第二十五話 王太子から『キミに決めた!』と言われましたが、バトルが始まりそうなのでダメ出ししました
「殿下。私に、何か仰りたいことがあるんじゃありませんか?」
「……ある」
アドリアン殿下は、今度は迷わず答えた。
ぽつぽつと付き始めた灯りが、少し離れたところで揺れている。
遠くから街の喧騒が聞こえてくるけれど、殿下が何を言うのかばかりが気になった。
「ずっと言おうと思っていた……でも、何と言えばいいのか分からなくて」
「殿下にも、そのようなことがあるのですね」
「僕を何だと思っているんだ?」
「思ったことをすぐ口になさる方かと」
「……それは、否定できない」
妊娠した婚約者を前に、自分が童貞だと大広間で叫んだ方である。
魅了された時など、出会ったばかりの令嬢へ「おもしれー女」とも言っていた。
言葉にするのが苦手な方だとは、到底思えない。
「だから、今度こそちゃんと言おうと思う」
殿下は大きく息を吸った。
少しだけ、嫌な予感がした。
「セシリア!僕は、真実の愛を見つけた!」
「殿下……それは、不穏ですわ……」
「なぜ!?」
「以前、殿下がまったく同じことをおっしゃった時、魅了されていましたので」
「あれとは違う!」
「念のため、首飾りなどを身につけている怪しい令嬢と目を合わせませんでした?」
「合わせてない!」
「恋のお守りは?」
「持ってない!」
「何か変な物を召し上がったとか」
「今日はずっと君と一緒だっただろう!」
「そうでした」
殿下が頭を抱えた。
「どうして僕の告白は、魔術犯罪の確認から始まるんだ……」
「これまでの実績でしょうか」
「僕だって好きで魅了されたわけじゃない!」
「存じております」
少し可哀想になってきた。
「では、別の表現でお願いいたします」
「別の表現?」
「はい。真実の愛以外で」
「分かった」
殿下が考え込む。
「……君しか見えない」
「視野が狭くなっておりません?」
「違う!」
「では、他には?」
「君なしでは生きられない」
「重いですわ」
「じゃあどうしろと言うんだ!」
だんだん可哀想という気持ちも薄れてくる。
「もっと普通でよろしいのでは?」
「普通……」
また考える。
不思議だ。この人の悩む姿をもっと見たくなる自分がいる。
「じゃ、じゃあ……キミに決めた!」
「それではバトルが始まってしまいます」
「なんの!?」
「分かりませんけれど、そういう気がいたします」
「難しいな!?」
「殿下が勝手に難しくなさっているだけです」
「僕はもっと、こう……王太子らしく格好いい言葉で決めたいんだ!」
「先ほどから、どんどん格好悪くなっておりますわ」
「分かってる!」
とうとう殿下が額を押さえるのを見て、笑ってしまった。
「ふふっ」
「笑うな」
「申し訳ございません」
「絶対に思っていないだろう」
「少しは思っております」
「少しか……」
吹いてきた風が、髪を揺らす。
先ほどまでとは違う、何か決め台詞を探している時の顔ではなかった。
「セシリア」
「はい」
「君が好きだ」
あまりにも普通の言葉が、だからこそ胸の奥にまっすぐ届いた。
「最初に会った時は、変わった人だと思った」
「私も殿下を変わった方だと思いましたわ」
「僕は大広間で童貞だと叫んでいたからな」
「ご自覚が」
「もういいんだ。どうせ君は一生覚えていそうだから」
「忘れろとおっしゃるなら努力いたします」
「努力が必要な時点で駄目だ」
殿下は少し笑った。
「君は、僕が王太子だからって何でも肯定しない」
「それは当然では?」
「僕にとっては、そうでもなかったんだ」
その声は穏やかで、見つめられる視線はとても優しい。
「僕が間違っていたら止めるし、分からなければちゃんと調べる。魅了された時も、僕の言っていることを信じるんじゃなくて、おかしいと気づいてくれた」
「語彙があまりにも妙でしたので」
「そこだったのか」
「かなり大きかったですわ」
「……おもしれー女は、そんなに駄目だったか?」
「だいぶ」
笑いながら言ったあと、殿下は私をまっすぐ見た。
「格好悪いところを散々見られたのに、君の前だと不思議と取り繕いたいと思わなくなった」
「それは良いことなのでしょうか」
「僕にとっては」
少しだけ、距離が近くなる。
手を伸ばせば触れられるほどの距離。
「君といると楽しい。次は何が起きるのか怖くもあるけど」
「それは私もです」
「でも、何かあっても君となら笑える気がする」
その言葉に、私は返事ができなかった。
婚約者の浮気現場を見つけたあの日。
私は怒るより先に、あまりにも長い情事を前にして、これは幻なのではないかと疑った。
それから階段で殴り合う令嬢を見て、王太子の托卵疑惑に巻き込まれ、魅了された殿下に呆れ、数字の大きさに簡単に感心する姿、ハダカデバネズミになった姿に、実際の裸まで見た。
普通なら、もっと疲れていてもおかしくない。
実際、何度も「もう帰りたい」と思った。
それなのに殿下と過ごした時間を思い返すと、嫌なことより笑ったことの方が多かった。
「僕の婚約者になってほしい」
彼の言葉には、今度は妙な言い回しもない。
「王太子妃になるのが簡単ではないことは分かっている。伯爵家の君を迎えることについて、何か言う人間もいるだろう。でも、そこは僕がどうにかする」
「殿下が?」
「不安そうな顔をするな。僕だってこれでも王太子なんだぞ」
「存じております」
「時々忘れていないか?」
「……たまにです」
「セシリア!」
また笑ってしまった。
けれど、答えはもう決まっている。
「お受けいたします」
「……本当の本当に、僕でいいのか?」
「ご自分から申し込んでおいて、そこを確認なさるのです?」
「君があっさり受けると思ってなくて」
「断られたいのですか?」
「絶対に嫌だ」
「では、よろしいでしょう」
殿下の顔が、ぱっと明るくなった。
これほど分かりやすく喜ばれると、こちらまで恥ずかしくなる。
「手を握っても?」
「もちろんです」
右手を差し出すと、殿下は少し驚いてからその手を取り、ゆっくりと指を絡めた。
今日、歩いている間は何度も隣にいたのに、今までよりずっと近く感じた。
「……君の手、冷たいな」
「殿下が温かいのです」
「緊張してるからかも」
「殿下も緊張なさるのですね」
「するさ。好きな女性に告白してるんだから」
また普通に言う。
こういう時だけ妙に素直なのは、本当に天性の才能なのかもしれない。
「セシリアは僕のことを、少しは好きだろうか?」
「今、婚約をお受けしたばかりですが」
「それと好きは別だろう」
「殿下。私も、好きですわ」
殿下が固まった。
「どうされました?」
「もう一度」
「聞こえたでしょう?」
「聞こえたけど、もう一度聞きたい」
「では先に殿下からどうぞ」
「何度でも言う。好きだ」
「……そんなにあっさりと、ずるいですわ」
「僕は言った」
「……………………好きです」
殿下が嬉しそうに笑う。
「もう一度」
「調子に乗らないでくださいませ」
「はい」
返事だけは、やっぱりいい。
しばらく手を繋いだまま立っていた。
そろそろ馬車へ戻らなくてはいけない。
分かっているのに、どちらからも手を離さなかった。
「セシリア……口づけてもいいだろうか?」
「額に、ですか?」
「どうしてそうなる」
「以前、アメリア様とは額に一度だけと、大広間で」
「なぜ覚えているんだ!」
「殿下がおっしゃいましたので」
「……君はどうしてそう、記憶力がいいんだ」
「では、どちらに?」
聞くと、今度は殿下が黙った。
耳が赤くなっている。あれだけ勢いよく聞いたくせに。
「……唇に……嫌ならやめる」
「嫌とは申しておりません」
それだけ言うと、殿下が少し身を屈めた。
触れたのは、本当に短い時間。
殿下は私以上に緊張していたらしい。
「殿下……顔が赤いですわ」
「君もだ!」
たぶん、この月明かりでもわかるくらいには、そうなのだろう。
「もう一度してもいいだろうか?」
「先ほどより随分と積極的ですわね」
「一度したら、少し勇気が出た」
「そういうものですの?」
「僕も初めてだから分からない」
その言葉で、ふと思い出した。
「そういえば」
「何だ?」
「殿下が大広間で宣言なさった件は、まだ有効なのですね」
「……何の話だ?」
「童貞でいらっしゃるという」
「今ここでその話をするのか!?」
「婚姻後には、私が確認することになるのだなと思いまして」
「セシリア!」
王宮の方にまで届きそうなほど、殿下の声が響いた。
「なぜ君は突然そういうことを言うんだ!君だって初めてだろう!」
「ええ。ですから比較はできません」
「比較する気だったのか!?」
「ございません」
「なら言うな!」
殿下が真っ赤になっている。
「……でも、その時は、よろしくお願いいたします」
「……」
今度こそ、完全に黙った。
「殿下?」
「君の方が強い」
「何がです?」
「いろいろと」
そう言いながら、殿下はまだ私の手を離さない。
私も離すつもりはなかった。
「セシリア、これからも、何かおかしいと思ったら止めてくれ」
「努力いたします」
「騙されそうになった時も」
「殿下ご自身でもお気をつけくださいませ」
「魅了された時も」
「近い内に装身具を用意しますので、二度とかからないでください」
「できればそうしたい」
少し考えて、殿下が笑う。
「君がそばにいなければ、僕はすぐに陥れられてしまう」
「さきほどのお返事、撤回してもよろしいでしょうか」
「待ってくれ!」
「あと、浮気なさったらまた証人を大勢連れて行きます」
「セシリア!?」
「殿下のお立場を考えたら、十人では足りませんわね……リタも含めて、五十人は必要かもしれません」
「ごじゅっ……!?」
やはりこの人は、最後まで余計なことを言う。
でも、そんな人だから私は好きになったのかもしれない。
王太子らしく格好をつけようとして失敗して、数字が大きければ素直に驚き、魅了されれば妙な語彙を連発し、ドレス姿の令嬢を追いかけて普通に負ける。
格好悪いところまで何一つ隠せない、そんな王太子を、私は愛さずにはいられない。
「まぁ、そんな心配は必要ない。僕は二度と君にあんな思いをさせないと誓う」
「……はい」
大丈夫、この人の言葉なら信じられる。
灯りの向こうで、また誰かが大きな声を上げていた。
何か揉めているようにも聞こえる。
けれど今だけは、確認しに行かなくてもいいだろう。
殿下に抱き寄せられ視線が重なると、私はそっと目を閉じた。
最後までお付き合いありがとうございました。
修羅場見届け人のセシリアが最後に選んだのは、同じ日に婚約破棄をした王太子でした!
いったん完結しましすが、セシリアのことなのでまた修羅場に遭遇することでしょう。
また、短編なり追話なりを公開できればと思っているので、お待ちいただけると嬉しいです。
【作者お気に入り追加はコチラから】https://mypage.syosetu.com/2924274/
ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





