第十七話 商会令嬢が作った変な乗り物で鯖を調理しましたが、なんだか様子がおかしいです
「殿下ー!できましたわー!」
聞き慣れない唸り声とともに、中庭へ大きな車体が滑り込んできた。
馬はいない。
けれど車輪は回っている。
箱形の車体には窓が並び、後ろには小さな煙突まで突き出していた。
「……なんですの、あれ」
「僕に聞くな。僕も初めて見る」
アドリアン殿下の隣で、ミシェルが目を輝かせる。
「お姉様!家が走ってきましたわ!」
「家ではないと思いますけれど」
ブロロロロ……という音が止まり、扉が開いた。
降りてきたのは、先日の茶会で数字の見せ方について少々問題のあった商会令嬢だった。
「殿下!完成いたしました!」
「何が?」
「キャンピングカーです!」
「……きゃんぴんぐかー?」
「陛下から、『移動しながら泊まれて料理までできる車』があると伺いまして。ぜひ商品化したいと思い、試作してみました!」
また陛下だった。
親子ともども、余計な一言が多い。
いっけない。不敬不敬。本当に口に出さないよう気をつけなければ。
「中をご覧ください!寝台、食卓、収納棚。こちらには簡易厨房もございます!」
促されるまま車内を覗く。
外から見た以上に広く、壁際には二段の寝台、その向かいには四人ほどが座れる卓が固定されていた。奥には流し台と調理台まである。
「水も出ますの?」
「魔石で汲み上げます!」
「火は?」
「もちろん魔石です!」
「この箱は?」
「冷蔵庫です!」
「……便利すぎません?」
「でしょう!?」
令嬢は褒め言葉と受け取ったらしい。
「お姉様、これなら鯖を焼けますわ!」
ミシェルが中庭を振り返る。
芝生の上には、先ほど獲得した鯖が何匹か並んでいた。
喋る鯖だけは、リタが持ってきた桶の中で悠々と泳いでいる。
「ちょうど良いですわ!調理設備の試運転もできます!」
「試作機でいきなり魚を焼くんですの?」
「使ってこその設備です!」
その理屈は分かる。
「リタ、お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
リタは迷いなく厨房へ入ると、鯖を一匹手に取った。
さすがに捌くところから始めるのかと思ったけれど、いつの間に用意したのか、包丁もまな板も調味料も一式揃っている。
「塩焼きと香草焼きにいたしましょう。パンもございますので、残りは挟んでもよろしいかと」
「素晴らしいですわ!」
「リタ、順応が早いな」
「鯖は待ってくれませんので」
じゅう、と皮の焼ける音がした。
ほどなくして香ばしい匂いが車内に広がる。
さっきまで中庭でぴちぴちしていた鯖だと思うと少し複雑だけれど、喋っていた鯖本人ではないのが救いだ。
「できました」
皿に載せられた焼き鯖を前に、ミシェルが歓声を上げた。
「いただきます!」
「待て。僕が先に食べる」
「殿下?」
「試作機なんだろう。何か変な魔術が仕込まれていたら危ない」
珍しく王太子らしいことを言ったけれど、精神魔法の類に対する耐性が低いのがいささか不安になる。
「そこは確認済みです!」
「それでもだ」
殿下が鯖の身を一口食べる。
「うまい」
その瞬間。
『これだよこれ。焼き鯖。見た目は飾り気がない。だが、皮を噛めば香ばしさが先に来て、その後から脂の乗った身が追いかけてくる』
「……」
誰も喋っていない。
『派手さはいらない。こういう料理は、余計なことをしない方がいい。塩、鯖、焼く。それでいい』
「……誰だ?」
殿下が周囲を見回した。
『いや、パンも悪くない。白いパンに挟んで、少し酸味のあるソースを――』
「まだ続くのか!?」
「成功ですわ!」
商会令嬢が手を叩いた。
「何がだ!?」
「食事演出魔術です!食べた方の感想を、より豊かな言葉に変換して皆様へお届けします!」
「頼んでない!」
「でも殿下、ずいぶん美味しそうでしたわ」
「僕は『うまい』としか言ってない!」
桶の中の鯖が、ぱしゃぱしゃと尾を振っている。
「素敵な食レポですねー!」
「食レポ?」
「食べ物の感想を語ることです!」
どこで覚えたのだろう。
「お姉様も食べましょう!」
ミシェルに勧められ、私も塩焼きを一口いただいた。
普通に美味しい。
脂の乗った鯖に塩味がよく合っている。
『……なるほど』
「……」
嫌な予感がする。
『素材そのものは悪くない。脂の乗りも申し分ない。しかし、ただ塩を振って焼く。それで本当に鯖の魅力を引き出したと言えるのだろうか』
「言えますわ。美味しいです」
『塩など素人が食べるもの。玄人ならば大根おろしと醤油一択』
「私、そんなこと思っておりませんけれど」
「お姉様、急に嫌な人になりましたわ!」
「私ではありません」
『この鯖なら、山葵をほんの少し利かせた醤油で――』
「山葵醤油はどこから出てきましたの?」
「ご用意できます」
リタが厨房から答えた。
「あるのですか!?」
「陛下が広められた調味料の中にございました」
また陛下だった。
「……では、後ほど普通にいただきます」
『ようやく正解に辿り着いたようだ』
「やかましいですわ」
「お姉様、ナレーションと喧嘩していますわ!」
ミシェルが楽しそうに笑い、そのまま香草焼きを口に運んだ。
「おいしいですわ!」
『美味しい』
「まあ!」
『もう一口』
「はい!」
『まだいける』
「もちろんですわ!」
ミシェルが二口、三口と食べ進める。
『一皿では足りない。鯖はまだある。焼けばある。挟めばもっとある』
「リタ!次をお願いします!」
「ミシェル?」
『香草焼きの次は鯖サンド。鯖サンドの次は塩焼き。順番を変えれば、永遠に食べられる』
「まだいけますわ!」
「永遠に食べるのか?」
「あなた、朝食前だったのを差し引いても食べすぎです」
「成長期です!」
「便利な言葉にしないでください」
ミシェルは止まらない。
鯖サンドまで受け取り、幸せそうに頬張っている。
『パンが鯖の脂を受け止める。これならもう一つ――』
「もう一つくださいませ!」
「お嬢様、これで最後の一匹です」
リタだけが何事もなかったように鯖を焼き続けている。
「リタは平気なのですか?」
「わたくしはまだ一口も食べておりませんので」
「賢明ですわ」
商会令嬢は少し離れたところで、三人分の反応を帳面に書き留めている。
「人によって食レポの傾向が違うのですね!」
「把握せずに搭載したんですの?」
「試作ですから!」
「便利な言葉だな、それ」
殿下が二切れ目を口にする。
『そう、こういうのでいい。朝から妙な出来事に巻き込まれた後には、温かい食事が身に染みる』
「鯖のことか?」
『昨日はハダカデバネズミになった』
「食事中に思い出させるな!」
『人間の姿で鯖を食べられる。それだけで――』
「もう止めろ!」
私は笑いを堪えながら、山葵醤油を少しだけつけて鯖を口に運んだ。
『やはりこちらが正解だ』
「たまたまです」
「お姉様!塩焼きより美味しいですの?」
「どちらも美味しいですわ」
『優劣をつけられない者に食を語る資格は――』
「私は語っておりません!」
車内が騒がしい。
それでも、料理はどんどんなくなっていった。
塩焼き。
香草焼き。
鯖サンド。
最後にリタが残った身をほぐし、野菜と和えたものまで出してくれた。
気づけば、先ほどまでいた普通の鯖は一匹も残っていない。
殿下が椅子の背にもたれた。
「……鯖でこんなにお腹がいっぱいになるとは」
「確かに、一生分の鯖を食べた気がしますわ……」
「私はまだ少しならいけます!」
「ミシェルはもうおやめなさい」
私たちが腹をさすっている横で、リタは黙々と調理器具を片づけている。
商会令嬢は満足そうに帳面を閉じた。
「食事演出魔術も問題なく動作しました!」
「問題しかなかった気がするが」
「でも、皆様とても表現豊かでしたわ!」
「私たちではございません」
すると、桶の中で静かにしていた鯖が、突然大きく跳ねた。
「はっ!」
「……今度は何ですの?」
「みなさまの語彙の素晴らしさに感動してました!」
鯖がまた何か言い出した。
「鯖百匹ほどでよろしいですか!?」
「ちょっ……!?」
慌てて桶へ手を伸ばし、鯖の口を塞ごうとした。
けれど魚特有の滑りで、うまく掴めない。
「山田君!鯖百匹!」
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
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もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





