1、異世界人
この世に不思議なことなんてない。と思ってはいないだろうか?
それはきっと死ぬまでわからない。死んでもわからないかもしれない。
なら、自分から見つけに行けば。良いのでは?とまた心のどこかで思う。
しかし、また心のどこかではそんなものないと思っているのかもしれない。
結局のところそんなこと誰にもわからないのだ。
知らないだけで。
通学路をトボトボ歩いている男は佐野幸多と言う。
幸多は高一だ。
ちなみに彼女はいない。
彼はまた心の中で不思議なことが起きて欲しいと思っている。
幸多には何にも不思議な力などないし、起きたりもしない。
ただ、ふっつーの高校一年生である。
「おっすー、元気ないねー。」
幸多の後ろから女子の声がした。
声をかけてきたのは幸多の幼馴染の茅野一香だった。
彼女は普通の成績で普通の運動神経で普通の女子だ。
「元気はねぇな。面白くないから。」
幸多の口癖は『面白くない』だ。
「バッカ、そんなに都合良く面白いことが転がってるわけないでしょ。・・そら、遅れるよ。先行くね」
一香は告げると走って行ってしまった。
(学校は面倒臭い。行くだけいって屋上で授業が終わるまでサボるか。)
幸多は不真面目な性格のため、ときどきサボって屋上にいたりする。
学校に着いた幸多は革靴から上履きに履き替え屋上に向かった。
屋上には幸多だけではない。
「おーい、来てんだろ?入野くーん」
幸多は呼ぶ。
「はいはい、おっはよー。幸多クン」
屋上の隅からひょっこり現れた男は入野裕気だった。
入野は授業は受けない癖して成績だけは良いやつだった。
「今日もダブルサボりだね。いいのかなぁ」
笑いながら幸多は入野に言う。
「さぁね、そんなの知ったこっちゃねぇ。アイムフリーダム!!」
幸多は屋上から空に向かって叫んだ。
「けど、やっぱ」
幸多は言葉を区切った。
「面白くねぇ。」
鬱憤をはらす様に幸多はボソッと言った。
入野と幸多はいくつかの時間を屋上で過ごした。
そして昼の時間になった。
「メシの時間か。」
幸多と入野は食堂に移動した。
ここの高校の食堂にはとあるおっちゃんがいる。
今日あった授業の問題を出してくる。
「焼きそばパンとメロンパンと牛乳二個お願いします。」
入野に幸多は買ってもらう。問題に答えられないから。
入野はあっさりと正解して幸多と自分のものを買ってきた。
「毎度思うんだが、お前は超能力者なのか?何でやってないのに問題が分かるんだよ。」
「うーん、勉強してるからかな。俺もわかんない。」
入野は笑顔で答えメロンパンを齧った。
ガタッと幸多は椅子を引いた。
「俺、帰るわ。」
昼飯を食べないで幸多は食堂から出た。
いつもの手順で革靴に履き替えて。
学校を早退した。
(まったく学校はつまんねぇし困っちゃうよなー。そうだ、今日は違う道で帰ってみるか)
幸多は遠回りの道を選んだ。
普通の道なら十五分くらいで家に着くが、遠回りの道は一時間かかる。
幸多は少し戻ろうかなって思い始めていた。
それは、帰るのに時間がかかり過ぎるからだ。
だが、その五秒後だった。
「? 何だこれ・・」
幸多は思わず声を上げた。
そこにあるはずの、一本道にあるはずのアスファルトがぐにゃりといったような感じで曲線を描いていた。
それだけではなかった。前を見れば。動かないはずのアスファルトがまるで生きているように動いていた。
幸多は呆然としていた。そのとき、幸多の左足が底なし沼に入ったようにアスファルトにうまった。
「う、うがぁ・・!!」
その埋まり具合が半端ではないほど速い。
(う、埋まる・・・)
幸多はそのままアスファルトに飲み込まれてしまった。
少しのあいだ幸多は気絶していたらしい。
「なんだ・・ここ。地下街?じゃないよな。地下遊園地とか?」
少年が言うのも無理はない。
観覧車が回っていたり。
アトラクションのようなものが沢山あった。
幸多は少し遊びたくなってきた。
そんなときだった。
「ブォおーーーー!!」
動物の叫び声が聞こえた。
ライオンと鳥がまざったらあんな感じだろう。と言った外見だ。
ちなみに全長七メートル越えだ。
「はぁぁぁぁあ?死ぬだろあんなの来たら!俺、絶対死ぬってぇぇぇぇ!!」
わき目も振らず少年は動物から逃げる。
長距離はあまり得意ではないが今はそんなことどうでもいい。
逃げなければ殺されるという思いのほうが強かったからだ。
七メートル越えの動物はやたら足が速かった。
もう、追いつかれるッ!終わった。と少年がそう思ったときだった。
「帰りなさい。」
少女の声がした。
幸多は思わず後ろを振り返った。
少女は動物に右手を向けている。
すると、さっきまで幸多を追いかけていた動物が向きを変えて去っていった。
「大丈夫?キミ」
少女は幸多に話しかけてきた。
幸多はグルッと少女のほうを向いた。
ガキッと硬いものが幸多のズボンに入っていた。
手を入れて幸多はそれを取り出した。
「リング・・?」
幸多のズボンから入れた覚えのない指輪が入っていた。
「ねぇ!大丈夫?」
少女の問いに答えるのを忘れていた。
「ああ、大丈夫。ありがとね。」
少女は幸多の手を覗き込んだ。
「へぇ、これキミの?」
「え・・?い、いや」
「じゃあ、コレ誰の?」
少女は幸多に顔を近づける。
「か、顔!近いって。なんか知らないけど、このリングが俺のポッケに入ってたの!」
幸多の顔からいやな汗が出る。
「ふぅん。じゃあソレは今からキミのだね。」
「今から?」
「うん。その指輪は中指に入れるの。」
「そうなの?って、コレきみの?」
見た目が十四、十五歳の少女は笑って答えた。
「うん。元ね。」
「じゃあ返すよ。」
幸多は少女に指輪を向ける。
「受け取れないよ。所有者はキミだもん。」
少女はケラケラ笑っていた。
「そうだ。キミ名前は?」
「俺は佐野幸多だ。そっちは?」
少女は俯き加減に答えた。
「私、異世界人なの。」
幸多は聞き間違いだと耳を疑った。
「は?いせ・・かいじん・・・?」
「うん!ここは異世界なの。ここに人間が来るのは珍しいんだけどなー。ここんとこ来てないからもう来ないのかと思ってたよー。」
世間話のように話す少女。
「ちょっと待って、ここが異世界?そんな証拠がどこにあるんだよ。」
「証拠?そうだね。じゃあこーたはどうやってお家に帰るの?」
「こーたっていきなり呼び捨てか・・」
次に幸多は家に帰ることについて何か言おうと思ったが言葉が口から出て行かなかった。
だいたいどうやってここに来たのか分からないなら帰るのはまず、不可能だ。
「た、確かにわかんねぇけど・・。そーだ、きみの名前まだ聞いてないな。なんて言うの?」
「私?私に名前なんてないよ。」
幸多が「え?」と言う前に少女は口を開いた。
「異世界人ってね。人間界に行って帰ってこれるの。でも、私には何故かそれが出来ないの。ここから一回でもいい。人間界に行ってみたいってずっと思ってた。
それが三百年。」
「さ・・んびゃく・・・ねん?」
幸多は絶句気味に言った。
「三百年も同じことしてたら覚えてたことが段々わかんなくなってきてさ。ついに自分の名前さえもわかんなくなった。でも、別に気にしなかった。
だって待ってればきっとここから出られるもん。」
ニカッと少女は無邪気な笑顔を見せた。
「じゃあ、俺がきみに名前をつけてあげるよ。」
幸多は何故か悔しかった。
「・・。いいの?」
少女の顔が一瞬ためらった。
「ああっ!俺が最高の名前をつけてやるよ。」
「ホントッ!ありがとう。」
少女は満面の笑みを作った。
「幸多の幸で『ハッピー』ってどうかな?」
少女が答える前に、
「そうだ!俺のネックレスについてる王冠から、」
幸多はすぅと息をすって、
「『ハッピー・クラウン』なんてどうだ?」
「すっごい!!いい名前だよ!こーた天才だね!」
唾を飛ばしながらハッピーはうれしそうに微笑んだ。
「じゃあ、お礼に幸多を元の場所に戻してあげるね。」
そう言われたとき、少年の心に何かが引っかかった。
このまま帰っていいのか?
この少女をそのままにしてまた記憶をなくしてもいいのか?
この少女はたった一つの夢も叶えられないままここで過ごすのか?
(そんなの駄目だ!!)
「こーた?」
ハッピーが顔を歪めた。
「お、れは。俺は帰らない。ハッピーを人間界に連れてく。」
「な、何言ってるの?そんなの出来ないよ。見て、あの穴。」
ハッピーの指差すところに白い穴が開いていた。
「あの穴からこーたは来たの。私が穴を通過しようとするとね。バリアみたいなもので通れないの。」
「だったら、バリアを壊せばいい。俺は今ここにいるんだ。なんとか出来るだろ。」
「こーた。どうして私にここまでしようとするの?究極のお人よしさん?それとも馬鹿?」
幸多は少女にこう言った。
「俺は究極のお人よしでも、馬鹿でもねぇよ。ただ困ってるんだろ?ちっちゃいときに『困っている人がいたら助けなさい』って言われなかったか?
俺は言われた。だから力になりたいんだ。」
「そんなこと、こーたは出来ないよ。だってただの人間だもん。大体この穴に落ちれば帰れるのに何でしないの?やっぱ馬鹿だよ。」
少女は顔をおもいっきり歪めた。
「いーのよ馬鹿でも。ハッピーは心の中に助けを求めてるね。」
幸多がそう言い切ったときだったハイヒールのようなカツンッと言う音がした。
「困るんだよ。勝手にそう言うことしようとすんのさ。」
男の声が響いた。
背丈は百八十センチくらいだろう。
ノイズのようなものが掛かった声だった。
「その子はここにいなきゃいけないのだよ。キミにはわからない理由があるんだけどね。」
「知るかそんなこと。この子は困ってるんだ!ってかテメェは誰だ!?」
目の前にいるソイツは興味なさそうに言った。
「バミューダ・オールだ。僕からも言わせてもらうとさキミはその子に助けを求められたのかい?」
名乗ったやつは幸多に笑いながら聞いた。
「な・・・?」
幸多は黙ってしまったが、
「言ったよ。私が。」
ハッピーが前に出た。
「ふん。そうか、ならば止める必要があるな・・って、キミ人間か!?」
バミューダは声を張り上げた。
「そうだよ!今頃気づいたか背たか異世界人!」
幸多は余裕の笑みを見せようとした。
「ま、人間でも異世界人でもその子を逃がそうとするなら止めなきゃいけないんだよね。死人が人間界で出ないためにね。」
バミューダはキザったらしい仕草をとる。
「意味わかんねぇな!この子を助ける理由なんて困ってるから、それだけで十分だ!」
「高が人間に何が出来るって言うんだい?所詮敗北しておしまいだろう?僕も殺しは好きじゃないんでね。キミが望むのなら殺してもかまわないんだがね、」
バミューダは腕の裾から剣を抜き取った。
そのまま幸多に剣を向けた。
そのときだった。
幸多の体から嫌な汗が出た。
全身が寒くなった。
全身がその剣に脅えた。
全身が震えた。
全身がバミューダを恐れた。
全身が拒んだ。
だが、幸多は笑ってしまった。
緊張すると固まる人と笑う人がいると聞いたことがある。
幸多は緊張に似た何かを感じ取って笑った。
バミューダにとって目の前にいる人間が何故笑っているのか理解不能だった。
それもそのはずだ。
だって、幸多だってどうして笑っているのか自分では理解出来なかったからだ。
「ふふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!」
幸多は今、気づいた。
自分はこういった状況を望んでいたのだ。
死ぬまでつまらない日常を繰り返す日々から脱却したかったのだ。
なら、今はどうだ?
異世界に居て、
異世界人が居て、
命を狙われている。
こんなにも待ち望んだことはない。
これは幸多が現実化して欲しいと思った非日常なのだ。
今の状況などこれを逃せばきっと一生巡ってなどこない。
否、今しかないのだ。
「死んでもイイや。今が最高に面白いからっ!!」
幸多は死ぬ覚悟をしてバミューダと向きあった。
「ふむ、死ぬ覚悟があると。ほう。面白い!ここで始末してやろう。」




