【ろくろ首】(12)
「あのね、私と丸川君は、同期入社なの」
梨田祐璃は、陰り始めた光の差し込む車内で、遠い目をしながら問わず語りを始めた。
「丸川君は高卒でね、20でうちに入るまで2つの会社を移ってきたのよ。あまり、本人は口にしたがらないけど、かなり苦労もしてきたみたい。
でね、そのせいか、最初会った時からものすごく負けん気が強くて、今思えばかなり気負っていたのかな。だから、取れる仕事はなんでもって感じだったなあ」
「へえ、今からは想像できません」
旗屋欽之助は、いつも世話になっている先輩の知らなかった一面に引き込まれていった。
「彼と私は、最初は建売の営業部門に配属されて、彼はもちろん営業、そして私は営業事務、立場的には彼をサポートする側ね。
私って言えば、のほほんと短大を卒業した全くの世間知らずでね。最初からガンガンやっていた彼からすると、随分ゆるい人間に思えたんだろうな。『まじめに仕事やれよ』なんて、よく怒られたなあ。
でも、彼ったら、勢いはあるけど、そうね、体操競技ならば途中まで高難度の技を決めまくって、最後に着地でよろけるみたいな」
「あ、分かります!それ!」
欽之助は、それで思わず手を叩いて声を上げた。
「そうね、詰めが甘いよね。で、いろいろとクレームで首が回らなくなって、なんとかしろってことで、同期の私に白羽の矢が立って、彼のクレーム処理を任されたの。
正直きつかったなあ、だって、彼氏とか、おしゃれとか、遊びとか、そんなことにしか興味のないお嬢ちゃんでしょ。それがいきなり、怒りまくっている施主さんや、怖い職人さんのところに行かされるのよ。正直、半年持たないと思ったなあ。
だけどね、一つクレームを処理するたびに丸川君がすっごい喜ぶの。もう、何度も『ありがとう』『ありがとう』を連発するのね。
だから、もうちょっと頑張ろう、頑張ろう、と続けているうちに、ほとんど片が付いたの。その頃には、彼のウィークポイントが分かるようになっていたから、クレームになる前に全部抑えられたしね。
そうね、私は彼のおかげでそれなりに業務スキルが身についたし、彼は彼で後のことを心配せずに思いっきり仕事に集中できたから、その頃の私たちは、同僚というより、むしろ同志みたいなものだったかしら。
でね、そのうち私は営業部全体から頼られるようになって、マネージャー的な仕事も任されようになったから、丸川君一人に関わってばかりもいられなくなったの。
それでもね・・・」
そう言って、佑璃は一度言葉を切った。
そして、おかしそうに「ふふ」と笑うと、
「満月屋の大判焼きなの」と言う。
「ああ、満月屋って、確かあの郊外の有名店ですよね」
「そう、なかなか行く機会がないけど、私昔から大好物で。それがね、ある日、私の机の上に置いてあるの。『誰かな〜』って見回したら、丸川君が向こうの方から、携帯を指差してサイン送るじゃない。それで、私の携帯のメール見たら、『トラブル発生、フォローたのむ』ですって。丸川君、このためにわざわざ時間をかけて買ってきたのね。
でも、それからよ、丸川君が私に厄介な頼みごとをするときのサインが・・・」
「あ、満月屋!」
「そう」
佑璃が欽之助の目の前に出したのは、『満月屋』と書かれた紙袋だった。もちろん、中身すでに空っぽだったが。
それで、欽之助はなんとなく腑に落ちた。
なぜ今回、丸川に一言もなく、佑璃が動いたのか。すべて二人の間の阿吽の呼吸だったのだ。
「でね、私、旗屋君の話を聞きながら考えたの。この話は不思議なことが多すぎるの。だってね、例えば、その逢坂結女乃さんが、お母さんの名前を騙っていたとしてもよ、家のような大きな買い物でしょ。その契約内容に嘘があれば、売買は成立しないのよ。家を買う代わりに、何か要求するしてくるなら、まだ話は分かるわ。でも、聞く限りはそんな様子もないし。
だと、したら・・・」
そこで、佑璃は声を落とした。
「あり得ない話だけど・・・、誰も嘘をついていない・・・、ってことくらいかしら」




