第十三話 王太子が子供に『パパ!』と呼ばれましたが、童貞なので隠し子ではありません
「パパ!」
小さな男の子が、アドリアン殿下の手をしっかりと握っている。
五歳くらいだろうか。
髪の色も、瞳の色も、どことなく殿下に似ていた。
「……殿下」
「待ってくれ」
「まだ何も申し上げておりません」
「顔に書いてある」
「隠し子ですか?」
「やっぱり言った!」
殿下が男の子を見る。
「僕は君のパパじゃないよ」
「パパ!」
「……かなり懐いておりますわね」
「僕が童貞なのは、君が一番知っているだろう!」
「一番ではないです」
「そこは否定しなくていい!」
「大広間にいらした皆様がご存じですので」
「思い出させるな!」
それはともかく。
殿下の御子という線がないのであれば、他の可能性を考えなければならない。
「では、未来から来たのでしょうか?」
「なに!?」
殿下の顔が明るくなった。
「未来の僕は童貞じゃないんだな!?」
「喜ぶところ、そこですの?」
「重要だろう!?」
この人は、どれだけ童貞を気にしているのだろうか。
王太子ともなれば、もっと気にすべき重要なことはたくさんある気がするのだが。
王家の血筋を残すと言う意味では、確かに重要事項なのかもしれない。
「殿下に瓜二つの双子の兄弟がいらっしゃるとか」
「いない」
「記憶を失っている間に」
「ない!」
「酔っぱらって一夜限りの……」
「どうして僕に子供がいる前提で考えるんだ!」
「では、殿下によく似た他人」
「それなら僕をパパと呼ぶ理由がないだろう」
「確かに」
では、この子はいったい誰なのだろう。
しゃがんで顔を覗き込む。
見れば見るほど、他人の空似とはとても思えないほど、殿下にお顔が似ている。
「お名前は?」
「……」
男の子は殿下の後ろに隠れて、脚の間からこちらを窺ってくる。
「警戒されましたわ」
「僕には懐いているのに」
「パパだからでは?」
「違う!」
男の子は殿下の脚にさらにしがみついた。
「パパ」
「だから違うんだ。僕はまだ――」
「殿下。五歳児に童貞の説明は不要ですわ」
「分かってる!」
その時。
今度は私のドレスの裾が引かれた。
「ママ!」
「……」
「……」
横を見ると、三歳くらいの女の子が、こちらをまっすぐ見つめている。
「ママ!」
「今度は私ですわ」
「セシリア……隠し子か?」
「私も初めてです」
「……そうだったな」
「なぜ納得なさるのです?」
「いや、今のは忘れてくれ」
何を納得されたのかは、あとで問い詰めた方がいいかもしれない。
女の子が小さな手を目一杯広げて、両手を伸ばしてくる。
「だっこ!」
「どうしましょう」
「抱いてあげたらいいだろう?」
「殿下は?」
「僕はもう一人に手を掴まれている」
殿下を見る。
男の子は今度は両手で殿下の右手にぶら下がっていた。
「パパ、おてて!」
「……まあ、今だけならいいか」
諦めたらしい。
子供を産んだことはないはずなのに、なぜか抱き上げたくなってしまう。
これが母性本能というやつなのだろうか。
仕方なく抱き上げると、女の子は満足そうに私の肩へ頬を乗せた。
「ママ」
「違いますよ」
「おにいちゃんが、パパって言ったの。だから、ママ!」
なるほど。
思わず納得してしまったけれど、大事件なのではないだろうか。
「殿下の隣にいたので、私は母親になったようです」
「……夫婦に見えたのかな」
「幼児の判断ですわ」
「幼児でも分かるんだな」
「何がです?」
「なんでもない」
なぜ少し嬉しそうなのだろう。
男の子が殿下の手を握り、女の子が私に抱かれている。
傍から見れば、確かに家族に見えなくもないのかもしれない。
「パパ、ママ」
男の子が私たちを交互に指差す。
「ほら」
「何が、ほら、ですの?殿下まで子供に乗らないでくださいませ」
これ以上妙なことを言われる前に、この子たちの保護者を探さなければならない。
身なりを見るに、市民ではないはず。衣服も靴も上等なものだ。
今頃、必死に探しているに違いない。
近衛に周囲を探させると、ほどなくして王宮から使いが駆けつけた。
「殿下!そのお子様方は……!」
「わかったのか?」
「南の離宮から本日王都へ到着された、陛下のお子様方です!」
「……父上の?」
男の子が胸を張る。
「パパ、おうさま!」
「父上か!!では、この子たちは……」
「殿下の異母弟君と妹君にあたられます」
「弟と妹……」
殿下が男の子を改めて見る。
「そういえば父上に似ているな」
「殿下にも似ております」
「僕も父上の子だからな」
「ようやくお気づきに」
「でも、どうして僕を父上と?」
「お顔が似ているからでは?」
「そこまで似てるか?」
顔も似ているが、いちいち反応が大袈裟なところも、似ているのだが。
きっと本人は気が付いていないのだろう。
男の子が首を傾げる。
「パパじゃないの?」
「僕は君のお兄ちゃんだ」
「おにいちゃん?」
「ああ」
「パパじゃなくて、おにいちゃんだった!」
嬉しそうなので、どちらでもよかったらしい。
「じゃあ、こっちは?」
男の子が私を指差した。
「セシリアだ」
「ママじゃないの?」
「違う」
「おにいちゃんのおよめさん?」
「違いますわ」
「……」
今度は殿下が黙り、こちらを見る。
「どうして殿下まで反応なさるのです?」
「いや。今の言い方が少し気になって」
「事実ですわ」
女の子は私の肩に頬を乗せたまま、目がとろんと眠そうにしている。
「この子たちは、なぜ夜市に?」
「それが……」
使いの男性が困った顔をした。
「離宮から王宮へ向かう途中、馬車を降りた隙に姿が見えなくなりまして」
「夜市の灯りをご覧になってしまったようで……」
「護衛は?」
「現在、王都中を捜索しております」
「すぐ無事だと知らせてやってくれ。死人が出そうだ」
「かしこまりました!」
幼児の行動力のなんと恐ろしいことか。
王宮へ戻ると、国王陛下が珍しく慌てた様子で出迎えた。
「無事だったか!」
「パパ!」
「パッパ!」
男の子が走っていく。
今度こそ本物だったようだ。
女の子も私の腕から降りると、陛下の元へ走った。
「ママは?」
「離宮だ。お前たちがいなくなったと聞いて、心配していた」
「おみやげ、かってきた!」
「……お前たち、夜市を楽しんでいたのか?」
陛下の表情がなんとも言えないものになった。
「護衛は?」
「今頃、全員青ざめているだろう」
「処分はほどほどになさっていただければ……」
「分かっている。二人とも無事だったのだからな」
陛下は二人の頭を撫でたあと、アドリアン殿下を見る。
「母親は違うが、弟と妹だ。仲良くしてやってくれ」
「もちろんです」
「兄上!」
そこへ、廊下の奥から小さな足音が聞こえてきた。
先日、白い結婚ごっこをしていた第二王子が駆け寄ってくる。
「この子たち、僕の弟と妹なの?」
「そうだ。仲良くできるか?」
「うん!」
第二王子は二人の手を取った。
「二人ともおいで!お人形遊びをしよう!」
……先日、王子と婚約者がされていた、いささか子供らしからぬ人形遊びを思い出す。
「今日はね、僕は何度生まれ変わっても断罪される王太子!」
やはり……初手から殺伐としている。
「二人は、なんとか兄を助けようとする、ループ七回目の弟と妹だ!」
「はーい!」
「はぁい」
「やめなさい!」
アドリアン殿下の声が響いた。
「なぜ七回も失敗しているんだ!」
「その方が盛り上がるから!」
「誰に教わった!」
「侍女!」
「またか!!」
「兄上はね、毎回悪い女に騙されるの!」
「どうして毎回騙される設定なんだ!?」
「王太子だから!」
「王太子への偏見がひどい!」
私は思わず殿下を見る。
「……」
「なんだ?」
「いえ。妙に説得力が」
「セシリア!」
王家の情操教育への不安が、さらに増した。
騒ぎが落ち着く頃には、すっかり夜も更けていた。
今頃リタは心配しているかもしれない。
「セシリア嬢」
陛下に呼び止められる。
「もう遅い。今晩は客室に泊まるといい」
「……少し不安ですが、お言葉に甘えさせていただきます」
「何が不安なんだ?」
「王宮に泊まると、また何か起きそうで」
「何も起きない」
「殿下がそうおっしゃると、少し不安が増します」
「なぜだ!?」
アドリアン殿下が微妙な顔をした。
「まぁ、いい。君の家には使いを出しておくから、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
案内された客室へ入り、ようやくベッドへ横になる。
今日は長かった。
どうしてこんなことになったんだろう。
夜市へ行き。
魅了魔道具を探す令嬢に遭遇し。
病弱な幼馴染を優先する婚約者を見つけ。
糖尿病と痛風を知り。
最後には王太子殿下の異母弟妹まで拾った。
普通に夜市へ行って、普通に帰宅するだけの一日では駄目なのだろうか。
さすが王宮の寝具は、寝心地が良い。
これならすぐに眠りにつけるはず。
もう明日こそ、何も起きないでほしい。
そう願いながら、ゆっくりと瞼を閉じ、眠りにつこうとした……
うとうとし始めた時……聞き覚えのない鳴き声が聞こえてきた。
「きゅるるるる」
感想欄でいただいた案を一部アレンジして使わせていただきました。ありがとうございました!
感想欄から修羅場が増殖しております。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





