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魔王物語  作者: ragana
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第三十二話 -デカけりゃ強いってわけではないけど怖いだろうな-

「んで、何しろってんだよ」

 問うと、返答の代わりにオッドは遠方を指さした。

 視線を向けると、平原と森の更に奥に塔らしきものの姿が見えた。

 見るからにおんぼろであるその塔が一体どうしたというのか。

 塔自身には魔力も何も感じない為、現状、あれが摩訶不思議な現象を巻き起こしているようには見えない。

 もしかすると、元々、何か摩訶不思議な現象を巻き起こしていて、今は故障してしまいこの状態であるのかもしれない。

 そうであるならば、オッドが修理に向かうから護衛やら、俺の錬金臭い能力で何か手伝ってくれとかそういう頼みなのではないだろうか。

 そう、思った訳だが、オッドの顔へ視線を戻すとそれは否定する事になった。

 どうも、余裕が無さそうな表情である。

 厳密にはオッドが余裕がある状態なのか否かはわからないのだが、表情が硬くなっているかどうか程度であるならば理解できるのである。

 勘の域を出ないが。

 今、オッドの表情は硬い。

 それ故の認識である。

「俺の知り合いを救ってほしい」

 オッドの眼は信じられないぐらい本気だった。



 どうやら、オッドの知り合いは、非常に出来が悪い人であるらしい。

 厳密には、音響魔法の素養が無い、という事であるらしい。

 身体が大きく、力もある為、荷物の運搬など昔から力仕事ではお世話になった事があるらしい。

 それに何度かは素材が崩れて落ちてきて、下敷きになりかけた所を助けてもらったそうだ。

 それ故に、見て見ぬふりは出来ず、危機を知って乗り物を奪って助けに行こうとしていた所で俺を見かけたのだそうだ。

「んで、危機ってなんだよ」

 俺たちは現状、その塔へと進んでいる。

 ただ、あまり速度を出し過ぎるとオッドがついていけない為、担いで速度を速めたのだが、一定以上早めると、これまたオッドが肉体強度的に付いてこれなくなった為全速力という訳にも行かなかった。

 通常であるならオッドは後で来てもらうという形式を取ったのだろうが、オッドが行かなければその塔内部へ入る道が分からない為やむを得ない策である。

 壁をブチ抜いて突貫するという方法が挙げられたが、おんぼろである為塔が崩壊しては意味が無いと却下されるに至った。

「助けて欲しい人は、悪いけど本当に素養が無い。だからホーネイからも気にも留められていないんだ」

 だったら、あの塔へ向かう理由が掴めない。

 塔へ向かって危機があるのなら強い人物を送る筈である。

「そうだ。今まではそうだったんだ。だけれど、今は状況が違う。魔族との大戦が待っているから出来るだけ戦力が必要になった。それは可能性が少しでもあるなら何だって。けど、ほぼ可能性はないけど無くはない可能性で実力がある人物がサイレンが大戦に行かないなら行かないと言ったんだ。そして、サイレンを連れていくほど乗り物にも物資にも余裕はなかった」

 サイレンはホーネイからしたら本当に木偶の坊扱いだからね、とオッドは苦笑いする。

 その様子を見る限り、オッドは相当サイレンという人物に情があるようである。

 それは、家族の様に。

「――……内容はどうでもいいな。お前のその顔を見る限り、俺はお前を――そのサイレンというヤツを助けなきゃならんらしい」

 親友の頼み、だ。

 それに、家族。

 懐かしい響きで俺の根源となる単語である。

 ――心が揺れる。

 オッドが何かを言いかけたが、森へと入る為身をかがめさせた。

 森は木々がプライベートなんぞ糞喰らえと言わんばかりに好き勝手伸びきっている。

 森は森というだけで、事実上、柵に近い。

 枝と枝が絡み合い補い合い入り組んでいる。

 魔力も節々から感じる為、ただの木ではないようである。

「どっせーい」

 殴って蹴ってみるも、ビクともしない。

 あまりにも力を入れ過ぎると、おんぼろ塔が崩れるんじゃないかという錯覚に陥る為躊躇してしまっているらしい。

「あー、これってホーネイにバレない様にやるべきだよな?」

 オッドは首を縦に振る。

 危なかった。

 もし全力を出して殴る蹴るをくり返して、その振動でホーネイにバレるかも知れなかった事を思うと俺の判断というか躊躇はナイスである。

「あー、じゃあアタシがやるわぁ。お腹一杯だしー」

 多少、あの暴飲暴食に罪悪感を抱いているのか宇美音子さんが名乗り出た。

 俺としてはこの森という名の柵をぶっ潰す方法は幾らかあったのだが、バレる可能性を否定しきれない為任せる事にする。

 宇美音子さんは魔力が無い為、現状の俺やベヒス嬢の様に、全力を出せば魔力放出を抑えきれないという原理は働かないのである。

「んじゃ、頼みますわ」

「はいはーい。じゃーちょっとどいてー」

 そう言いながら俺たちをしっし、と犬でも追い払う様な手つきと台詞の朗読を行って見せた。

 服の袖からナイフを一振り取りだし、似非居合い切りの様の溜めの恰好を取って見せる。

 鞘の代わりに手で刀身を包んでいる。

 あれは、素材が素材であるので鉄やら岩やらを簡単に両断する為、迂闊に刀身に触れてほしくないのだが。

 というか、全部、鞘渡した筈なんだが。

「鞘? すぐに戦闘態勢に入れなくなるしあんなの捨てたよぉ」

 ひでえ。せめて売って換金してほしかった。

「んじゃ、いくよー」

 一閃。

 常人からすれば、おそらく構えの体制から唐突にナイフが消失し、構えを解除し、普通に立っている体勢へと変化しているようにしか見えない程の速度であった。

 それに呼応するように森という名の柵の方から何やら切れたり潰れたりする音が響いた。

 見ると、巨大な斬痕。

 ああ、あのナイフは風の魔法が施されていたっけ。

 早く振れば振る程風を取りこみ巨大な真空波を放てるという宇美音子さんがわざわざオーダーしてきた数本のナイフの内の一つである。

 魔法自体はそれ程ではないのだが、あそこまでいくと酷いものだ。

 たまに、宇美音子さんが人間ではなく仙人とかそういう人を超越した存在なのではないだろうかと思う時がある。

 この世界に来てからはその回数が増えている様な気がする。

 宇美音子さんの基準で行くならば、鬼の部類だろう。

「――っ」

 背後からオッドが息を飲んでいるっぽい音が聞こえた。

 まー、確かに宇美音子さんみたいな達人クラスを見慣れてなかったら絶句するだろうなぁ。

 現状、気配察知的に考えて達人クラスはいないくさいし。

 少なくとも、この国にはいないし、これまでの国にもいない。

 足元に及ぶヤツさえいない。

 魔族を見る限りは魔族もそうなんじゃないかと思わなくもない。

 尤も、ガーゴイルは魔族ではなく、生体兵器で分類するのであれば魔獣であるため、事実上出会った魔族は先の森で戦闘した二人だけという事になる。

 その為、魔族全体の戦力は正確には量かれていない。

 魔法は学問に近いものがある為、研究者であったであろう先の二人はそこそこ強い部類の魔族だったんじゃないかと思う。

 そもそも、この大陸は人間側の勢力が主に分布しているのである。

 つまり、魔族側からすれば敵地でしかないのだ。

 その真っ只中、先の森であるならば国の都市の1つに隣接していると言って過言ではない位置に存在する。

 そんな場所にたったの二人っきりで派遣されるとなると、島流し的扱いを受けたかそれでも大丈夫だろうと判断されたかではないだろうか。

 人間にはない魔族の何らかの事情により他の理由があったり俺が思いついていないなんて事もあり得る訳だが、概ねこんな感じじゃないだろうか。

 まあ、油断は何も良いものを産まないだろうからそうは思っても気を引き締めておかなければならないだろうな。

 兎に角、宇美音子さんの一振りにより森の一部が消し飛び通過可能となった。

 塔まで距離があるにはあるが、一直線である為そう時間はかからないだろう。

 というか、今思ったんだけど、森を破壊しないで追っているサイレンという人物は向こう側に行ったのだろうが、いったいどうやって通ったのだろうか。

 魔法が扱えないとなると空を飛ぶなんて不思議な事も確実にできないだろうしどうなってるんだろう。

「多分だけど、普通に迂回したんじゃないか? 大体そうするし。それに、この辺りは凶暴な魔獣が多く生息しているからね。――そういえば一匹も見かけてないな」

 問うてみると、答えと同じくして質問を投げ渡されてしまった。

「魔獣って野生動物だろ? あれなら俺たちの近くには基本的にこねえよ。殺気飛ばしてるし」

 そう言うと、オッドはなんだかあきれた顔をしてみせた。

「なんだ?」

「いや、何も無いよ」

 明らかに何やら思っている顔であるが、言いたくないものは無理に聞き出すつもりはないし放置する事にしよう。

 さて、問題の塔まで全く魔獣の姿を見ることはなかった。

 今後も無いだろうと楽観的に先を見たいのだが、どうもそうは行かないようである。

 塔から明らかに敵意を感じる。

 それもそこいらの魔獣並みの気配ではない。

 気配の位置から幸いにもサイレンとその敵意の主は遭遇していないらしい。

 だが、森から塔までは遮蔽物のない平原であるのでおそらく侵入していること自体はバレているのではないだろうか。

 となると、悠長には構えていられない。

 敵意を向けられていることからこの塔には入りたくはないのだがやむを得ない。

「ベヒスとオッドはここで待機しといてくれ。どうも、住人には歓迎されてないらしい。今までの魔獣みたいに歓迎はせずとも不干渉であるなら安心できたんだけどな」

 おそらく、平和的に解決は出来ないと思う。

 だからこそ、非戦闘員であろうオッドは置いていくべきである。

 そして、俺だけであるなら妙な制約があるのでそのせいで中で息絶える可能性がなくはない。

 宇美音子さんだけだと、戦力的には全く問題がないため安全に見えるが、なにやら暴走しそうであるので安心しきれるわけではない。

 ソレがなければ確実に行くのが面倒であるので宇美音子さんに押し付けて俺もここで待機することを選択したのだけれども。

 ベヒス嬢はオッドの護衛という役目だが、一番遠距離攻撃が得意であるだろうと考えているので最悪、塔毎ぶった切ってもらおうと思っている。

 塔は古代ギリシャとかに建ってそうな形状で、窓が幾つもあるので声をかけるぐらいはできそうだからそれで連絡ができる。

 まあ、それだけなら宇美音子さんに頼んでもいいのだけれども。

 威力の調整ができる分、宇美音子さんよりも汎用性があると踏んだのである。

 宇美音子さんの攻撃も威力の調節出来るはずなんだけどしないんだよなぁ。

「わかった」

 オッドがそう言いベヒス嬢が頷いて剣に手を当てる。

 二人共理解してくれたようで何よりである。

「えーだーるーいー。ワキワキさせてくれたら良いよー」

 宇美音子さんは理解していないのか、理解して敢えてぶち壊しているのかよくわからなかった。

 残念なことである。

「宇美音子さん。宇美音子さんだったらあの敵意向けてきている鬼を倒しにいくだろ? 行かなくていいのか?」

 一時期、自身の敵、または敵になるであろうモノを倒しに倒していたからな。

 鬼狩りって宇美音子さんは言っていたけれども。

「えー、あれねー。あれって昔のことだからなー。それにあれは本位じゃなくて師匠――名前は忘れちゃったけど、その師匠の頼みだったからねぇ。たいだい、今回は殺しになっちゃうからなぁ。敵意向けただけで殺しちゃってたらアタシも鬼になっちゃうしー。魔か鬼かって言ったら魔がいいしー」

 ――確かに、そんな設定があったな……。

 まあ、そう言うなら仕方ないか。

 俺ひとりで行けばいいかな。

「んー、まあそう言うなら俺ひとりで言ってもいいけどなぁ。とりあえず、オッドはサイレンの出で立ちに関する記憶コピらせてくれや」

「ああ、それなら顔写真があるよ」

 ポケットからそれらしき人物が描かれた紙が取り出された。

 見るからに女性である。

 サイレンとは女性であったらしい。

 大きくて力持ちと聞いていたので完全に男性だと思い込んでいた。

 どうやら顔に出ていたらしくオッドは苦笑いしてみせた。

 確かに、女性に対して男だと思い込んでました、なんて言ってしまうと泣かれるかシバかれるかのどちらかになる可能性が経験上高い。

 ベヒス嬢や宇美音子さんといった女性メンバーの顰蹙を買って俺の血によって血祭りを開催される前に立ち去ることにしよう。

「中くれえなぁ。まあ、なめらかな勾配だけだから死にはしないけども」

 ただ、暗闇に紛れて段差が存在しないという保証はないため慎重に進まざるをえない。

 万が一誤って転落してみようものなら、確実に死んでしまうだろう。

 精神が。

 おそらく、浮遊感に絶えきれなくなって精神が完全に乙ってしまうに違いない。

「外より魔物、好戦的だなマジで」

 外では見守ってくれるだけであった魔物と同種であるだろう気配を持つ魔物もここでは襲いかかってくる。

 とは言っても、戦闘能力で言うとライオンの数倍程度であるので脇腹など弱い部分を突っついておけば負けることはない為それ程心配はしなくてもいいのだけれども。

 形状自体はこの世界で最初に遭遇した狼型の魔物を巨大化したような形状である。

 爪が長いとか牙が鋭いとかいう細かな変化もあるが。

 まあ、それは微細な変化である。

 驚異と叫ぶほどではない。

 魔物が多いことは通常宜しくないことであるが、現在それは非常に喜ばしいことである。

 なにせ、暗闇に所狭しと魔物がはびこっているのである。

 つまり、その箇所には陸地があるという証明になっているのだ。

 だから俺は最も恐怖すべき要因が削除されていることになる。

 だからこそこの程度の魔物の頻出であるならば目を瞑ろうと思うのだ。

 緩やかな勾配が続き、目が慣れたな、今出たら目が痛くなるだろうなぁなんて考えていたわけだが、唐突に俺の目が激痛を訴えた。

 どうも、急遽光源が出現したのか明かりが発生したのである。

 が、それも一瞬であった。

 失明なんて面白いことにはならなかったが嫌な予感はする。

 明かりが発生した瞬間爆音と熱気が立ち込めたからである。

 この熱気は火あぶりにされた時と同系統の熱気であるのでおそらく火が発生したのだろう。

 火元になりそうなものは石造りであるので無い為、おそらく火炎魔法だろう。

 これ程の規模となると、呑気に焚き火をしようと魔法を使用したとは考えにくい。

 魔力暴走によるこの規模であるならまだありえるが現実的ではないだろう。

 魔力暴走する程度の魔物であれば既にそこいらで野垂れ死んでいること請け合いである。

「ありゃー、こりゃもう始まっちゃったんな」

 サイレンという人物がこの塔で一際気配の大きい魔物が接触しないという可能性はおそらく潰えたのだろう。

 サイレンが魔法を使えないという事を考えると魔物が火炎魔法を使ったのだろう。

 大気中に拡散する魔力の残滓もそうだと訴えている。

 魔物とサイレンの距離は離れているため安心していたのだが、どうもそれは阿呆の所業であったらしい。

 それから数回、既に火炎が放たれたであろう明かりと熱気が込みあげた。

 サイレンの気配らしきものは未だ動き続けているためまだ死に絶えてはいないし、速度も落ちていないので火炎が命中してもいなさそうである。

 速度的に、身体能力はかなり高いようである。

 とは言っても、魔法がジワジワと追いついているようであるので時間の問題のようだ。

 段差が多少気がかりであるが、全速力で走ることは避けられないものであるらしい。

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