7/彼女の願いが叶う場所
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信じられない話ではあるが、目の前で起きていること……というよりも、今自分が身を以て体感していることに勝る説得力はない。それは十七年やそこらで積み重ねてきた常識などという先入観を嘲笑って、あっさりと木端微塵にした。
何が言いたいのかと言えば十年彗星のお伽話は本物だったということだ。
今この世界が紗季が最後に呟いた願いの体現だとしたら説明が付くし、それ以外に考えられない。
忘れないで。
星が叶えた紗季の願い。
それが、この歪んだ世界。
紗季がここにいたのはそういうことだった。忘れないで。忘れないように、ここにいた。けれど限界がある。紗季が屋上以外には姿を見せなかったのはそういうことだろう。そして多分、この世界での時間が元の世界の時間に追い付けば、この儚い夢は自動的に終わってしまう。
下校しながらその推測を話すと、友は寒い目をして俺を見た。
「あんたバカ?」
「な……」
確かにファンタジーな話をしている自覚はあるが、けれどこれはもうそういう問題ではない。
現実的に思考していたんじゃ現状に説明が付かないだろ。
「そういうことじゃなくて。間違ってんのよ、根本的に」
「何がだよ」
「紗季の願いが何だったのか。あんた、全然解ってない」
夕陽も落ちて暗くなった帰り道を隣り合って歩いていく。どこを目指しているのかは解らなかった。俺は歩調を合わせて友に歩いているだけだ。少なくとも現状がすっきり飲み込めるまで思いついたことを話し続ける。飽きるまでは解放してやらないつもりでいた。
はあ、と呆れるように溜息を吐く友。
「ま、だからあたしがいるんだけどね……」
「どういう意味だよ」
「あたしが、この世界を終わらせる『鍵』だって言ってるのよ」
その台詞を言うために、友は歩く速度を速めて俺の進路に躍り出た。
「気付いてるでしょ。あたしは、あんたの幼馴染じゃない」
それを言われて俺は最初に友を見た日を思い出す。
最初に、というと幼馴染みという性質上十年近く前のことになってしまうはずだが、友の場合それはほんの二週間以内となる。あの日、朝のホームルーム前の教室で。暴れる蒼を抑える俺の横を通り過ぎた、その瞬間。
あの時に感じた違和感は間違ってはいなかったのだ。
世界が間違っていた。
確かに、夕凪友という存在が世界にとって異物だった。
「ていっても、あたしだって初めからそう思ってたわけじゃない。あたしはちゃんとこれまで生きてきた自覚があるからね。でも、変だとは思った。だから調べたのよ」
「十年彗星、か」
ご明察。悪戯に唇を釣り上げて友は言う。そしてまた歩くのを再開した。
俺は友の小さな背中を追いかけながら歩く。時折、彼女が立ち止まると合わせて止まってやった。
「あたしにはね、記憶がないのよ。あんたと出会う前の記憶が。ただし記録はある。自分が何をすればいいのかって、考えたら答えが出るのよ。人間ということを知識にして詰め込まれた感じかしら。……そんなことはどうでもいいわ。ねえ、律、あたしの家、どこだか知ってる?」
「……いいや」
否定すると友は、でしょうね、とだけいってそれで話を終わらせた。こっちは本題ではないらしい。
「彗星の話を調べたら、もやもやしてたのが解決したわよ。だから、屋上に行った。紗季は全部解ってたわ。この世界が自分の最後の夢だということも。どうすればこれが終わるのかも」
駅の裏側に周って山の麓に辿り着く。最初はなだらかなその傾斜を上る途中、一歩を踏み出す度に友の髪が跳ねた。
「あたしは星の意思。紗季の願いを叶えるために、カタチになったお伽話」
「……」
「紗季の願いはね、なんてことない。ただ、安心が欲しいってだけなのよ。あんた達が、自分がいなくても大丈夫だって安心したい。それだけのこと。ねえ、どうしていきなり爽架の男性恐怖症が再発したと思う? つまりはね、そういうことよ」
友の言いたいことは十分に理解できた。確かに、実に紗季らしい。しかし間違いがある。紗季の願いを、こいつは本当の意味では理解していない。安心が欲しい。そうじゃない。紗季は心配なだけだ。俺たちが。だから紗季の願いは、紗季がいなくても、俺たちが大丈夫であること。
蒼の男性恐怖症は、そもそも紗季が解決した問題だ。そして俺たちはみんな、何かしら紗季に救われた過去がある。彗星が作り出した世界を終わらせる条件。それは紗季の手で解決された俺たち四人の持つ問題を改めて解決すること。
「……解ったよ。ありがとう友」
しかし気になることが一つある。
俺は遠慮なしに質問した。
「紗季は、どこに行ったんだ?」
「さあね」
あっけらかんと、友はそう言った。
「それは自分で考えなさいよ。あたしがそこまで教えてあげる義理はない」
じゃ、と言い残して、もうこれ以上は話すことがないということを態度で告げられる。
考え事をしながら歩いていたからだろう、自分がどこを目指しているのかここに至るまで全く解っていなかった。話すことはもうない、という背中が消えていくのは――紗季が入院していたあの病院だ。気付けば大声を出さなければ届かない距離に友は離れていて、急いでそれを呼び止める。
最後にもう一つだけ、聞いておかないといけないことがあったからだ。
振り返った友に俺は訊いた。
「この世界は、終わらせなくちゃいけないんだよな」
「……」
友の口から返事はない。
そんなこと、答えるまでもないでしょ。代わりに冷ややかな眼差しがそう言った。
そうだ。
この世界は紗季の夢。
紗季の最後の願い。
紗季は、こんな世界の存在を願った訳じゃない。




