3月26日 あたし、最低だ
「眠いぞー」
「眠い~」
カオルとアユは寝不足にボヤきながら、地下駐車場に座り込み、矢を作っていた。
昨夜は精霊神と契約し魔法が使えるようになった。とはいっても、実際に使ってみた訳ではなかった。
試せる場がなかった。屋内で試すには危険すぎるということだった。
精霊神と交信ができたので、どのような魔法が使えるのか、どう使いたいのかを語り合うことはできた。それでイメージはできたのだが、実際やってみなければ結果はわからなかった。
その語り合いも寝不足の原因のひとつなのだが、もうひとつの原因の方が深刻で重要だった。
涼子のことだ。
あの場ではなんとなく聞きそびれたことが、カオルの心を重たくしていた。
涼子は、いつ、どこで、どのようにして精霊神ラタプという存在と知り合ったのか?
高校に入って出合い、友人となった涼子とは一体何者なのか?知り合う以前の涼子はどのような経歴の持ち主なのか?
涼子は、なぜ二人が魔法を使えるようにしようと思ったのか?
さらに言えば、突然モンスターが現れたのは涼子と関係があるのではないか、という疑念がカオルの心にしこりのようにこびりついていた。
これらのことを昨日は飲み込もうと思った。しかし、考えまいとすればするほど、考え込んでしまう自分をもて余していた。
「あーもう、スッキリしないなあ」
元々カオルは細かい作業も、細々としたことを考えるのも苦手だった。
「カオル~弓の練習でもしてくれば~」
アユはカオルが頭で考えるより、身体を動かす方が好きなことを知っている。
「そうしようかなー」
『カオルらしくないな』
「あ、テューレイおはよー」
頭の中に響いた声に、思わずカオルは声に出して応えてしまった。
昨晩と異なり今は武器を作っている他の人たちがいた。慌てて口を押さえたカオルは辺りを見回した。
幸い誰もカオルを見てはいなかった。
『ヤバいヤバい、つい口にでちゃったよ』
『ああ、スマン』
『誰も聞いてなかったから問題無し。で、誰がらしくないって?』
『カオルが』
『んー分かってるよ。だけど、どうしていいかは分かんないんだよ』
テューレイと話をしながらも、カオルの手は休まず動いていた。
『事情あってのこと、というのは分かってるんだよ。友達なら黙って飲み込んでやれって思うんだけど、でもスッキリしないんだ』
『カオル、それは自分に苛ついているんじゃないのか』
『そうだね……やっぱ、あたし自分に苛ついてんだよね』
カオルは溜め息をついた。
「あなたたち、今すぐ止めなさい!」
突然響いた金切り声に、カオルはびっくりして手を止めた。
声の主は、一昨日若い男性とモンスターの存在について言い争いをしていた、年配の女性だった。
「落ち着いて下さい、斉藤さん」
一階で監視についていたはずの阿部が、女性を懸命になだめていた。
当初、一階と地下は使わない予定だったが、武器の練習に適した場所が他になかったこと、重い材料を上まで運ぶ手間などを考慮した結果、地下も利用することにしたのだった。
そこで一階にある警備室の機器類操作に慣れた阿部が、監視をかねて警備室に詰めることが多かった。
斉藤という女性は、建設会社のOLで、いわゆる『お局様』だと誰かが言っているのをカオルも聞いた。ヒステリックな性格が災いして、四十を過ぎて未だお一人様らしかった。
「あなたね!こんなものを作り始めたのは!」
斉藤女史はアユに詰め寄り、まくし立てた。
アユは目を丸くして呆気に取られていた。
「あなたみたいなのが動物虐待とか、殺人事件とか起こすのよ!みんなに武器を持たせて何がしたいの!?みんなを死なせたいわけ!?死んだ人のご家族に申し開きができるの!?死ぬならあなた一人で死ねばいいのよ!私たちを巻き込まないで!」
アユは身体をこわばらせ、涙目になっていた。
カオルの血が沸騰した。
この女は何を言っているのか、アユのことを知りもしないで、周りの状況を見もしないで、戦いたくないですと言えばモンスターが見逃してくれるとでもいうのか。
カオルはゆっくりと立ち上がった。
『よせっ、カオル』
テューレイの声が頭の中で響いた。
その声でカオルは我に返った。目の前の斉藤女史の顔がひきつっている。周りの視線が自分に集中していた。
「何よあんた……何なのそれは!」
斉藤女史の視線はカオルの頭上を見ていた。それに気付いたカオルは上を見た。
そこには炎の塊が浮かんでいた。
スプリンクラーが弾け飛んだ。消火剤が勢いよく吹き出し、非常ベルが鳴り響いた。
「化け物っ!」
斉藤女史はジリジリと後退り、少し離れたところで身を翻すと、倒けつ転びつ逃げて行った。
「あたし……最低だ……」
炎の塊は次第に小さくなり、消えていった。
消火剤の泡を浴び続けているカオルは、涼子や滝本が駆けつけるまで、泣きながら立ち尽くしていた。
お読み頂きありがとうございます。
見直しはしているのに抜けが多いなあ。
少しづつ改訂入れます。
小出しにするのも考えものです。