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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第2章
34/52

凶剣の真相

「お客様、準備が整いましたので、そろそろ宜しいでしょうか。ゲヒッ」


「問題無い。こっちも終わった。アクア」


「……はい、ご主人様」


 少し感動した。

 思わず目を閉じ、その聞き心地を堪能する。

 年下の少女にご主人様と呼ばれる事がこれほど感動するとは思いも寄らなかった。


「あの、ご主人様?」


「アクア、御前は良い子だな」


「は、はい」


 右手を伸ばしてアクアの頭をナデナデする。

 アクアがくすぐったそうな顔をして喜んだ。


 これが隷属させた結果によるものでは無い事を俺は知っている。

 俺はアクアにご主人様と呼べという命令をした覚えも、頭を撫でられると喜ぶ様に教育した覚えも無い。

 多少はこの奴隷屋で教育された効果が出ているのかも知れないが、俺の支配はアクアを隷属化したという一点しか無いため、100%アクアの素の意志で全ては行われていた。


「長い付き合いになるだろうが、これから宜しく頼む」


「は、はい。誠心誠意、ご主人様に尽くさせて頂きます」


「ゲヒゲヒ。まさかこの短時間でお客様に懐くとは、いったいどの様な教育をされましたので?」


「さて、な。俺の人柄を見抜いたんじゃ無いか? もしくは俺の情熱に絆されたか」


 どちらかというと安心したという線か。

 奴隷商専用の奴隷紋を排除し、形だけの隷属化処理、加えて俺専用の奴隷紋の消去。

 アクアを奴隷にしたと言うよりも、むしろ求婚としたともとらえられる内容である。

 金貨30枚という大金を惜しげも無く払った事も、俺がアクアを強く求めているという証となる。

 奴隷という最悪の身分にあったというのに、それほどの熱意をあてられては悪い気はしないだろう。


「ご主人様は、私にとって最高のご主人様です」


「フッ、その言葉は夜を迎えた後でまた言う事になるだろうな」


「え……? あっ。は、はいっ」


 俺が何を言っているのか察したアクアが赤面する。

 その頭をもう一度優しく撫でて、俺は奴隷商へと向き直った。


 刹那、俺達を羨ましそうに見ていた獣人娘4人の顔が一様にして驚きに変わる。


「それでは、こちらの方陣の上ま……ゲ、ゲヒッ!? お、お客様、その瞳の色は……?」


「うん? 瞳の色? 何の事だ?」


 4人に遅れて俺を見た奴隷商が一歩後ろに後退る。


「アクア、俺の瞳は今どうかなっているのか?」


「瞳、ですか? えっと……右目が赤くなっています」


「右目が? ……ああ、例の所為か」


 奴隷商がアクアに俺専用の奴隷紋を書き込む時には何も問題無かった筈だ。

 となると、間違いなく原因はその後。

 技術(テクニック)〈魔力紋操作・魔王位〉を使った影響か。

 魔王位なんて物騒な言葉が付いているぐらいだからな、何が起きても不思議ではない。


「昔受けた呪いの所為で感情が高ぶるとたまにこうなるんだ。害は無いから安心してくれ」


「さ、左様ですか。私はてっきりお客様が魔族なのかと思いました」


「魔族の瞳は赤いのか?」


「決してそういう訳ではありませんが、昔から伝わるこの地方の言葉に『赤い眼をした悪魔に気をつけろ、そいつは何もかもを奪い去っていく』というものがあります。加えて、この街を以前支配していた魔族の瞳はルビーの様に赤かったと。その為、この街の住民は赤い瞳に対し少々敏感なのです。かく言う私も……」


「御前達の方はどうだ?」


 奴隷商の汚い声をあまり長く聞きたくないため、獣人娘達に話を振る。


「……申し訳ありません。ちょっと驚いただけです」


 代表で犬娘のカエデが答えた。

 何か含む所がありそうだったが、聞いても答えてくれるか分からないのでそれ以上追求はしない。


「気になるなら元に戻す。アクア、少し俺の右目を手で遮ってくれ」


「はい、ご主人様。これで宜しいでしょうか?」


「ああ」


 自分でしても良かったが、ご主人様と呼ばれたいが為にアクアに手伝ってもらう。


「元に戻りました」


 手伝ってもらった後は、ご褒美タイム。

 俺がナデナデしたいだけだったが。


「そうだ、これは興味本位で聞くのだが、奴隷紋を扱える様になる才能というのは何か分かっているのか? それと、奴隷化の儀式を行える様になる為の才能もだな」


「ゲヒッ。お客様もやはり興味がおありで?」


「当然だろう。やはり秘密なのか?」


「いえいえ。レアな才能ではありませんので、調べればすぐに分かる才能ですよ。必要な才能は、魔力、魔力紋操作の2つです。ゲヒッ」


「魔力の才能を持っている奴は多そうだな」


「はい。ですが、魔力紋操作の才能までとなると一気に数が減ります。そして更に言うなら、そこから日々鍛錬を積み、他人の魔力を使って第三者の身体に魔力紋を書き込める様になる者の数は更に激減致します。自分の魔力で他人に魔力紋を書き込むのにも結構な修行期間を必要と致しますね。ゲヒッ」


「ほぉ……それはつまり、御前はそれほどの鍛錬を積んできたと?」


「幸いにして私には魔力制御の才能もありましたので。ゲヒゲヒ。この才能が有ると無いとでは、数年単位で修行期間に差が出てきます。とはいえ、上位奴隷化の儀式まで行える様になるまでに20年以上掛かりましたが。一つ一つ技術を磨き、次の技術を発生させていく必要がありますので。実験体を捕まえるのも一苦労です。ゲヒッ」


 ある程度予想していたが、やはり通常は地道にコツコツ階段を登っていかないといけないのか。

 一つ一つの作業に対し経験を積み重ねスキルアップしていく。

 俺の持っている技術(テクニック)〈魔力紋操作・魔王位〉の様に、何でもかんでも同じスキルに経験値が入って一気に上達するという事は無いらしい。


 20年以上かかる修行を、僅か10分程度で出来る様になったと知ったら、この奴隷商はどう思うだろうか?

 まぁ教えるつもりは無いがな。


「ちなみに、この店で使っている使用人は全て私の奴隷です」


「最初に売りつけようとしてきた女もか?」


「はい。そろそろ飽きてきたので、新しい女に変えようかと思っています」


 それで執拗に俺へと勧めてきたのか。


「ここだけの話、次はあのカエデにしようかと考えています」


 他の者には聞こえない様に奴隷商が耳打ちしてきた。

 その瞬間、カエデの顔が嫌そうに歪む。

 犬もしくは狼の聴覚は非常に良かったんだったかな?


「それでは、奴隷化の儀式を始めましょう。ゲヒッ。アクア、この方陣の上まで来なさい」


 奴隷商の命令に、しかしアクアは反応しなかった。


「ゲヒ? どうした、罰を与えねば分からないのか? 御前はもうこのお客様の物なのだ。早く来なさい」


 アクアが困った顔をして俺の方を見る。

 そのアクアマリンの瞳は何かを訴えていた。

 不安というよりも警告の彩り。


 頷き、俺はアクアを促す。


「では、お客様はこちらに。ゲヒヒッ。アクアをお客様の奴隷とする為、お客様の中にも私の魔力が流れる事になります。気を楽にして儀式が滞り無く終わるのをお待ち下さい。では、宜しいでしょうか?」


「ああ、問題無い」


 俺は嗤って応える。

 これでアクアを自由に出来ると喜んでいる者を装って。


 奴隷商も嗤っていた。

 これからいったい何が起こるのか……それをする者は、明らかに心の中で俺の事を嘲笑っていた。


「ゲヒゲヒッ。では、奴隷化の儀式を始めます」


 アクアを俺の奴隷化する儀式が始まる。

 アクアを俺の奴隷にする為に奴隷商の魔力が、床に描かれた方陣の力を借りて大量に俺の体内へと流れ入って来ようとする。

 反対に、アクアの身体からは床に描かれた方陣に魔力が吸い取られようとしていたのが、アクアの魔力と半同一化した俺の魔力によって分かった。


「もう少し気を楽にお願いします、お客様。あまり抵抗しないように願います。ゲヒッ。アクアもだ。何をしている、抵抗するな」


「……」


 アクアは事の成り行きを見守っているだけで応えない。

 その顔には先程まで不安の色が浮かんでいたが、儀式が始まってから少し経った今では既に状況を理解し安堵の色へと変わっていた。

 但し、これからいったいどうなるのか分かっていないので、アクアの瞳は俺に何かしら命令される事を望んでいる様にも見えた。


「ゲヒッ? あ、あれ……? おかしいな……いつもならとっくに終わってるのに。お客様?」


 次第に何かがおかしいと気付いた奴隷商が、疲労の為か全身に汗を掻きながら俺を見てくる。


「……なるほど。その方陣はそういう風に使うのだな」


「え? あ、あの……何が……」


 まだ理解しきれていない奴隷商が困惑して問いかけてくる。

 大きな儀式を行っているため大量の魔力を消耗し、脳の思考が若干落ちている様だった。


 知るべき事は知ったし、そろそろ終いとするか。


「アクア、力を借りるぞ」


「はい、ご主人様、私の全てはご主人様のために」


 方陣を一瞬で支配し、魔力の流れを変える。

 アクアの魔力を利用して俺を奴隷化しようとした奴隷商を、逆に俺がアクアの魔力を使って動きを縛る。


「ゲ、ゲヒィッ!?」


 動きは封じても支配はしない。

 この男は、ただの実験体。

 それ以上の価値は無いし、それ以前に俺を填めようとした罪は償ってもらう。


「来い、凶剣(まがつるぎ)


 能力(アビリティ)〈アイテム空間〉を使い、召喚魔法に見立てて大剣を引き出す。


「貴様は用済みだな」


「ゲヒッ!?」


 貴様の悪は直ちに斬り捨てる。

 躊躇い無く俺は奴隷商人を一刀のもとに両断した。

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