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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第1章
19/52

絹のロマン

 ビザンテの町に買い出しに行ってから数日。

 ふて寝した。

 ビックス達に話を聞いても、やはりグラチュエイターという大鼠のモンスターはそれほど脅威になるようなモンスターではないとの事だった。


 ウルス村にまだ領主の魔の手が伸びていなかった平和な時に、ビックスも村の大人達と一緒に狩りに出かけ、グラチュエイターと一度だけ戦った事があるらしい。

 グラチュエイターを誘き寄せるには、まだか弱い子供を使う。

 但し確実に現れる訳ではないし、狩る気満々の大人が現れるとすぐに逃げるので、倒すのも子供任せだという。

 そのため、万が一があるのであまりそういう危ない真似はしないらしい。

 ただビックスは子犬の獣人なので、バージョン2の半獣半人タイプとなりスピードを活かした戦いをすれば大丈夫だろうという事で、その時はGOサインが出た。

 本人たっての希望もあったので。

 結果は、今もビックスが生きているので語るまでもないだろう。


「にぃに、こんどはなにつくってるの?」


 そんなちょっとへこむエピソードを聞いてから暫くして。

 ようやく落ち着いてきたので、かねてから考えていたものを元聖堂である物作り部屋で作っていた。


「カリーちゃん、新しい服が欲しいか?」


「うん、ほしい! でもさきにかわいいしたぎがほしい!」


 む、そっちが先か。

 服の数は少ないが最悪ただの布でも良い。

 しかし下着はそうはいかない。

 出来れば毎日変えたい。

 しかし数が少ないので、一度洗うと乾くまですっぽんぽん。

 特に数の多い女の子達の事情は、数が少ない上にずぼらな男の子達よりも切実だった。


「そうか……下着か。必要となる布面積は少なくなるから、確かにそっちの方が数が揃えられるか」


 本当はワンピースとか作ってカリーちゃんやマリンちゃんに着せたかったのだが。

 麦わら帽子もセットで作って、春麗らの風に吹かれている美少女とか見てみたかったのだが。


「にぃに、おゆわいてる」


「おっと」


 モデルが目の前にいるので、どんなワンピースにしようかとちょっと妄想に耽ってしまった。

 弱火で燃えていた火焰石を鍋の下からずらし、砂をかけて火を消す。

 火焰石は酸素ではなく魔力を燃料に燃えているので、何かを被せて酸素の供給を絶っても火は消えない。

 だが砂をかけるとなぜか火は消える。

 不思議科学発見。


「あ、しろいふわふわ。おかいこさんのべっど」


 お湯が沸いたら、その中に蚕の繭を入れて暫く待つ。


「おふろにいれちゃうの?」


「うん、入れる。そうしたら、このふわふわがほぐれてきて一本の糸になる」


 ちなみに異世界クオリティなので、お蚕さんも繭もビッグだ。

 俺の拳よりも大きい。

 この繭一つでカリーちゃんの下着が簡単に出来そうである。


「カリーちゃん、両手をこう前にだしてくれる?」


「こう?」


「うん、そう。そのままじっとしててね」


 お湯の中にあるほぐれてきた繭から、糸の先端を探し出す。

 その糸をカリーちゃんに握らせてから、お湯の中にある糸を引っ張ってカリーちゃんの腕に巻き巻きしていく。


「いーとーまきまき、いーとーまきまき」


「ひいーてひいーて、とんとんとん」


 あれ、知ってる。

 まぁいっか。


 糸を最後まで巻き終わったら、お湯の中に残っている蛹を取り出して、またお湯を暖める。

 今現在持っている鍋の大きさでは蚕が大きすぎて繭を一つずつしか茹でられない。

 面倒だが、一つずつ紡糸していく。


「あ、こら」


 鍋の湯を再沸騰させている間にカリーちゃんの手に巻き巻きした糸を糸巻きに移していたら、さっき取り出した蛹を子猫姿のミントちゃんに盗まれた。

 シタタタタタッと部屋の隅で逃げたミントちゃんが、こちらをチラリ。

 俺のおとがめがない事を確認すると、そのままミントちゃんは蛹をガツガツと食べ始めてしまった。

 ああ……貴重なタンパク源が。


「さて、糸作りはこれでおしまい。次は機織りだな」


 今日はほとんど実験のつもりだったので、糸にした蚕は4つ。

 残りの蚕は羽化させて繁殖させる。

 繁殖後はカリーちゃん達にも手伝ってもらって糸を量産するとしよう。


「カリーちゃん、好きな色は?」


「くろ!」


 ……流石に黒の下着はない。


「明るい色で好きな色は?」


「んーと……そらのいろと、みずのいろ?」


「水色ね。なら出来るな」


 水の色である透明?はちょっとスルーした。

 透けてる下着はまだ早い。


「それでつくるの?」


「うん。まずは糸を縦にはっていって……」


「わ、はやい」


 やることが単純だと手が思うように速く動いてくれる。

 製造、細工、加工の才能がLv1というだけで、実は結構な能力になると気付いたのは極最近になってからだった。

 最初はただ単純に基礎的な知識や技術が身についたのかと思っていたのだが、実はそうでもないらしい。

 才能は、それを持っているだけで一流に近い実力を身に着ける事が出来るようだった。


 もちろん、きちんと経験を積まなければ実力は身につかない。

 技術(テクニック)〈裁縫・基礎〉の経験値はまだ少ない。

 しかし、1ヶ月以上も他の技術経験値を上げていった事で、手先の器用さや正確さという見えないステータスは段違いに熟達している。

 糸巻きの糸を引っ張って、上に下に引っ掛けていくだけの単純作業などもはやお茶の子さいさいだった。


「糸をはったら、このペダルを踏む。すると」


「あ、わかれた」


「奇数列と偶数列の糸がこんな風に上下に別れてくれる。そこに横糸を通してペダルを離すと」


「もどった!」


「もう一回ペダルを踏むと」


「またわかれた!」


「今度は逆の列が前に出てきてくれる。そしたらまた横糸を通してペダルを戻す」


「もどった!」


「この動作を繰り返してくと」


「わわっ、はやい!」


「ほら、下の方を見てみて。布が出来上がっているだろう?」


「すごい!」


 この方法での機織りも単純作業になるので布はサクサク出来上がっていった。

 糸巻きは4本あるので、縦横1本ずつ使いきってみる。

 通常サイズの蚕の繭からは極細の繭糸がだいたい1km取れるという。

 その繭糸を数本揃えて繰糸の状態にしたものが俺のいた世界での一般的な絹糸なのだが、この世界の蚕はもともとのサイズが拳大サイズだったので繰糸にする必要がなかった。

 結果、1kmの絹糸たぶんのほとんどを布に変えていったので、幅50センチ、長さ2メートルの絹布が2枚ほど完成する。


 おお……シルクだ。

 ただ、特に何の処理も加えていない生糸から作ったので、思ったよりも光沢や柔軟さが感じられない。

 次に作る時は、木灰を水に浸して上澄みをすくって出来る灰汁に浸して精錬した練糸にしてから布にするか。


「それじゃ、カリーちゃん。下着のサイズを測るから、ちょっとこっちに」


「はーい」


 簡易メジャーを使ってお尻のサイズ、太腿のサイズなどを測っていく。

 出会った当初は食糧不足でガリガリでカサカサだった身体も、最近ではだんだんとふっくらしてきているし肌触りも良くなっている。


「ちょっとくすぐったい」


 欲を言えばもう少し肉付きが欲しかったが、川魚や野菜、草ばかりで動物の肉のない生活をしているので脂肪分が足りない。

 うう……肉が食いたい。

 尚、服の上から測ったと付け加えておく。


 そういえばゴム紐がないのか。

 お尻全体を包み込む普通のショーツを考えていたが、ゴム紐がないのなら紐パンも作っておくか。

 紐パンなら成長の著しい子供でも長く履ける。


「にぃに、あとどれぐらいでできる?」


「1着作るだけならそれほど時間は掛からないが、この布を全部下着に使う予定だから、少し時間がかかると思う」


「なら、からだきれいにしてくる!」


 絹布があまりに綺麗に見えたからなのか、それともずっとお古や共用の下着ばかり身に着けていたので新品の下着がもらえる事がよほど嬉しかったのか。

 あっと言う間にカリーちゃんは聖堂からいなくなった。

 ワンピ―スなどの服作りなら兎も角、女の子の前で下着作りをするというのはちょっとアレだったので、少しほっとする。


 ほっとした事で水色に染める事を思い出した。

 先に染料を作ろう。


 新しくお湯を沸かし、食用でもお世話になっている紫アルカの花弁から抽出した液体を入れてから絹布を浸す。

 染料の知識はウルス村にいるお婆さん達から聞いた。

 普段良く食べている草花のうち、黒月草からは黒色が、白アルカの花弁からは薄桃色が、紫アルカの花弁から薄青色が作り出せるのだとか。

 実際にこれで水色に染まるかはやってみなければ分からないが、失敗しても変な色にはならないだろう。


 染めた方の絹布が乾くまで、染めなかった方の絹布を処理していく。

 カリーちゃんのサイズを元に髪型ならぬ木型のサンプルを数種類作り、絹布を切断。

 後は必要な場所を縫合していくのみ。

 端は基本的に折り返し。

 縫合用に残していた絹糸を使い、町で買ってきた針でチクチク縫う。

 程なくしてショーツが完成した。

 伸ばしたり縮めたり裏返しにしたりして出来映えを確認する。

 端から見たら変態だな。

 誰も見ていませんように。


 紐パンの方は町で買ってきた安物の糸で紐を作り、その紐を縫い付ければ完成。

 才能を持っているため、意外とアッサリ出来上がった。

 別の意味でも危険な才能だ。


「にぃに、からだきれいにしてきた。できてる?」


「ん、おかえり。できて……なんで裸?」


 振り返ったら、そこには産まれたままの姿のカリーちゃんがいた。

 どうやら身体を綺麗にするとは、濡らした布で身体中を拭いてくるという意味だったようだ。

 いや、分かってたが。

 しかし、まさか裸のまま帰ってくるとは思わなかった。

 新しい下着を履くので、裸のままの方が確かに利に適っているのだが……子供は自由で良いな。


「にぃに、したぎ」


 そう言われて出来上がったショーツをカリーちゃんに渡そうとすると、何故か受け取ってくれなかった。

 ……ああ、そういえばカリーちゃんはいつもユキさんに服や下着を着せてもらっていた事を思い出す。

 9歳なのにまだまだ甘えん坊さんである。

 ユキさんもユキさんで、かなりの甘やかしぃだからな。

 とはいえ俺も結構な甘やかしぃなので、時々手伝っている訳だが。


「んじゃ、右足あげて~」「みぎあしあげてー」


 バランスを崩して倒れる前に、素早くショーツを通す。


「右足下げて~」「みぎあしさげてー」


「左足あげる~」「ひだりあしあげるー」


「左足下げて~」「ひだりあしさげてー」


「右足あげな~い」「みぎあしあげるー。あっ!」


 ちょっと遊んでみたら見事に引っかかった。


「左手あげて~」「ひだりてあげてー」


「左足あげて~」「ひだりあしあげてー」


 片方の足だけショーツを通した状態のままだと俺の手が疲れる。

 この遊びはもっと楽な体勢の時にしよう。

 絵的にも結構危険だし。


「左足下げて~」「ひだりあしさげてー」


「右手を上げて~」「みぎてをあげてー」


「お膝を開いて~」「おひざをひらいてー」


 するするとショーツを上げていく。

 うむ、ピッタリだ。


「両手を腰に当てて~」「りょうてをこしにあててー?」


「えっへん!」「えっへん?」


 両手を腰に当てて下着姿で威張っている子供の出来上がり。

 ……ちょっと遊びすぎた。

 ごめんなさい。


「どうだ?」


「すごい……やわらかいのにぴちぴち! ぜんぜんすーすーしない!」


 予想以上に気に入ったのか、カリーちゃんはぴょんぴょん跳びはねた後、最後に抱き付いてきて。


「にぃに、ありがとう! だいすき!」


 そんな思わず口元が綻んでしまうような嬉しい言葉を言いながら、ほっぺにチューをしてくれた。

 そんなに喜んでくれると、作りがいがあるというもの。

 もっと下着を量産してしまおうか……などと考えていたら。


「みんなもよんでくる!」


 そう言って、カリーちゃんは下着姿のまま仕事場の聖堂から出て行ってしまった。

 ――ん?

 今、なんか危険なフラグがたったような……。


「けんにぃ、あたしも! あたらしいしたぎほしい!」


 予想通り、暫くすると支度を済ませた女の子達の一団がキャーキャーと言いながら聖堂に入ってきた。


「あー、はいはい。順番に並んで」


 一応は並んでくれたが、並びながらもぐるっと周りを女の子達に囲まれた。

 川遊びの最中とかなら兎も角、こんな所でこんな風になるとは思いも寄らなかった。


 一応、さっき作った下着はカリーちゃん専用のものだけではなく、他種類のサイズを作ってある。

 サイズごとに番号も振ってあるので、どのサイズがどの子にあうのかもチェックしながら一人ずつショーツを履かせていく。

 番号はカリーちゃんの年齢を基準にしているので、カリーちゃんが履いているショーツが9番。

 とりあえず、上は9番で下は5番までの5種類のサイズを作ってある。

 調整が必要な時は、一度脱がせてその場でカスタマイズ。

 紐パンを希望した子には紐パンを履かせてあげる。

 無難に蝶々結びをしていたら、その内お腹の下あたりにリボンを付けようかなと思ってしまったのは余談である。


「え~と、これで最後か? 全員に行き渡ったかー?」


「お願いします~」


「ああ、まだいたか。ん、ちょっとショーツだとあわないな。紐パンになるけど良いか?」


「はい~」


 とっくの昔にお父さんモードに入っていたので、新たに裸の子供が目の前に出てきても別に何とも思わなかった。

 しかし……一番年上で身体が大きいと思っていたカリーちゃん用のサイズ9番でも足りない子がいたとは。

 そんなに太っている子がこの教会にいたかな?

 記憶にない。


「少し膝を開いてくれ」


「こんな感じですか~?」


「ん、それでOKだ。紐を結ぶから、反対側の紐を持っててくれ」


「はい~。わー、すごいですね~。凄く履き心地が良いです~。こんな下着もあったんですね~」


「正直言えば、シルクは手入れが難しいらしいから、もしかしたらすぐにこの下着はダメになるかもしれない。ただ、この下着の素材である絹糸を作ってくれる蚕を買ってきたから、あまりその辺の事は気にしなくて良い。あと、今はショーツと紐パンの2種類しかないが、そのうち種類は増やす予定だ。色違いや柄付きも幾つか作る予定。何か希望があったら遠慮なく言ってくれ」


「凄いですね~。ケントさんが来てくれてから、ここの生活がもの凄い勢いで良くなっていきます~。私、もうケントさんなしでは生きていけなくなってしまいそうです~。ケントさん、責任取ってくれませんか~?」


「責任って、おいおい。今からもう結婚の約束か?」


「はい~。是非~」


「わたしもにぃにとけっこんする!」


「けんにぃのおよめさんにあたしもなる!」


「はいはい、それはもうちょっと大きくなってからな。ん、おしまい。少し長めに紐を作ったつもりだったが、ちょっとギリギリだったな。今度はもっとおおき……」


 そう言いながら上を見て、少し固まった。

 何故すぐに気付かなかった俺。

 カリーちゃんよりも大きな女の子といえば、彼女しかいないだろうに。


「う~ん、これ以上大きくですか~。ケントさんは胸の大きな女性が好みなんですね~。少しショックです~」


 などとちょっと見当違いな方向を気にし始めたユキさんが、自身の胸の膨らみを確かめながら頭を悩ませているのを見て、俺は――。


「……そうか。ブラジャーも必要か。いや、いっそのことキャミソールやタンクトップ、インナーとかも揃えるというのも良いな。となると、シャツにスリーブ、スパッツ、タイツ、ハイソックス、ニーソックス、etc...」


 まずはワンピースを作ろうという純真な思いがいつの間にか彼方へと吹き飛び、妄想の海へとずぶずぶと沈み込んでいった。

 お父さんモードも、女子高生並に成長しているユキさんの裸の前では維持が難しいようだ。

 カリーちゃん達と同じく、食糧問題から解放されすっかり健康的な身体になったユキさんは、目の毒である事を初めて痛感した瞬間だった。


「にーちゃん、ギルド証あるんだろ! たまにはモンスター狩りに連れてってくれよ! 俺、肉が食いたい!」


 その後、一心不乱にシルク製品の数々を作り続けた俺の不健康な毎日は、そんなビックスの言葉によってようやく終わりを迎えたのだった。

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