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 上々の首尾を報告すべく、俺は珍しく自主的に生徒会室へと脚を運んでいた。

 その道中に何故か友を引き連れて。

「なんでついてくるんだよ」

「あたしの勝手でしょ」

 教室を出るときから友は尾行するみたいに俺の後ろを歩いていた。隠れる気はなかったようなので、別に本人はそんなつもりなどなかったのだろうが。ならばいっそとこちらから声をかけて同行の形にしてみたが、よく考えれば友はそれが嫌で黙ってついてくるようなことをしていたのだろうか。

 近頃の友は何故だか不機嫌だ。ちょうどこの間図書館に行った後くらいからずっと。放課後になるとすぐにどこかへ行ってしまうし、最近はまともに会話すらしていない気がする。そういうことを踏まえて考えれば、今のこの状況は意外と悪くないのかもしれない。

 俺は九ノ瀬に話すつもりだった話を、まずは友にしてやることにした。

「なあ、友」

「何よ」

「蒼の男性恐怖症だが、治ったよ」

 友は驚いたように顔をこちらに向けたが、立ち止まろうとはしない。まじまじと俺の顔を見つめ、黒い目を怪訝に濁らせている。どうやら俺が嘘や冗談を言っているということを疑っていたようだが、その警戒は直ぐに解けた。釈然としない顔をしているが追及してくることはなく、窓の外に目を向けて一言、

「そう」

 とだけ呟いた。

「……なら、爽架はもう大丈夫だね」

「ん? ああ、これでもうおまえが面倒を見ないで済むよ」

「それは、少し違うと思う」

 友は依然として歩みを止めないし、視線もこちらに戻さない。

 小さな背中は窓越しに映る俺に語りかけていた。

「もともとあたしに出来ることはないから。爽架を救ったのは律だよ」

「なんだ、それ」

 というか、どうしてこんなにも空気が重いのだろう。俺は浮かれていた気分が一気に平常に戻るのを感じた。どうにも様子がおかしい。友は俺と同じように、蒼の現状を危惧していたのだ。ならばその懸案が取り除かれて、俺と同じように浮かれていいはずだ。

 しかし現実は違った。

 友の表情は暗い。しかもそれは問題の解決を知った、その後でさらに影を濃くしたように思える。

 まるで――。

 まだ、この問題に形がついて欲しくなかったみたいに。

「友、おまえ――」

「ねえ律、あれ」

 俺は友の肩を掴んでいた。そして、気が付けば脚を止めていた。ほぼ同時に友もまた止まっている。俺が肩に触れたことなどまるでに意に介していない。両手を窓に張り付けて、外の景色を眺めながら俺を呼んだのも同じタイミングだった。

 言おうとした何かを引っ込めて、まずは友の主張を優先することにした。あれ、という言葉が差すであろう窓の外に俺も目を向ける。この一棟東側の廊下からは一棟と二棟に囲われた中庭が見下ろせる。校舎の影になっている部分に双色遊季の姿を見つけ出すのは、俺にとってそう難しいことではなかった。

 三人いる。

 遊季と、後二人は知らない男子。

 友があれ、と言ったのはこの状況だろう。いかにも見た目が派手な金髪の短髪と、髪の色や服装こそ派手ではないが、ピアスやネックレスなんかの装飾が目立つ黒髪の二人組だ。遊季が仲良くランチを楽しむような相手には到底思えない。

「また面倒なことになってるのかよ、あいつは……」

 呆れ半分に俺は呟く。

 まあ、よくあることだ。遊季に気がある奴は男女問わず少なくない。そしてその人種も様々だ。ああいう行儀のよくない連中だって含まれる。まあしかし、相手が男だということは妙な心配はない。といってももちろん、放っておくつもりはないが。

 ここは二階。中庭に降りるには三分ほどあれば十分だ。階段の踊り場ももう近い。本当ならそこを上がって生徒会室に向かう予定だったが少し寄り道するとしよう。と、俺が考えているよりも先に、隣にいたはずの友は既に行動を起こしていた。黒い長髪を靡かせる背中は既に角を曲がり、階段を下ってる頃だろう。

 そんなに急ぐことかよ。とは思ったが、あの攻撃的な性格の友を先行させて事態をややこしくするのはよくないので、俺も走り出した。友は意外と足が速い。なので先発のアドバンテージを埋めるにはこの距離では少し足らず、俺が友に追いついたのは中庭に降り立ったゴール地点となった。

「遊季、なにやってんだ」

 隣で息の上がってる友よりも先に俺が声を出す。正直俺も呼吸が落ち着いていなかったが、友が口を開けばどんなことを言うか解らない。ここは出来るだけ俺が先にコンタクトを取っておきたかったのだ。

 俺の呼びかけに三人が同時に振り向く。

 遊季はいつものことで慣れているのだろう、そんなに深刻そうな顔はしていない。けれど俺の姿を認めたとき確かに強張っていた表情が緩んだのが見て取れた。対する他二名の男子は明らかに気に入らない、と言った表情をしている。

 まあ、俺が遊季の幼馴染だということは周知の事実なので、こういう手合いにしてみれば俺は気に食わない存在のはずだ。しかも男に言い寄っていた場面を目撃されているのだから、それはそれはバツの悪いことだろう。

「ちょうどいいや、今から九ノ瀬のところに行くんだおまえも――」

「あんた達、遊季に何してんのよ――!」

「――と、友おまえっ!」

 穏便に解決を図ろうとした俺の行為を完全に無駄にしやがった! 

 折角連中に関わらないで遊季だけを連れ出そうとしたのに、見事に火種を撒いてくれやがったよこの小娘。俺はその後も何やらの罵詈雑言を放ちかねない友を抑え込み、後頭部から手を回して口をふさいだ。もう何も言うな。発言の余地はない。

「んー! んー! んんー!」

「おいこら! 暴れんなよ!」

 放せ放せと言っているのだろう。友は腕を振り回して俺を引き剥がそうとするがそうはいかない。力ではさすがに俺が勝っているのだ。疲れるが抑えている分にはこの程度の抵抗は問題にならない。

「んー! がふッ!」

「痛ッ! てめえ何しやがる!」

 友の前歯が掌に食い込み、思わず痛みで手を放してしまう。さらに友はするりと拘束を抜けると脱兎のごとく遊季に駆け寄り、その手首を掴んだ。その早業は瞬いほども許さない。俺は痛みに片目を閉じながら、流れるようなその一連の動作を見ていた。

 体格ではそれほど変わらない遊季を友が引っ張る。二人の華奢な体が俺の前に二つ並んだ。

 友はぎょろり、と俺を見る。何も悪いことをしたつもりはないが、責められている気分だ。そう思うとどうにも友の目は、このノロマ、あんたがちゃんと助けないと駄目でしょう、みたいなことを言ってるように思えた。あくまでも俺の想像だが。

「ほら、行こう、遊季」

 言うが早いか友は遊季を引き連れて俺を躱して行ってしまおうとする。途中遊季の助けを求めるような困惑したような視線が俺を射抜いたがこうなった友は止められない。大丈夫だ。おまえに危害を加えることはないはずだから安心しろ。俺は心の中で自分に言い聞かせるように呟く。

 友の背中が、俺を追い越したその時だった。

 俺も踵を返して二人に続こうとしたその時、声がした。

「おい」

 怒髪を抑えたような、そんな低い声。誰のものかは歴然である。聞き覚えはないが、雰囲気は遊季に言い寄っていた二人組のどちらかのもので間違いない。また、この状況下で他の第三者であるとは考えにくい。俺を含め三人が行動を停止した。

 最初に振り返ったのは俺だ。眉間に皺を寄せた表情の黒髪の装飾男子がこちらを睨んでいる。どうやらさっきの声はこいつのものらしい。それも声音通り相当ご立腹だ。

 だが妙なことがある。装飾男子と一緒にいる金髪の表情はずいぶんと穏やかだ。どころかどこか得意気ですらあるように見える。この二人の温度はなんだろう。と考えている内に反応が遅れた。装飾男子がさらに言を続ける。

「おまえ今なんて言った?」

「なにが?」

「おまえじゃねえ。そっちの女だ」

 ご指名は友のようだ。俺はびくりとして背後をチラ見する。友は、売られた喧嘩にずいぶんな高値を付けて買い取る癖がある。こんな風に明らかな挑発を貰ってはきっと止まらない。現に今も腕捲りなんかを始め、既に臨戦態勢に入りつつあった。

「なによ? あたしは友達をナンパから助けただけだけど、なんか文句あるの?」

「黙って答えろよ。おまえは今なんて言ったんだって――」

 埒が明かないと思ったのだろうか、装飾は聞きたい事柄だけを強調するように言葉を切り、

「――そいつのことを、なんて呼んだのかって訊いてんだよ」

 そんな、馬鹿馬鹿しい疑問を口にした。

「は、はあ……?」

 友もこれにはさすがに戸惑っているようだ。聞きたいことは解った。だがその意図が不明。困惑しているのは俺も同じだ。すると、後ろで黙っていた金髪がくつくつと笑いながら前に出る。俺たちに敵意を向けている装飾の方とは違い、こちらは実に穏やかだ。

「もういいだろ見苦しい。おまえの間違いだって」

「ッ! うるせえよてめえ! なんかの間違いだこれは。おまえもあいつらも間違ってるんだよ」

「あー、解った解った。そんなんじゃファンクラブ会員の名が廃るわな。けどな、所詮おまえらなんてそんなもんなんだよ」

 金髪はいやらしい笑顔を湛え、噛み殺した笑い声で言った。

「双色紗季のファンクラブなんてもんはさ」

 話の流れは依然として読めないが、しかし漠然とした輪郭は掴めた気がする。

 ようはこいつは――遊季と紗季を間違えていたのだ。それもファンクラブの癖に。馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、けれどこいつがここまで憤怒しているのも何となく解った気がする。恥ずかしさは満点だからな。

 俺はちらりとまた背後の二人を窺った。友は俺と同じように呆れ顔をしている。きっと心中も同じだろう。遊季は――なにやら興味深そうに金髪と黒髪のちんぴらを眺めていた。表情から何を考えているのかはあまり想像できない。そうでなくても俺のような一般高校生には、自分のファンを自称する連中を前にした心境など想像もつかないのだ。

 こんなけったいな場面に立たされた遊季の心中を測ることは到底できそうにない。

「ッチ! 離せよ!」

 肩に置かれた金髪の手を払い除け、黒髪がこちらに迫ってくる。その形相は真っ直ぐに遊季を向いていた。

「ふざけやがって、馬鹿にしやがって――てめえが、てめえは――」

「――律、それに遊季に友じゃないか。奇遇だなこんなところで」

 怒りに溢れる怨嗟を撒きながら向かってきていた男の動きが止まった。背後から聞こえた声がその歩みを制したのだろう。その凛とした、蒼爽架の声に。姿を確認せずともそれが誰の声であるかは察しがついただろう。声だけでこれだけの威圧を込められるのはこの学園では蒼くらいだ。

「それにしてもなんだ。ずいぶんと愉快な状況だなこれは」

 言いながら、蒼は既にこちら側に来ており、くるりと俺たちに背を向けて装飾男子に対峙した。

 ちょうど俺たちを庇うような形になって、

「――で、そこのピアスにネックレス。おまえは私の友達に何をしようとしているんだ?」

「蒼、爽架……」

「穏やかではないな。暴力に飢えた獣みたいだ。ならどうだ? 私が相手になってやる。ちょうど私も――自分の友人を侮辱されて気が立っていたのだ」

「……」

「構わんぞ、いつでもこい」

「……畜生が」

 蒼の威圧に、相手が折れた。

 唾を吐いて立ち去る。この上なく程度の低い悪者の振る舞いだったがある意味では賢い選択とも言えただろう。ここで自棄になって蒼に喧嘩を挑もうものならば、命の保障はできない。……いや、さすがに言い過ぎではあるが、ただで済まないのは確かだ。

 金髪はどうやらツレではないらしく、連中は別々の方向へと消えて行った。二人の姿が見えなくなるのを待ってから俺は蒼に、

「悪いな。おまえが出張ってくれることはなかったんだが」

「……」

 返事がない。

「蒼?」

「ん? ん、ああ……いや、構わないよ律。ごめん、ぼーっとしてた。なんていうか、その……」

「なんだよ」

「よく解らない」

「なんだそりゃ」

 蒼の様子は変だった。何が変かは上手く言えない。ただ纏う空気が妙だったのだ。

「私はこれで退散させて貰うとしよう。じゃあね、律。それから遊季、ああいう手合いには気を付けるんだぞ」

「え、うん。ありがとね、爽架。助かったよ」

 突然話を振られてやや困惑している遊季を一度だけ確認して、それだけで蒼は来た方向へ帰って行った。それもやや駆け足気味に。俺はふとすれば直ぐに視界から消えてしまうだろう背中を呼びとめようとして、しかし、呼び止めたところでこの釈然としない気持ちを晴らす言葉がないということに気付く。蒼はもういなかった。

「なんか……変じゃなかったか?」

 誰に訊いたのだろう。

 この場合俺以外の誰かなので、友か遊季になるわけだが、正直なところ返信は期待していない。だというのにありもしない期待に友はしっかりと答えてくれた。

「そうか、冬なのに汗掻いてたね」

 汗? 

 首筋に、ポニーにしてるから解った、と友が続ける。すると遊季がおずおずと、

「爽架……震えてなかった?」

 そんな、ありえないことを言った。

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