうが上だと言うヤツもいる。だからコイツはお前とのタイトルマッチに勝って、晴れてNo.1と認めてもらえるのさ。なあジル、お前はもちろんミゲルに勝てるだろ?」

「当たり前です」

 ジルは即答した。


「もしミゲルさんが勝ったら?」

 修一は頬張っていたトルティージャを飲み込んだ。


「それはない。なあ、ミゲル」

 ホセはミゲルの皿にビーフ・ファヒータを置いたが、ミゲルは相変わらず動かない。

「俺が負けるわけがない!」

 ジルは修一の肩をつかんで立ち上がった。


「八百長をしろってのか?」

 龍次が口を挟んだ。


「おいボウズ、口の利き方に気をつけろ。次は殺すぞ」

 ミゲルにはそれがホセの、組織として譲れる最大限の譲歩だと言う事はすぐに理解できた。


「……二人で話したいことがある」


「おい! お前は何様のつもりだ!?」

 ジルは興奮して修一のイスを後ろに引き倒し、修一はもんどり打ってひっくり返った。


「てめえ何しやがる!」

 立ち上がってジルに飛びかかろうとする龍次の肩をつかみ、ミゲルが続けた。

「あなたは私が戻ってきた目的は理解しているかもしれないが、理由までは知らない」

「ふん、おもしろい。ただ、先ずは飯を食ってからだ。ミゲル、お前も食わねえとその話は聞いてやらねえぞ」


 ミゲルはゆっくりと目の前にあるビーフ・ファヒータを手に取り、口に運んだ。ジルと龍次が席につくと、既に修一は何事も無かったかのように、料理を貪っていた。


「やっぱこいつが1番タフだ」

 龍次はあきれた様子でフォークを手に取り、食事を再開した。静まり返った中でしばらく食事をして、メイドが飲み物とデザートを準備しだした頃、ホセは自分とミゲルの分は別室に運び、彼をその部屋に案内するよう指示をした。


「私は?」

 ジルが怪訝そうな顔で尋ねると、ホセはゆっくりと首を横に振った。メイドが案内した部屋には、ホセとミゲル、SPの二人だけが入った。

「お前らも行っていいぜ」

 SPの二人は顔を見合せた。

「大丈夫だ、ほら行け」

 SPがサングラス越しにミゲルを睨みつけながら席を外すと、ミゲルは辺りを見渡した。

「安心しろ。ここはファミリーの重要な話をする部屋だ。誰にも聞こえやしねえよ」


「この話は、ボスには世話になったから話す事だ。信じる、信じないは任せる」

 ミゲルはあの日にゲイリーたちがジムにやって来た事、アイオーンや元老院の事などを包み隠さず、全て話した。


「……にわかには信じられねえ話だ。その事は政府でも知らねえはずだよな?」

「ああ」

「それをガルノアの連中はどこかで耳に入れたのかもしれねえ」


 ホセが率いるラ・エルマノスはミチョアカン州のみを取り仕切る小さな組織で、他のマフィアが麻薬や銃の密売で非常に大きな利益を上げている中、地下レスリングとルチャ・リブレの団体、ILLGの興業を主な収益としており、メキシコの麻薬カルテル2大組織の一つ、シナフとの同盟で何とか存続しているような状態だった。


 危機感を持つホセは、ILLGのオーナーとしての知名度を活かし、政界に進出しようとしていた。シナフ側も、もう一方の勢力であるガルノアがメキシコ政府や軍隊と密接な関係を築いているのに対し、元々は反政府の武闘派組織だったため、ホセが政界に進出する事は独自ルートを持つ良い機会と捉え、黙認していた。


 献金も十二分に行ない、立候補の足場も整ったかに思えた矢先、パイプ役の議員が逮捕され、献金スキャンダルは瞬く間にメキシコ中に広まった。


 明らかに仕組まれた陰謀だったが、シナフはもちろん、ガルノアも一地方のボスが政界に進出する程度で、本来ならば騒ぐほどの事では無いはずだが、実際には政府、ガルノアとも部外者を全く寄せ付けようとしなかった。


 更にハビエルがハドソンと接触した事件も何者かにリークされ、それで完全にホセの政治への道は絶たれたのだった。


「俺のファミリーでも、審判の日に喜んで行った奴らが大勢いる。それが、皆そのアイオーンとやらの餌だって言うのか?」

「……」

「おい、ミゲル。俺はこの虚しさと怒りを、どうすればいいんだ?」

「どうする事も出来ないさ。ただ俺はこの話を聞いてから、家族と共に過ごす時間を少しでも大切にしたいと思っている」


 それから二人はしばらく無言のまま、時間だけが過ぎていった。その頃ダイニングでは、殺気立った空気の中をただ一人、修一が夢中でデザートを貪っていた。


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