表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第2章
36/52

あと1センチ

 正直言えば、いきなり何人も女を囲えない。

 そんな甲斐性は俺には無い。

 まだ一人で一杯一杯だ。

 ゆくゆくは、とは思うが、今はまだ早い。

 シズク達には悪いが、今は置いていく。


 もう一つの理由としては、何となく体面を気にしただけである。

 奴隷商から買ったのはアクアだけであり、シズク達は買っていない。

 にも関わらず彼女達を俺の奴隷にするというのは何か違う気がする。


 俺は悪人を斬った人殺しだ。

 奴隷を買った邪な客だ。

 だが、罪の無い少女達を強制的に俺の奴隷へと堕とすほど腐ってはいない。

 善人でも無いが、ちょっとした自己満足ぐらいは求める。

 その自己満足でシズク達を奴隷から解放したが、世話を見るつもりもない。

 ほんのちょっとの責任を感じ、少しばかりのお金を与えてやるだけだ。


 ……金貨1枚、約30万。

 4人いるとはいえ、ちょっと太っ腹が過ぎたか。

 元いた世界の感覚で言えば、いきなり札束を放り投げる様なもの。

 良い事をしている筈なのに、金持ちの道楽にしか見えないな。


「私はご主人様を誇りに思います」


 そんな俺を、アクアはそう褒め称えた。

 尊敬の念が微妙に痛い。


 まるで恋人の様に俺の腕に抱き付いて歩いているアクアの顔は、外套によって半分しか見えない。

 だがアクアが喜んでいる事だけは腕から伝わってきた。


 左腕が、何か柔らかい二つの膨らみの間に挟まっている。

 包まれているというより、押し付けられているという感じだ。

 ほとんど意識してなかったが、アクアは着やせするタイプなのか。

 思考と感覚のほとんどが左腕に集中してしまっている。

 はぐれない様にとアクアの手を取っただけなのに。

 いつの間にかそんな状態になっていた。


 悪い気はまるでしない為、そのまま二人で仲良く並んで通りを歩く。

 俺も外套を被っていたので、端から見れば熱々の旅人(カップル)に見えただろう。

 外套は奴隷屋から出る際に拝借した。

 泥棒の様な気もするが、今更だ。

 事の善し悪しの線引きがよく分からなくなっているが、気にしない事にする。


「ご主人様、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」


「あまり畏まらなくても良い。普通にしてくれ。それで、何だ?」


「お心遣い有難う御座います。その右目なのですが、いつまで赤くなったままなのでしょうか?」


 感謝の言葉はあっても、お願いに対する答えは返ってこなかった。

 聞き入れてくれる気はないらしい。

 妙な所で自由だ。

 それとも、仕える者としての矜持か。


「俺の右目、また赤くなっているのか。いつからだ?」


「シズクの頭を撫でた時からです」


 ……ああ、技術(テクニック)〈魔力紋操作・魔王位〉と使った時か。

 何となく想像はつく。

 間違いなく才能:魔王繋がりだろう。


「あー、悪い。目が赤くなっても俺自身には分からないんだ。鏡でもあれば別だが」


「そうなのですか」


「ちなみにこの状態の俺はどう見える?」


「とても言い難いのですが……怖いです」


「……それは変な人という意味でか?」


「いえ、普通に恐怖を感じます。私でそうなのですから、カエデ達が感じていた恐怖は計り知れません」


「なに……となると、彼奴等には少し悪い事をしてしまったか。やたら震えていたのはこれが理由か」


 右手を右目の前に持ってきても、手の平は赤く染まらなかった。

 目は赤くなっているだけで赤く光っていないという事か。


「赤くなっているのは黒目の部分か? それとも周りの白い部分も含めてか?」


 鏡があれば一発なのだが、街中にはガラスすらも見当たらない。


「黒目の部分だけです」


 目が充血している訳ではないらしい。


「とりあえず直すか」


「はい。失礼致します」


 アクアが俺の右目に手を当てる。

 命令した訳でも無いのに、当然の様に手を当ててきた。

 奴隷屋の中でお願いした事で、それは必要な仕事だと勘違いしたのか。


 拒む理由も無いので、そのまま意識を集中させる。

 静まれ……静まれ……。

 ついでにあそこも静まれ……ちょっと辛い……。


「アクアの手は気持ち良いな」


「っ」


 褒めてみたらアクアの顔が少し赤くなった。

 可愛い。

 人を殺したばかりで少しブルーになっていたのに、少し元気が出てきた

 あと、折角静まりかけていたのに、あっちの方もまた元気を取り戻してしまった。

 不可抗力だ。


「また右目が赤くなったら教えてくれ」


「はい」


 そう返事をしたものの、アクアが何かを求める様に若干上目遣いで見てくる。

 ……そう言えば、あの時にはこの後ナデナデしてたか。

 外套の中に手を入れ、直接アクアの頭を撫でてやる。

 とても喜んでくれた。


「今日はもう宿を取って寝る。この街の宿では食事は出るのか?」


「泊まる宿次第かと。裏通りにある安い宿では食事はまず出ません。壁は薄く、会話は丸聞こえになるかと」


 聞いていない事まで答えてくれた。

 ナニかをしている時に思わず声をあげてしまっても、それを他の人に聞かれたくないというお願いか。

 というか、もうほとんど拒絶と言ってもいい。

 そもそも安い宿でなくても食事が出る宿がこの世界にあるのだろうか。

 酒場付きとかならあるとは思うが。


「職場の先輩よりお勧めの宿を幾つか聞いています。一泊で銀貨1枚もしますが、食事は頼めば部屋まで届けてくれます。防犯の観点から見ても問題ありません」


 押してきた。


「そうか。俺はこの街に来たばかりでこの街の情報に疎い。金はあるから、そのお勧めの宿に泊まるか」


「はい。では御案内させて頂きます」


 アクアは既に覚悟を決めているらしい。

 女性の覚悟は早いと言うが、さてはていったいどの段階でなのか。


 シズク、ホノカ、カエデ、リリー達を部屋に置き去りにして、アクアだけを連れて部屋を出た時か。

 俺がアクアを買った時か。

 俺と出会った瞬間からか。

 それとも客に紹介すると言われた時からか。


「奴隷に身を堕とした時です。運命の女神様が私に微笑んでくれました」


 覚悟云々は兎も角、初対面の筈の俺に何故こんなに尽くそうとするのか気になって聞いてみると、別の方面から答えが返ってきた。

 但し、詳しい内容は教えてくれなかった。


 吐かせようと思えば簡単に吐かせられるとは思うが、奴隷にしたとはいえアクアには自由権を与えている。

 アクアが話したくないと思っているなら、深く追求はしない。


 まぁ、運命の女神が微笑むとは、間違いなくクエストの事だろうが。












「いらっしゃい。そういう部屋なら銀貨1枚からだ」


 アクアお勧めの宿に入ると、開口一番そんな言葉で歓迎を受けた。

 外套を被っているとはいえ、アクアが俺の腕にピッタリくっついていればそう見えるか。


「食事は取れるか?」


「見ての通り、酒場は付いてない。前金で一人あたり大銅貨3枚を支払ってくれるなら、半刻ほどで部屋に届けられる」


「ならば銀貨3枚払う。これで一泊、2人分の食事込みで部屋を頼む」


「気前良いな。朝食はどうする?」


「必要無い。夕食の1回だけで良い。食事は今から用意を」


「ならば銀貨2枚の部屋に、大銅貨5枚の食事2つって所だな。まいどあり」


 チップも込みで言ったのに、良心的な対応だった。


 外套の中で〈アイテム空間〉を使い、中から銀貨を取り出してテーブルに置く。

 宿の主人が代金を確認。

 近くで掃除をしていた小僧を呼び、俺達を部屋へと案内させる。


 ちなみに〈アイテム空間〉はゲームみたいに一覧から出したいアイテムを選べば簡単に出せるという訳ではなく、縦2メートル、横幅と奥行き1メートル程度の空間がただあるというだけのもの。

 そのため、適当にアイテムを入れても重力に引かれて下に落ちて積み重なってしまう。

 つまり、それなりに容量はあっても、そのままではあんまり使い勝手は良くなかった。


 故に俺は、昨日野宿した場所に立っていたあの一本木を使って、収納スペースを幾つかに区切った。

 一度は荷車とした木材も一部再利用した。

 区切りとなる木の分だけ容量は減ったが、幸いにして〈アイテム空間〉内にはどこからでもアクセスが出来る仕組みとなっている。

 先程俺が銀貨を取り出せたのは、お金を置いておくスペースに直接アクセスし、手探りと手触りで頑張ったからだった。


「ご主人様、失礼を承知で伺います。もしかして店に剣をお忘れでは無いでしょうか? 今からでも遅くはありません。私に取りに行かせて下さい」


 アクアを先に部屋へと入れ、後ろ手に扉を閉めて鍵を掛けてすぐ。

 心臓が飛び出そうなドンピシャのタイミングでアクアがそんな事を願い出てきた。


 まずは慎重に優しく抱き寄せ、神聖な口吻の儀式から行おうと思っていたのだが……思い切り出鼻を挫かれる形となった。

 まさかここまできて臆したのか……いや、それは無いか。

 アクアは純粋に俺の事を心配してくれているのだろう。


 この世界の、この街の治安は良くない。

 それは通りを歩いただけで分かった。

 無意味に接近してきた者を回避すること7回、裏路地から目を光らせていた者は数知れず、すれ違う人は皆物騒な得物を持ち、時には死体が通りの隅に打ち棄てられているのも見ている。

 外套を被っているので端から見れば俺もアクアも武器を隠し持っていても不思議では無い。 が、あの剣を一度見ているアクアには、俺があの剣を持っていない事は火を見るよりも明らか。

 何せ、俺の身長よりも長い大剣だからな。

 持っていればすぐに分かる。


「取りに行く必要は無い。あれは召喚魔法だ」


 〈アイテム空間〉というスキルをどう説明すれば良いのか分からなかったので、似たような魔法で誤魔化した。


「しょうかん魔法、ですか? それはどの様な魔法なのでしょうか?」


 残念、通じなかった。

 あまり一般的では無いという事か。

 それが分かっただけでも良しとする。


「別の場所にある物を、ここに呼び寄せる魔法と言えば分かるか?」


「よく分かりません。ですが、ご主人様がとても素晴らしい才能をお持ちである事は理解致しました。私はそんなご主人様に召し抱えられ、とても幸せです」


 召し抱えた覚えは無いのだが。

 言葉巧みに誘導し、意図的に待遇の改善を謀ろうとしている?


「アクアは誰かに師事していたとか、何か特別な教育を受けた事はあるか?」


「いえ。私はキロスより北東に男性の足で5日ほど行った場所にあった農村の出です。あの店で多少手解きは受けましたが、それ以外には特に何も」


 あった、か……。

 つまり今はもうその農村は無いという事だ。


「ならば覚えておけ。俺とアクアの関係は、召し抱えるとは言わない。召し抱えるとは、雇い入れるという意味だ。商品として売られていたアクアを購入した場合に使う言葉ではない」


 無駄に増長されても困るので釘を刺しておく。

 正直どうでも良いのだが、この後の事を考えると主導権は欲しい。


 俺は俺の意志でアクアを買い、そして抱く。

 決してアクアの許しを得て彼女の身体を楽しむ訳では無い。


「そうなのですか?」


 釘を刺したつもりだったのだが、アクアは普通に驚いていた。


「申し訳ありません。あの店にいた際、買われていった人は皆そう言っていましたので」


「意味を知らずに使っていたと?」


「はい」


 アクアが嘘を吐いている様には見えなかった。

 となると、あの店にいた奴隷の誰かが、絶望的な境遇にあって少しでも希望を見出そうと口に零したのが広がったか何かか。

 そもそもこのキロスの街を見る限り、こっちの世界では学校とかそう言うのはまるで無さそうだしな。

 正しい言葉が何であるかすら分かっていない可能性の方が高い。


「では、どの言葉を使うのが良いのでしょうか?」


 ……しまった、指摘はしたものの、その答えは全く考えてなかった。

 言葉での表現はあまりにも多彩過ぎて、しかも曖昧だったり俗語や方言も多くとても覚えきれるものではない。

 正しい言葉を正しく知った上で使っている者は、まともに教育を受けている向こうの世界でも周りにはほとんどいなかった。

 皆、四苦八苦していた。

 俺も四苦八苦夜露死苦していた。


「そうだな……巡り会った、で良いんじゃないか?」


「私はとても素敵なご主人様に巡り会えて、本当に幸せです」


 おお、なんか物凄く嬉しい言葉に変換された。

 意味としても間違っていない。

 買った買われた、奴隷という背徳的な関係も感じさせず、とても良い言葉だ。


 愛、巡り会い。

 会い、巡り愛。


「心の底からそう言ってくれるアクアと出会えて、俺も嬉しい」


 思わずアクアの頭を撫でてしまった。

 癖になりそうだ。

 いや、もう癖になっているかも知れない。


 嬉しすぎて少し暑くなってきたので外套を脱ぐ。


「お預かり致します」


 外套を脱げば腰巻き一つ。

 そんな姿になってもアクアはまるで動じた様子無く、外套を丁寧に払って埃を落とし壁掛けに掛ける。

 むしろ反応がまるで無くて寂しいんだが。

 恋人を通り越して、もはや夫婦の境地なのだろうか。


「あっ……」


 あまり眺めてはいけない不自然な山を見つけ、アクアが反射的に目を反らした。

 頬はほんのりピーチ色。

 次のターンへ進む頃合いだ。

 ベッドに腰掛ける。


「良いベッドだな」


「はい。私もそう思います」


 ちょいちょいっと手招きしてアクアを呼び寄せる。

 手を引き、強制的に隣へと座らせる。


「良いベッドだな」


「はい、私もそう思います」


 同じ会話を2回繰り返したが、アクアの2回目の言葉は少し緊張の色を含んでいて色っぽかった。


「暑いだろう。脱がせてやる」


「そんな、ご主人様のお手を煩わせる訳には」


 強制的に脱がせた。

 ――外套を。


「その服は店からの支給品なのか?」


 目的から意識を反らせつつ、それを理由にアクアの身体を服越しに触れる。

 商品として客前に出すには明らかに不適切なボロ衣をアクアは着ていた。

 アクアは研けば必ず輝く宝石の原石だが――俺の技術(テクニック)で研かせて頂きます。色々と――それにしては扱いが少し雑すぎると思う。


「いえ、これは私が昔から着ていた服です」


「もっと別の……例えば、アクアを可愛く見せる為の服とかは着させてくれなかったのか?」


「ご主人様と巡り会う少し前までは、服すら着させてもらえませんでした」


「……下着は?」


「その様な高価なものは今も昔も履いていません」


 視線がそっちの方へと向かってしまわない様に自制するのが大変だった。


「間違いが起きてしまわない様に、牢には女性の方しか来ませんでしたので問題ありません」


「……そうか。落ち着いたら何か代わりの服を作ってやる。それまではその服で我慢してくれ」


「買うのではなく、作るのですか?」


「ああ、そっちの方がアクアに似合う服を着させてあげられるからな」


 蚕が手に入れば、市販品よりも遙かに質の良い服が作れるしな。

 下着も作り放題、履かせ放題だ。

 見た所アクアはまだまだ成長期なので、もう暫くはサイズも変わるだろう。

 主に肩こりの原因になる場所とか。


「ご主人様は服飾の才能も持ち合わせているのですか。凄いですね」


「我流だからあまり期待はし過ぎないでくれ。それと、アクアにも色々と手伝ってもらうからそのつもりでいてくれ」


「はい。ご主人様の為に、精一杯頑張らせて頂きます」


 可愛い服を着ているアクアを見たら、ついムラムラっとする事も多い筈だ。

 是非、頑張って欲しい。


 アクアが着ている服の生地を確認していると見せかけて、アクアの細い腕を指先から肩へと向けてゆっくりと手を滑らせる。

 くすぐったかったのか、アクアが少し声を漏らす。

 が、身動ぎして抵抗する素振りはない。

 良い子だな、アクアは。


 ただ……あまり食事を取らせてもらえなかったのか、手首より先は思ったよりも柔らかくなかった。

 肌の滑りも少し抵抗が大きい。

 全身満遍なくキスしてあげようと思っていたのだが。

 先に身体を拭いて綺麗にした方が良いかもしれない。

 勿論、俺が拭く側だ。

 アクアには2度も俺の身体を拭いてもらったからな。

 これはそのお返しである。


 だが、それはまだもう少し後で。

 今はアクアの温もりをもっと感じていたい。

 腕を取り、俺の胸に背中を預けさせる。

 アクアの左手指に俺の指を絡ませ、反対側の手でアクアの肩を優しく掴む。

 すぐ目の前にある髪からは、棲んだ湖の畔に咲く花のような香りがした。


 そのまま髪の流れに沿って鼻を降ろし、うなじへと迫る。

 そして首筋に口付けを……するのは身体を清潔にした後でだな。

 代わりに、首のラインに沿って可愛い唇へと向かう。

 アクアもそれに気付き、やや顔を傾け首を捻り、背後から迫る俺に甘えた顔を見せる。


 もうその後する事は一つだった。

 アクアと俺の思いが繋がり、徐々にその距離が近づいていく。

 3センチ……2センチ……あと、1センチ……。


 コンコン。


「失礼します。お客様、お食事の用意が出来ました」


 気が付くと、俺とアクアはベッドの端と端とに移動していた。

 うお……こんな時にお約束が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ