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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
20/25

うさぎに集う若者たち

「うさぎちゃーん!私たちの恋を叶えてくれー!」

「ちょ、恥ずかしいからやめてよぉ!」

「だって見つからないじゃん!」

「呼んだって、うさぎには分からないって」



「うさぎ様うさぎ様、お願いします。私の恋を叶えてくださいませ」

「世界観が昔話なのよ。はりきって数珠持ってくるのも意味わかんないしさ」

「でもおぬしも噂につられてきたんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「数珠、もう1つあるけども」

「……」



「うわ女子ばっかり」

「ここでナンパもありじゃね?」

「お前由衣ちゃんがいいって言ってただろ」

「でもあの子の方が可愛いかも」

「おい」



「うさぎってほんとにこの辺にいるのー?」

「全然見つからないね」

「小さいのかな?」

「こういうサイズらしいよ」

「え、これ誰が撮った写真?」

「拾い画だよ」



「今日もっすか……」

 ジョンソンが目をしばしばさせる。

 ここ1週間、本当に人が増えた。

 ただ公園がにぎわっているだけならともかく、私たちを目当てにくる人が増えたのだ。

 なんでも、「恋を叶えてくれるうさぎがいる」という噂が広まっているらしい。勘の良いジョンソンが言ったことが、本当になったわけだ。

 若者ばっかりで、本当にうるさい。

 私たちはご飯を食べながら眠るほど、寝不足だった。



 茂みの奥の植え込みに寝床を作って正解だった。西日がちょうどさえぎられるので、影になって見つけにくいようだ。

 ただ、1回見つけられたら噂で広まってしまうだろうから、他の寝床候補に見当をつけておかなければならない。夜の内に探さねば。



「うさぎちゃーん!私たちを見捨てないでえーっ!」

 さっきからうるさいな。覚えたぞ。ポニテのお前。

「だから、うさぎは臆病だから、大きい声を出すとダメなんだよ」

 隣の、メガネをかけた子がカバンをあさる。

「きっとお腹を空かせてるから、これを見せたら来てくれるんじゃないかな」

 メガネの子が取り出したのは、お待ちかねの……。

「に、にんじん!!!」

 私たちは声をそろえて跳びあがった。



「どうする、ジョンソン」

「行くしかないっす」

「バレるぞ。大騒ぎになる」

「んでも、食べたくないっすか?」

「最近、食事が睡眠タイムになっちゃってるからな」

「僕、食べたくてしょうがないっす……」

 ジョンソンが、フラフラと茂みから出る。

「は、早まるな!」



 声かけも空しく、ジョンソンは脱兎のごとく茂みから駆け出る。

 瞬間、恐ろしいほどの歓声が上がって、人の群れが押し寄せてきた。

「ぎ、ぎゃあああああああ!!!!!」

 ジョンソンはめちゃくちゃに逃げ回る。私はハラハラと見守った。なにせ、人間の数が多い。おまけに野次馬も集まってきて、現場はちょっとした芸能人が現れたかのようになっていた。



「ジョンソン!うまく隠れるんだ!」

「やだっす怖いっす助けてください!なむなむだぶつ、なむなむだぶつ!」

 すっかりパニックになっているぞ。私の声も、届いてないだろう。



 ジョンソンが、人垣の向こうに行ってしまう。私も私で、頭が真っ白になっていた。どうしたら良いのか、全くわからない。もし間違えて、人に踏まれてしまったらどうしよう。遊具にぶつかってしまったら。最悪の事態がフラッシュのように次々と浮かぶ。



 どれくらい、時が経っただろう。

 日の傾きを見ると、たぶんほんの少しだ。

 ただ、嫌な時間というのは、びっくりするほど長く感じるものだった。 

 お願いだ。ジョンソン。無事でいてくれ……。

 私は祈るように、目をぎゅっと瞑った。



「いなくなっちゃったねー」

「どこ行ったんだろ」

「でも、見れたから、私たちの恋叶っちゃうかも」

「わ、写真撮れてた。見て!」

「まじか!送って」

「お、俺もいい?」



 私は、そっと目を開けた。

 人が、だんだんと引いていく。



 野次馬も若者たちも、全員帰ったようだ。いつもの公園が戻ってくる。

 でも、ジョンソンがいない。

 太陽が、ゆっくりと沈んでいく。カラスの声が、せわしなく響き渡る。



 ジョンソンを探しに行きたくてたまらないが、私は動くことができなかった。

 おまけに、人間がこっちに歩いてくる音がする。私は耳を塞ぐように縮こまった。下手に動いたら、見つかる。また騒ぎになったら、どうしよう……。

「先輩!」

 足音が来ている方と、声が聞こえてきた方が、一致した。

 私は思わず顔を上げる。

 歩いてくる人を見て、体が氷漬けになったみたいに固まった。



 目の上で切りそろえた前髪。長い睫毛にふちどられた瞳。枝のように細い手足。

 暗がりでも、分かる。

 元ご主人様だった。



 さっきまで冷たかった体が、カッと熱くなる。今思えば、聞きなれた足音だった。なぜ気づかなかったのだろう。どうしてご主人様がジョンソンを抱いているんだ。ご主人様は何をしに来たんだろう。うさぎの噂を聞きつけて見にきたのだろうか。もしかして、私のことを拾いに来た?

 ご主人様は――。

 違う。

 もうご主人様じゃない。




 あれは、私を捨てた人間だ。




 かちり、と、どこからともなくスイッチの音がする。

 目の前が真っ赤になる。鼓膜が破れるほど、鼓動が強くなる。体をじんじんと締めつける血管が膨張して、体が大きくなるような錯覚を覚える。

 ああ、私は、ライオンになろうとしている。

 元ご主人様を食べるために。

「……い、せんぱい、先輩!」

 ジョンソンの声に、ハッと視界が戻る。

「大丈夫っすかあ?すごい顔してましたが」

「……」



 全然、大丈夫じゃなかった。

「私、今……」

 ジョンソンの無事を安堵したいのに、それを超えるようなショックで声をかけられなかった。

「首につけてる飾り、ちょっと光ってますよ」

 言われてみれば、神様にもらったシロツメクサの首輪が熱くなっていた。

「もしかして、人を食べようと、してたんですか」

 いつもの勘の良い発言に、私は長い溜息をついた。

 強張っていた体から力が抜けて、いくぶん落ち着く。

 私は、小さく頷いた。



「あの人……元ご主人様だった」

「ええ!そうなんっすね。すごいお世話になりましたよ!追いかけられてる僕を抱えて、騒ぎが収まるまで隠れててくれたんっす」

「そういう、ことだったのか……」

 


 なんとなく気まずい空気が流れる。

「優しい人っすね」

「私を捨てた人間だと思ったら、憎しみが、止まらなくなって」

「まあ気持ちは分かりますよ。でも先輩。食べたら、人間に生まれ変われなくなっちゃいますよ」

 と、強い声で言う。

「今日みたいなことがあると、やっぱ人間がいいなって思いますね!こーんなに小さい動物を、無邪気に追いかけられるご身分なんですから!」

 ジョンソンがフンと鼻を鳴らす。



 生まれ変わりの話を思い出して、一度は落ち着いた私の頭が、ごっちゃごちゃになってきた。

 誰を食べようか、と吟味していたころが懐かしい。

 私は最初から、元ご主人様が食べたかったのだ。

 人間が憎いんじゃない。あの人が憎い。



 今度はもう、止められないかもしれない。

「先輩……」

「ご飯、食べるか」

 心配そうなジョンソンに、私は空元気で言った。

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