パンがとびきり美味しいのは
妙な話。人を育てる、という点において、これほど恵まれた環境はなかった。
まあ……私はほぼ何もしてなくて、皆さんが勝手に進化したんだけど。
それだけ、努力していて素養があったんだと思う。
執事のリッドさんは最近、表情が柔らかくなり、考え方も柔軟に。
もはや普通に使われるおネエっぽい言葉は気になるけど……お屋敷の急速な変化に適応させられた結果?
リネンさんやセラフィさんは、出会った時から素晴らしい人格者で、博識なので今も目標だ。
そうそう、リネンさんについてはこんなことが分かった。
どうやら彼女が、お屋敷にやってきた転生者第1号。
名前や容姿からして、何となく察していたんだけど。
それも、私に名前を付けてくれたセンスとか、食事の好みからしても同じ世界から来ている可能性が高い。
行商先で手に入ったお米を鍋炊きにして、塩おにぎりをお出しした時、すごくほっこりしたお顔をしていた。それに、緑茶も。じつは驚くほど高価な茶葉だったのはナイショにしてある。気を遣わせてしまうから。緑茶のほうも、リネンさんはいたくお気に入りだった。
「ああ、なんて幸せなんでしょう。最高の、贅沢ですね」
と言っていた。その隣で私もとっても共感していた。
ルチェの木に、ひそかに梅の実をお願いしているところ。うまくいけば、漬け物を作ってみたい。
行商で種が手に入るのと、どちらが早いか。時間の問題だといい。
「うーん、いい香り」
今日も、部屋にお花が届けられていた。白や薄い桃色の可憐な花々。
カイ様が領地視察の帰りに立ち寄った評判の花屋で、勧められたものらしい。
大量に贈られるとこちらも気を遣うけれど、10本くらいでちょうどいい。
ちなみに、これまでも何度か同じことをしてくれている。お花はどんなものでも好きなので、とても嬉しい。
そういえばこの間、こんなことを言われたっけ……。
「ナガメさん、ギルド討伐や護衛の仕事をしばらく控えてくれない?」
「え、なぜでしょうか」
内心、喜んでと思いながらも、聞き返してみた。
「ちょっと言いにくいんだけど……王都やギルドから、ナガメさんを何らかの職を用意して迎えたいという提案を受けていて。ただ、今まではやんわりとお断りしていたんだ」
「はぁ。そうだったんですか」
そういえば、私も火の魔法が使える。それに、固有スキルのフライパン。
年齢的には……この世界ではさほど若いとは言えなさそうだけど。
魔法が使えると、扱いが変わるとアイリーも言っていたなあ。
「ナガメさんは、どう思う?」
「ええと、このままがいいです。お屋敷の料理人」
ほとんど即答した。考えるまでもなく、このお屋敷は居心地がいい。
「そう。うん、そう言うかと思った」
カイ様が、にっこりと笑いかけてきた。
つられて私も笑う。
「あー、オホン。新月の夜に活躍した人たちは、王様の特別なお計らいで、身の振りを自由に選んでいいらしいのはもう話したよね?」
「ああ、はい」
「……ただ、今後は分からない。あまり活躍されるとまた話が持ち上がるだろうし、断りづらくなってしまうかも」
「なるほど、わかりました」
「……それに……」
(……?)
何か言いかけた様子のカイ様。だけれど、私と目が合うとパッとお顔を背けた。
「いや、いいんだ。時間を取ってすまない」
(何を言おうとされてたんだろう?)
ともあれ、変わらずご多忙な合間を縫って、細やかな気遣いをしてくれるカイ様がいらっしゃるし、彼の采配のほとんどは信頼できる。
穏やかな気持ちでいられるって、それだけで幸せなこと。
お屋敷の料理は今や以前と比べて格段に美味しい。
ベッドもお日様の匂いがしてふかふか。
パンドゥール領は早くも、パンや焼き菓子、チーズ、そして高級ルチェの産地として有名になりつつあり、目当てに遠方からやってくる観光客や、仕入れの商人も増えた。
転生当初に比べると晴れた日も多くなり、市場にも活気を感じる。
……パンドゥールという名前の領地なのに、パンがほぼ石!という不名誉さを改善できただけでも、来たかいがあったなあと思う。
晴れた空を見上げながら食べるパンが、今日もとびきり美味しい。
歌女神、ミュリスティア。
彼女は、3度目の新月が明けた瞬間、フルコーラスを聴かせてくれた。
その場にいた全員が恩恵を受け、超回復できた。
ミュリの本領発揮に、神聖さや偉大さを感じた。
『よく頑張ったねえ!すごいすごい!!私からも、サービスねッ♪』
___と軽いノリで言われたのにはズッコケかけたけど。
おかげで、気分の切り替わりがだいぶ早かった。
未だにナガメちゃんの信じるチカラがすごいんだよー、と言ってくれる。
だけれど、すべてを上向かせてくれた功労者は、というとやっぱりミュリしかいない。
お屋敷に帰って一息ついた私とアイリーは、真っ先にお供え物をした。
コトコト煮込んで、あまーくしたスパイスティーと、真っ赤な甘酸っぱいアッポの実のパイ。
「そうだ、オランやアッポにブランド名をつけたいよね?」
とアイリーに言うと、まーたワケわかんないことを言った!と腕をはたかれた。
もう何度も繰り返しているこのやり取りが、どういうワケかおかしくって2人で笑いあう。
空は高く、どこまでも澄んで晴れ渡り、ルチェの大木と周囲に広がる果樹は、沢山の白い花をつけている。
黄金色に輝き、重たげに首を垂れる麦たちも風を受けて揺れる。
かすかに桃色の輝きを含む心地よい風が、らんららら~~ん、と歌うように吹き抜けていく。
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