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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞


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バイバイジョンソン

 人、人、人、人。

 人が多すぎる。

「先輩……。反響が大きすぎませんか……」

「まさかここまで増えるとは」

「恋する人って、こんなに多いんですね」



「公園にいるうさぎを見ると恋が叶う」という噂が広まり、若者たちが集まり始めて、2週間ぐらいが経つ。

 今日は休日のようだった。昼間の公園に、若者がごった返している。



 私たちは、自動販売機の下に隠れていた。きゅうきゅうにキツイが、真ん中にいれば見つからない。もう梅雨が近く、気温と湿度が高くなってきたのでしんどい。

 順調に続く寝不足のせいで、うとうとしてしまう。ジョンソンも同じのようで、私たちは時折目覚めながら、少しでも多く睡眠を稼いでいた。



「朝昼夜どうもどうも!Kaztoでーす!今日はですね、この公園にある能力を持ったうさぎがいると話題になってるんで、調査しに来ました!」

 いきなり飛び込んできた大声に、私たちは跳びあがって起きる。

「イテッ」

 同時に頭をぶつけた。

 公園にどよめきが走っている。先ほどの大声に、若者たちが反応しているようだった。



「え、あれKaztoじゃない?」

「誰それ」

「知らないの?めっちゃ有名じゃん。動画配信者だよ!」

「うそ、Kazto!!」

「え、え、サインほしい!」

「マジか、Kazto??」



 カズト?とかいう人が来ているらしい。

「みんなー!うさぎ見つけた?」

「まだです!」

「どこにいそうとかはある?」

「全然分かんないよね」

「一緒に探してください、Kaztoさん!」

「てかサインください」

「俺も!」

「あー、ちょっと待って。それは後。まずは仕事しなくちゃ」

「仕事って、僕たちを見つけ出すことっすかね」

 ジョンソンが不満そうな声で言った。

「話の流れ的に、そうっぽいな」

 妙に、胸がざわざわした。



「じゃあさ、みんなで協力してうさぎ探そうよ!俺が『恋を叶えるぞ』って言ったら、みんな『オーッ!』って言ってね!」

「わーっ私たちKaztoの動画に出ちゃうんだ」

「映りたくない人は離れてねー!じゃあいくよ~。『恋を叶えるぞ』!」

「付き合ってられますかってハナシっすよ。ねえ先輩!」

「まったくだ」

 勝手に盛り上がって、お気楽なことだ。こっちは眠ることもままならないのに。



「君はどこを探した?」

「あの辺探したよ」

「遊具の影とかも見たけど、いなかった」

「君は?」

「全体的にぐるっと見てるだけで。あ、うさぎの写真あるけど見ます?」

 おそらく、まだ若者たちが目をつけていないところを狙う気なのだろう。カズトとやら、厄介な奴かもしれん。

「バレますかね。ツインテちゃんは自販機の裏を探してましたが」

 あの時は、そんな狭い所にいるわけないだろとツッコミを入れたものだが……。



「うーん。皆は自販機の下とか見てなさそうですねえ。ちょっとスマホで覗いてみましょうか」

 ぎくり。

「ど、どうしましょ、先輩」

「ま、まだ、この自販機のことを言ってるとは決まってない」

「で、でも、足音が近づいてきますよ」

 ゴツい靴が、私たちの前でピタリと止まった。

「あ、これ、やばい」

「ど、どうします」

「うさぎちゃーん」

 スマホのカメラが、のぞきこんでくる。

 パシャッと光った強いフラッシュに、私たちは自販機の下を飛び出してしまった。



「いたぞ!うさぎだ!」

「みんな写真撮れ!」

「いや捕まえろ!」

「さすがKazto!」

 逃げる先にも人。後ろにも人。

「せええええんぱい。先輩先輩!どうしよう!」

「分からん。分からん!」

 全速力で人間の足の間をすり抜ける。上からいくつもの手が降ってくるのを、必死に避けた。どこか、隠れられそうなところは無いか。冷静に考えれば、たとえ見つかっても自販機の下にいれば追いかけられることはなかったのに。

 くそう。カズトはうさぎの逃走本能を知って、わざとあんなことをしたのだろうか。



 今悔やんだって仕方ない。私は足を懸命に動かしながら、狭い場所を探す。忙しく動かす視界の端に、あるものが映って、心臓がドキッとする。



 木立から、そっとこちらを見ている、若い女性。

 紛れもない。元ご主人様だった。



 私は驚きで足を止めてしまう。その瞬間、真上から大きな声が降ってきた。

「小さい方つかまえた!」

「すごい!」

「さすがKazto!」

「やめろ!」

 私がひょいと抱えられた瞬間、ジョンソンがKaztoの手に噛みついた。

「うわ、いてえ!」

「Kazto大丈夫?」

「血が出てる!」

「アイツ捕まえろ!」

 皆の視線が、ジョンソンに集まる。解放された私は、目の前にあったゴミ箱の下に潜り込んだ。



「わーん。なんで僕が悪者扱いされるんっすかあ!元々そっちが悪いんじゃないっすか!」

「ジョンソン!気をつけろ!」

 向かう先に、水場があった。

 しかしジョンソンは必死で気づいていない。日光をキラキラ反射する水の中へ、見事にダイブしてしまった。



「ジョンソン!」

 遠くから、ジョンソンめがけてダッシュしてくる男。

 若者たちよりも先に、ジョンソンを水場からすくい上げる。

「間に合った!」

 男はホッとした笑みを浮かべた。

 ……間に合った?



「噂を聞いてきてみたら、やっぱり危ないことになっていた。うさぎは臆病だから、逃げ回って事故を起こしてしまうことがあるというのに……」

 男は、集まってきた若者たちをキッとにらんだ。

「うさぎは繊細な生き物なんだ!おまけに犬や猫と比べて毛が密集して生えているから、水に濡れたらなかなか乾かず、風邪をひいてしまう。そのまま放っておくと死んでしまうことだってあるんだぞ!」

「分かってるんだったらはよ乾かしてくださいよ……」

 ジョンソンが呟く。野生の厳しさを味わってきたのだ。一般のうさぎよりは多少図太い。



「何あのオッサン」

「ムキになってデカい声出して……。はずかし」

 自分たちの過失を隠すように、若者たちは男をせせら笑う。しかし男は、堂々と胸を張っていた。

「この子はうちで引き取ります!」

「え、ええっ。嫌です。先輩と離れたくないよ!」

 バタバタするジョンソンを、男性は上手に抱える。準備のいいことに、持ってきていたゲージの中にジョンソンを入れてしまった。



 今出ていかないと、ジョンソンとはもうお別れだ。

 私も同じように引き取ってもらえば、ジョンソンとずっと一緒に、安全な場所で暮らせるかもしれない。



 でも、あの男のところへ行ったら、元ご主人様とは永遠に会えないだろう。



 逡巡している間、男はずんずん去っていく。

「ジョンソン!」

 私は慌てて呼びかけた。

「先輩!もしかしたら、ここでお別れっす!」

 ゲージの中から、ジョンソンがこっちを見る。

「楽しかったっす!捨てられたのは悲しかったけど、先輩と会えて本当に良かった!」

 ジョンソンは、一緒に行こうと言わない。

 私の迷いを、さとっているのだろうか。勘の良いヤツだから……。

「私も、ジョンソンに会えて、会えて……」

 思いが、言葉にならない。

「また会いましょう!絶対に!先輩は元ご主人様と……」



 距離がはなれすぎて、最後は聞き取れなかった。

 でも、ジョンソンが言いたかったことは、分かっていた。



 興ざめしたとばかりに、若者が姿を消した公園。いつもの、ゆったりとした休日が戻る。

 私は一人、決意していた。



 元ご主人様と、必ず再会するということを。

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