約束 第10話
「そろそろ時間が近づいています」
安齋と橋上の間に、厚川光矢が割って入った。
「時間?」
橋上が手を握ってくる。
その手は暖かい。
彼女はうつむいたままである。
彼女もまた言葉がでてこないのだ。
その時、彼の元に二人の女性が近づいてきた。
「あなた」
「お父さん」
そこにいたのは安齋の奥さんと娘であった。
彼女らも安齋に近づいてくる。
「何で、お前達まで」
安齋は途方にくれてしまった。
会社だけでなく、家族までやってくるなんて。
そこまで迷惑をかけていたのかと考えると、安齋は、顔をあわせることができなかった。
しかし、彼の心を動かしたのは娘の声だった。
「お父さん、お父さん」
娘が泣きついてくる。
人のぬくもりを感じたのは久しぶりと感じた理由が彼には分からなかった。
「あなた」
「お前、何でそんな格好をしているんだ」
黒い喪服に身を包んでいた。
彼が娘に目をやると、彼女もまた喪服に近いような服装だった。
安齋の奥さんが近づいて来て、さらに言葉を続けた。
「こんなところで立ち止まっているなんて。
なんて馬鹿ね」
「なんとでも言え。
俺は、馬鹿な人間さ。
愚か者だよ」
安齋は少しふてくされた様な口調で顔を背けて彼の妻に言った。
「いいえ、そ、そんなことはないわよ」
彼女の目に涙があふれていることに気づいた。
『俺はここまで家族にも迷惑をかけてしまったのか』
さらに彼の心は追い込まれてしまう。
「課長、私達も課長に助けられました」
「お願いだから、もう気にせずに、、、」
「課長、私達にまかせて、、、」
「ゆっくりお休み下さい」
妻と会社の部下である橋上が口をそろえていった。
しかし、安齋にはその言葉の意味が全く理解できなかった。
その言葉の意味を光矢がさえぎった。
「すみません。
リミットが迫っています。
単刀直入に言わせて頂きます」
電車がホームに入り、周りが騒がしくなる。
光矢は一度、話を止め、電車をやり過ごす。
「大変申し上げにくいのですが、あなたは残念ながら、
先月、この下矢貝駅で亡くなられました」
「何を馬鹿なことを!」
妻や橋上の顔を見回す。
しかし、その言葉に妻や橋上の表情は変わらない。
「おい、お前も言ってやれよ、ハハッ」
光矢の表情は真剣そのものだ。
さらに話を続ける。
「あなたが家に帰ったのはいつですか?」
「、、、」
「いつも、この駅から始まるんじゃないですか?」
「、、、あぁ~」
「そして、この場所で終わる、そうですね」
「そうか」
指摘され気付いたのだが、いつも同じ光景の繰り返しである。
「そうしたら、何で、私の姿が見えるんだ」
「私どもの能力で視えるようにしています。
10分程度が限界です。
もう少しで効力は消えます」
「あなた!!」
「パパ!!」
「課長!!」
身内からの悲痛な叫びがこだまする。
彼はようやく悟るのであった。
「あぁ、そうか、俺は死んだのか」
安齋はベンチでうなだれてしまう。
やり残したことがいっぱいある。
会社のプロジェクトもあるが、何より家族である。
彼は手で顔を覆ってうずくまってしまう。
しかし、その時、左足にぬくもりを感じる。
「あなた」
見詰め合う二人。
「あなた、愛しているわ」
「俺もだ」
自然と顔が近づく。
軽く口付けを交わす。
気づくと、彼のひざに、彼の子供が顔をうずめている。
橋上は右手を握ってくれている。
「皆、さようなら」
消え行く彼を見送る3人の顔は晴れやかだった。
厚川光矢はその光景を少し離れたところから見ていた。
そこに、1人の長身の男性が近づいてくる。
「光矢、終わったのか?」
「影下か。
もう、大丈夫だよ」
「あぁ、よかった、、、」
しばらく、沈黙が走る。
それに耐えかねたのか、影下は自動販売機に向かう。
ガコンっ。
缶コーヒー2つを購入し、光矢の元に向かう。
影下は黙ったまま光矢に渡す。
「ありがとう」
光矢は渡された缶コーヒーを開ける。
その音が合図かのように影下が切り出す。
「なぁ、光矢・・・・・・」
「あぁ」
「・・・・・・俺、生きているよな?」
「はぁ、何言っているんだよ」
「・・・・・・時々、自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなるときがあるんだ」
「・・・・・・大丈夫だ。
お前はちゃんと生きているよ・・・・・・」
再び沈黙が走る。
影下は缶コーヒーを手にしたまま、遠くを見つめ、何かを考えているようだった。
冷ややかな風が二人を包み、影下は
「人はいつ死ぬか分からない・・・・・・」
「だから、いまを精一杯・・・・・・だろ」
「そうだ、約束だぞ、影下」
「あぁ、約束だ、光矢」
二人は腕を組んでその約束をたたえた。
「よし、影下、今日は精一杯・・・・・・」
「あぁ」
影下は立ち上がる。
光矢もそれに続き立ち上がりながら叫んだ。
「ボーリングを楽しむぞ!!」
「はぁ?
お前、精一杯生きるって言ったばかりじゃねぇか」
「仕事の活力の為に、一生懸命遊ぶんだ!!
影下、一番近いボーリング場はどこだ!?」
「俺は、知らねぇよ」
二人は雑踏の駅のホームに消えていった。




