03-2(2)
やがて、仕事の話に移っていった。
「王都とマクレディ領を繋ぐ街道を整備するそうね」ソニキュアが確認をするように言った。
「はい。決定しただけで、まだ工事は始まっていないのですが」
以前、マクレディの屋敷で、王都と隣接する領の境界周辺で野盗がよく出るという話をクライドから聞いた。
気になったダリアが改めて調べてみると、王都とマクレディ領境界付近での事件は確かに増加傾向にあった。ただほとんどが大きな被害がなく済んでいたために見過ごされていたのである。
これは、街道工事の申請に使えるのではないかとダリアは考えた。
事件が起きた際の管轄は境界できっちり分けられている。そのため、マクレディ領からほんの少しでも王都側に出てしまえば、それは王国の騎士団の管轄となり、マクレディ領の警備隊は関わることができない。
境界は街道の脇に杭が打ち付けられているだけだ。マクレディ領内で事件が増えていたのなら、同じ街道上にある王都側でも同じように事件が増えていると考えていいだろう。
そこで、ダリアは騎士団に協力を仰ぐべく王都にある騎士団本部を訪ねた。
要件は事前に手紙で説明してあるが、今回は騎士団に手を借りることになるので、ダリアも直接訪ねてあらためて協力を依頼することにしたのだ。
ダリアにとって王都は行きたくない場所ではあるが、今回ばかりはそうは言っていられない。
約束した時間の少し前に騎士団本部に馬車をつけると、入り口ではクライドが待っていた。今日の案内係だそうだ。
クライドに案内されるままに騎士団団長の執務室に入ると、団長は笑顔で迎えてくれた。
ダリアが内容を再度説明し協力をお願いすると、団長はダリアに書類を手渡した。
「はい、王都とマクレディ領の境界付近で起こった事件の報告書」
「え」
まさか今日もらえるとは思わず驚いて変な声が出た。
団長は少し笑うと
「境界付近を狙う野盗にはこちらも手を焼いていてね。ちょうど境界付近で起きた過去の事件の洗い直しをしている最中だったんだよ」
「そうだったんですか」
「うん、本当にちょうどよかった」
団長はダリアの後方に目を向けた。
もらった報告書をペラペラとめくり軽く目を通すと、報告書はわかりやすく丁寧にまとめられていた。
通常、野盗などの単発の犯罪は日付ごとに雑多にまとめられている。ここ数年の書類をすべて調べて、その中から境界付近で起こった事件だけを抜き出してまとめていくのだ。かなりの手間だったに違いない。
「こんなに丁寧に……。本当に助かります。ありがとうございます」
「お礼は、会議で事件の洗い直しを提案して、その報告書を作った人物に言ってくれ。なあ、クライド」
ダリアは振り返り、背後に立つクライドを見た。クライドは 取り澄ました顔で「仕事ですから礼は不要です」とニコリともせずに言った。
「仕事ねぇ。マクレディ領から依頼がくる前から、騎士団用の書類と並行して作っていただろ、お前」
「私、騎士団に依頼することはクライドには言ってませんよ」
ダリアはあわてて訂正したが
「でも、境界付近の野盗についてはクライドから話を聞いていたのでは?」
「……そうですね」
ダリアと団長は、無言でクライドを見た。
「別に法にも騎士団の規律にも違反はしていませんよ。仮にマクレディ領に持ち出すとしても団長の承認を受けるつもりでしたし」
クライドは相変わらずすまし顔だ。
「わかってるよ。お前のお陰で、手詰まりだった事件にようやく光明が見えたからな。これでも感謝しているんだ。ただ部下の手のひらで踊らされた気がしないでもないのがなんとも……」
団長は苦笑した。
執務室から退出するとき団長から
「こちらとしてもあの街道が整備されると助かるんだ。ぜひ勝ち取ってくれ」
と激励された。
騎士団の書類を見ると、王都側の境界で起こった事件はマクレディ側よりかなり多かった。二つを合わせるとかなりの数になる。
今回の申請には、マクレディ港の取扱量が増えたことによる街道の通行量の増加の報告書に、街道で起きている野盗の問題に関する書類を添付し、防犯上の意味からも工事の重要性を訴えた。
それ以外にも父の作った工事計画を見直し、特に問題だった費用部分に関しても、これ以上保留はできないのでマクレディ側が多めに負担することにした。
これらを王都側と何度もやりとりをして、ようやく申請が通ったのである。
「お金に渋い王都にお金を出させるなんてやるわね」
ソニキュアが口の端をあげニヤリと笑うが、その姿も美しい。
「父の代から何度も申請しては保留とされていたので、データだけはたくさんあるんです。あとは周囲の者に助けてもらいました」
「今まで通らなかったものを通したんだもの。あなたの力でもあるのよ」
「そうだとうれしいんですが」まさかソニキュアに褒められるとは思わず、ダリアは頬を染めた。
女性の憧れであるソニキュア・フォックス公爵令嬢と嫌われ者の稀代の悪女、この二人が楽しげに会話している様子を見て、ダリアの悪口を言っていた周囲は困惑していた。
「さて、楽しかったけれどもそろそろ終わらせないと、今度は私のせいであなたが悪く言われるわね」
「いえ、そんなことは」とは言ったが、ダリアも気づいていた。周囲の目が変わってきたことに。
おそらく周囲は、ソニキュアがダリアを糾弾すると思っていたのだろう。それが、仲良く談笑しているから、悪女がソニキュアをたぶらかしているように見えるのかもしれない。
「あなたはもう帰ったほうがいいわね」
「そうします」ソニキュアは近くにいたメイドを呼ぶと、ダリアを出口まで案内するように伝えた。
ダリアは最後に気になっていたことを尋ねた。
「あの……、もしかして、姉に頼まれたのですか?」
ソニキュアは、ふふ、と楽しそうに笑うと
「違うわよ。あなたの仕事ぶりを聞いて、私が会ってみたいと思ったの」
ダリアは少し驚いた顔を見せたが、すぐ笑顔になった。
「ソニキュア様、本日はありがとうございました。ソニキュア様とお話できて楽しかったです」
「こちらこそ来ていただいて嬉しく思います。あなたと話すことができてよかったわ。またお呼びしてもいいかしら」
「ええ、ぜひ」
その言葉を聞いて、周囲がざわついた。
ソニキュアがダリアを認めたということだ。
ダリアはそのままメイドに促されるままに会場を出たが、会場に来たときとは周囲の目が違っていた。
ダリアはメイドの後ろをのんびりとついて歩く。お茶会が無事終了したので一安心だ。
それにしてもソニキュア様は素敵だった。自分とはレベルが違いすぎる。
お茶会会場から少し歩くと、小さな扉の前でメイドが止まった。
「馬車の用意に少々お時間がかかりますのでこちらのお部屋でお待ち下さい」
部屋のドアが開けられ、ダリアが入ると、ドアは静かに閉められた。
部屋は小さく、中に小さなテーブルとソファーがあるだけだ。
そのソファーに誰かが座っている。
「ダリア!」
その人影が立ち上がって叫んだ。
「お姉様…」
ダリアが追い出した、姉、メアリだった。
「お姉様どうしてここに?」
「ソニキュア様にここで待つように言われたの。私が当主だった時にソニキュア様とは何度かお会いしたことがあって」
そういうことかとダリアは得心した。やはりソニキュア様はすべて知っていたのだ。
「かなわないなあ。私の浅知恵なんてみんな知っているのね。なんだか恥ずかしいわ」
ダリアがつぶやくとメアリは優しく微笑んだ。
「私は救われたわ。私のせいであなたには迷惑をかけたわね。私にもっと勇気があったら……本当にごめんなさい」
「私が勝手にやったことよ。謝ることはないわ。それにクライドを使って助けてくれたでしょう」
「何のこと?」
メアリが不思議そうな顔をした。
「クライドがノーバック家から私を助けるように指示されている、と言ってちょくちょく様子を見にきてくれるのよ」
「ノーバック家は何もしてないわよ。しばらくはあなたの言う通りにしようと話し合って静観していたわよ、クライドにもそう言っていたはずだけど……。あなたが王族主催の夜会に出るだろうと思っていたから、モントーヤ侯爵には手紙を出したけど、それだけよ」
ダリアは唖然とした顔をしている。
「クライドはあなたのことが心配だったのよ、きっと」
「そう……なのかな」
心配かけてしまって申し訳ないという反面、心配してくれていたことがうれしい。
「あなたの仕事ぶりは聞いているわ。私がやりかけだった港の警備の見直しもしてくれたそうね。あなたがいればマクレディ領は安心だわ」
メアリはダリアの手を優しく握り、優しく微笑んだ。
ノーバック家が出入り禁止にされてから初めて見る安らかな笑顔だ。
「ねえ、ダリア。あなたのお陰で私は今幸せよ。本当にありがとう」
ダリアの目から涙があふれた。この笑顔が見たくて、この言葉が聞きたくてずっとがんばってきた。
メアリに握られた手を握り返して、ダリアは黙って何度もうなずいた。




