23 嘘
「私はロザリー嬢のファンだからな。もう一度表舞台に出てきてくれて嬉しい」
「……ファン?」
「ああ。実は幼い頃にパーティで君の歌声を聴いたことがあってね。素晴らしいと聞き惚れたものだ。しかし、急に歌わなくなったと聞いてガッカリしていた」
まさか、パーシヴァル殿下が私を知ってくださっていたなんて驚きだ。
「久しぶりに聴いた歌声は見事だった。これからも国民のために素晴らしい歌を披露して欲しい」
「はい。喜んでお受けいたします」
それからは二人で楽しくお喋りをした。王宮で出される紅茶もお菓子もとびきり美味しくて、驚いてしまう。
「そう言えば、君達が最初マッチングで出逢ったらしいと噂が広まってね。君達に憧れた若い御令嬢や御令息達がこぞって登録をしてデートをしている。これならば来年の婚姻率、出生率が上がること間違いなしだ。感謝する」
噂が広まったと言われているが、たぶんわざと広めたのだろう。殿下は案外そういうことをさらり、とする人だから。
「それなんですが……どうしても疑問なんですよね。なぜ私とラファエル様が最初にマッチングしたのか」
歌姫である今の私ならわかる。しかし、あの時は本当に冴えない地味な令嬢だったのに。そう疑問をぶつけると、殿下はお腹を抱えて笑い出した。
「あははっ……ふふ……あいつ本当のこと言ってないんだ。ちなみに最初会った時なんて言われたの?」
「最初は『この国の中で君と私の相性が遺伝子的に最も良いらしい。だから結婚してくれないか?』と言われました」
それを聞いて殿下はさらに面白そうに笑った。
「本当にそんなことを言ったのか?それではまるで、子どもを作りたいだけの結婚だと言っているようなものではないか!」
「……そういう意味だと思いました。真面目で同世代の女性としか希望を書いていないと言われたので、別の人を探してくださいとお伝えしたんです」
「くっ……あはは!あいつは大嘘つきだな。本当は個人情報だから見せられないのだが、君達は夫婦になるから良いだろう。少し待っていろ」
殿下は奥の部屋に消えていき、戻ってこられた時には一枚の紙を持っていた。
「これがラファエルのマッチングシートの相手への希望欄だ」
それを手に取ると、白い紙が真っ黒になる程細かく沢山書かれていた。
年齢は十七歳で身長は百六十センチ、甘く蕩けるようなロイヤルミルクティー色の真っ直ぐな髪に宝石のように輝くアンバー色の瞳。伯爵家で長女、弟が一人の家族構成。優しく穏やかでいて芯はありながらも、包み込んでくれるような癒し系。それ以降もつらつらと沢山の文字が書かれていた。
「こ、こ、これってもしかして……」
「そうだよ。あいつから見た君の特徴を全部書いたんだ。ちょっと気持ち悪いよね」
気持ち悪くはないが、死ぬ程恥ずかしい。これが人様に見られていたなんて。
「髪色に『甘く蕩ける』とか書くの意味不明なんだけど」
「……そうですね」
ミルクティーが甘いか甘くないかなんて色には関係しないのに。
「つまり、あいつは君以外とは出逢うはずがない希望で出したんだよ。まあ、不正ギリギリだな」
はっはっはと殿下はまた笑っている。事の顛末はこうらしい。
ラフは私に長年片想いをしていたが、目立つ事が嫌いな私に近付いて嫌われるのが怖かった。そっと見ているだけでいいと思っていたのに、ある日王宮で私がマッチングの申し込みに来たのを見てしまったらしい。それを見てショックを受けた彼は、私がマッチングで探すのなら、相手は誰でもいいのではないか?と思いそれならば自分がその相手になりたいと思ったらしい。
王家の主催のため殿下に『ロザリー嬢とマッチングしたい』と頼んだが、不正はできないし希望に個人名は書けないと断られ……裏技としてその人の特徴を沢山書けば他とマッチングしにくくなると伝えたらしい。
「それで出てきたのがその恐怖の紙だ」
「そうだったんですね。でも納得しました。ずっとなぜマッチングされたのかと不思議に思っていたので。あの……でも……この紙もちょっと変だけど彼が書いたなら……嬉しいです」
「そうか」
その時、ガンガンガンと扉がけたたましく鳴り響いた。もうノックというよりは、襲撃のレベルだ。なんか前にも同じようなことがあったな、と思い出した。
「あー……また来た。今日はあえて打ち合わせを入れて遠ざけていたのに」
私はその言葉に苦笑いをした。扉が開いていなくてもわかる……絶対にラフだ。
「どうぞ」
その言葉に食い気味に扉が開いて、ラフが私に駆け寄って来た。
「ロージー、こんな部屋に閉じ込められて大丈夫だったか?殿下に何か酷いことはされていないだろうか」
私の手を握りながら美しい顔で覗き込んでくる。いやいや、殿下に失礼すぎる。そして、愛称呼びは二人だけの時と決めていたのに最近の彼はそれを無視しまくっているのだ。
「ラ、ラファエル様、殿下に失礼ですから。何かされるはずないではありませんか?」
「ん?ロージー……ラファエルとは誰だい?その可愛い唇でいつものようにラフと呼んでご覧?」
彼は色気を垂れ流しながら、私の唇を人差し指でちょんちょんと突いた。私の顔は真っ赤に染まって爆発しそうだ。
「くっくっく……お前ら、イチャつくのは場所を弁えよ」
「殿下がロージーを呼び出したりなんてするからでしょう!私の許可なく話しかけるのはやめてください」
「はいはい、悪かったな。お前が大嘘つきだと彼女にバラしていたところだ」
殿下は彼を見て、意地悪そうにニヤッと笑った。その瞬間、ラフは机の上にあった紙に気が付いた。
「こ、こ、これは!?何見せてるんですか!!」
彼は紙を持ったまま、青ざめてブルブルと震えていた。
「いやーお前が真面目で同年代の女なら誰でも良かったみたいな嘘をついてると思わなくてな。真実をロザリー嬢に説明してたんだ」
「ロージー……すまない。確かに私は素直になれなくて嘘をついた。どうか嫌いにならないでくれ」
「……嫌いどころか、その気持ち悪い紙も『嬉しい』そうだ。良かったな、お前の恋が実って」
殿下にそうバラされてしまい、私は恥ずかしくて目を逸らした。
「……っ!本当に?」
こくん、と頷くと彼は私をフワリと抱き抱えた。え?なんで抱き上げられているの?
「殿下失礼します」
そのまますごい勢いで、私は彼の執務室に連れてこられた。ラフはガチャンと鍵を閉めて、私を抱き締めた。
「どうしても君とマッチングしたかったんだ」
「そのようですね。でも……あなたがそうしてくれたおかげで出逢えました。ありがとうございます」
「ロージー……遺伝子的にとか言うのも嘘なんだ。本当はそれについては調べていない。ごめん」
そうか。遺伝子の相性がいいというのも嘘だったのか……では子どもができやすいというわけではないのかもしれない。
「いいの。でもあなたはよろしいのですか?後継のことを考えるなら……本当にもっと相性の良い方がいらっしゃるかもしれませんよ?」
貴族である以上は、後継問題は深刻だ。特に公爵家ともなればなおさら。
「そんなこと関係ない。だって……触れたいと思うのは君だけだ。いくら遺伝子の相性が良くても、触れなければ子どもは一生できない」
彼は私の頬を撫で、唇をそっと重ねた。チュッチュ……と最初は触れるだけのキスだったのが、だんだんと熱を帯びていく。
「んっ……ふっ……んん」
「可愛い声。たまらないな」
唇を離してくれたと思ったら、耳元で甘く囁かれてゾクリと身体が震える。
婚約してから彼にゆっくりじっくりとキスの手解きを受けている。今ではだいぶ濃厚な大人のキスもできるようになってきた。初めて舌が入ってきた時は驚いたけれど、ラフのキスの上手さにすぐに慣れて蕩けてしまった。
「愛してるよ」
「……私も……愛してます」
彼は嬉しそうに微笑み、また口付けを繰り返した。ラフが満足する頃にはぽってりと唇が腫れてしまい、私は恥ずかしくて誰にも顔を見られないように家に急いで帰るはめになった。
誤字脱字報告ありがとうございます。修正しました。
26話で完結ですので、今日中に一話と明日二話投稿する予定です。




