第十二話 病弱な幼馴染を優先する婚約者に遭遇しましたが、病気が想定とちょっと違いました
「彼女は僕がいないと駄目なんだ!」
夜市の端で響いた声に、私は足を止めた。
「今夜だけは私と一緒にいてって、約束したでしょう!?」
「病弱なんだから仕方ないだろう!」
「先週も、その前も、その前もそうだったじゃない!」
今夜だけは何事もなく帰れると思ったのに。
アドリアン殿下も同じことを考えていたらしく、隣で小さくため息をついている。
「行くのか?」
「行きません」
「そうか」
「ですが、聞こえてしまいます」
「……そうだな」
目の前では、若い男性の腕を婚約者らしき令嬢が掴んでいた。
「なら、放っておけというのか!?」
「だからって、毎週毎週!今夜は私と夜市を回る約束だったでしょう!?」
「彼女から頼まれているんだ!」
「何を!?」
男性が両腕を持ち上げた。
そこで初めて気づいた。
すごい量の荷物を抱えている。
紙袋に箱、細長い包み。
指という指に紐が引っかかり、今にも何か落としそうだった。
「焼き菓子だろ。それから林檎飴と、蜂蜜漬けのナッツと、揚げ菓子と……」
「まだあるの!?」
「肉串も」
「病人が食べる量じゃないでしょ!?」
令嬢の叫びに、私も同意しかけた。
「彼女は食が細いんだ!」
「どこが!?」
「一度にたくさん食べられないから、色々なものを少しずつ」
「それ全部食べたら、ものすごい量になるのよ!」
なるほど。
「……パシリですわね」
「パシリだな」
思わず呟くと、二人がこちらを見た。
「あなたたち……」
まずい……目が合ってしまった。
男性の表情がぱっと明るくなる。
「すまない!ちょうどよかった!」
何がちょうどよいのだろう。
「これ、少し持ってくれないか?もう両手がいっぱいで」
「殿下に荷物持ちを頼むのですか?」
「……殿下?」
男性の顔から血の気が引いた。
慌てて荷物を落としそうになる。
「お、王太子殿下!?」
「今さら返されても落とすだけだ。持とう」
殿下は諦めたように、肉串の包みと焼き菓子の箱を受け取った。
「申し訳ございません!」
「今日はいつもの正装ではありませんから、仕方ありませんわ」
「仕方なくないぞ?」
「見た目だけでは王太子と気づけませんもの」
「それはそうだが……そんなに僕は威厳がないのか……」
結局、私も林檎飴を持たされた。
なぜデートの帰りに、知らない令嬢への買い出しを手伝っているのだろう。
「それで、その病弱な幼馴染という方のお屋敷は遠いのですか?」
「すぐそこだ。昔から身体が弱くてね。僕が様子を見に行かないと心配なんだ」
男性が歩き始めると、婚約者の令嬢も、不満そうながらついてきた。
「どのようにお身体が弱いので?」
「すぐ腹を壊すんだ」
「……」
「……」
私と殿下は、持っている荷物を見た。
焼き菓子。
肉串。
揚げ菓子。
林檎飴。
蜂蜜漬けのナッツ。
他にもいくつかある。
「それだけ召し上がるからでは?」
「違う!昔からなんだ!」
婚約者の令嬢がとうとう叫んだ。
「昔から食べすぎなのよ!!」
「そんなことはない!」
「先週なんて、あなたが持っていった焼き菓子を一箱食べたあとに、お腹が痛いって呼び出されたでしょう!?」
「だから身体が弱いんだ!」
「それを食べすぎというのよ!!」
話が噛み合っていない。
「殿下」
「うん」
「原因が分かってきた気がいたします」
「僕もだ」
ほどなくして、立派な屋敷へ到着した。
使用人に案内され、居間へ通される。
「来たの?」
ソファに座っていた令嬢が、こちらを振り返った。
寝込んでいる様子はないけれど、顔色はあまり良くなく、身体を締めつけないゆったりした部屋着を身につけていた。
「頼まれたもの、買ってきたよ」
男性に続き、私たちもテーブルに荷物を置く。
テーブルの上が、あっという間に食べ物で埋めつくされるにつれ、みるみる令嬢の顔が引きつる。
「……何、これ」
「夜市で売っていたものだよ。君、食べたいって言っていただろう?」
「私が頼んだの、焼き菓子と林檎飴だけなんだけど」
「でも肉串も好きだろう?」
「好きだけど!」
「ナッツも」
「好きだけど!!」
「揚げ菓子も」
「だからって全部買ってくるなぁぁぁぁ!!」
先ほどまでの儚げな様子はどこへ行ったのだろう。
「お前が持ってくるから太ったんだろーがぁぁぁ!!」
「え?」
「去年のドレス、全部入らなくなったのよ!」
「新しく作ればいいじゃないか」
「そういう問題じゃない!」
令嬢は自分のお腹を指した。
「医師から減量しろって言われてるの!空腹時血糖値が二百を超えてるのよ!」
「……二百?」
「糖尿病だって言われてるの!!この前なんて痛風にもなったわ!」
「痛風!?」
令嬢が叫ぶたびに、殿下が合いの手のように驚く。
そして、男性も本気で驚いている。
どうやら病名を知らなかったらしい。
「でも君は病弱で……」
「今の体調不良の原因は、半分以上お前が食べ物持ってくるせいなの!」
「だって食べたいって言うから……」
「林檎飴食べたいって言ったら、なんで林檎飴三本と肉串と揚げ菓子まで増えるのよ!」
「栄養をつけた方がいいかと」
「その栄養が余りまくってんのよ!!」
「……ダイエットが必要ですわね」
つい口に出してしまった。
令嬢がこちらを見る。
「そうなの……」
先ほどまでの勢いが急になくなった。
「医師にも言われているんです。食事を減らして、少しずつ運動するようにって」
「でしたら、そうなさった方が」
「分かってはいるんですけど……」
自分の身体を見下ろす。
「太ってから、外に出るのが怖くなってしまって。前に着ていたドレスも着られないし、知り合いに会ったら何を言われるかと思うと……」
「……」
それまで怒っていた婚約者の令嬢が、少し困ったような顔をした。
「私……ごめんなさい」
「え?」
「あなたが彼を呼びつけて、私との時間を邪魔して楽しんでいるんだと思ってた」
「そんなつもりは……」
「本当にごめんなさい。ドレスが着られなくなるなんて……そんな、辛いわよね……」
「……分かってくれるの?」
「もちろん!」
急に距離が縮まった。
「私だって、お気に入りのドレスが一着でも入らなくなったら泣くわ!」
「そうなの!あれ、すごく気に入ってたの!」
「お直しは?」
「もう布が足りないって……」
「それは辛い!」
二人が手を取り合った。
つい先ほどまで、男を巡って揉めていたはずなのだけれど。
「良かったら、明日から一緒にウォーキングしません?」
「一緒に?」
「ええ。一人で外を歩くのが怖いなら、私が付き合うわ。最初は人の少ない時間にしましょう」
「……嬉しい」
「食事も、全部我慢したら続かないでしょう?たまのチートデーは、少しだけ一緒に食べましょう」
「本当に?」
なぜか婚約者と幼馴染の間で話がまとまり始めた。
「僕も一緒に歩くよ!」
「あなたは来ないで」
「来なくていいわ」
男性が嬉しそうに割って入ると、二人が同時に振り返った。
「なんで!?」
「途中で屋台を見つけたら、また何か買うでしょう」
「買わないよ!」
「今日いくつ買ったの?」
「言ってみなさい」
「……八種類」
「来ないで」
「来なくていいわ」
完全に仲間外れである。
「今後この人に持ってきていいのは、野菜と水だけです」
「野菜……」
「あと医師から許可が出るまで、お菓子は禁止」
「でも――」
「禁止!」
婚約者の令嬢が強い。
「明日の朝、お迎えに来ますね」
「待ってるわ」
「歩きやすい靴を用意しておいてください」
「分かった!」
すっかり仲良くなっている。
「……僕は?」
「仕事してて」
「仕事なさい」
二人の声が綺麗に重なった。
何を見せられているのだろう。
少なくとも、婚約者を巡る修羅場ではなくなったらしい。
屋敷を出ると、殿下が持っていた紙袋を見つめる。
「本当に病弱ではあったんだな」
「ええ。想像していたものとは、ずいぶん違いましたけれど」
糖尿病に痛風。
あの様子なら、高血圧も少し心配である。
食べられないからと持たされた焼き菓子が、まだほんのりと温かい。
「でも、あの二人は仲良くなってよかった」
「婚約者である男性だけ、完全に置いていかれていましたけれど」
「自業自得だろう」
「善意ではあったようですわ」
「善意で人を太らせるのも問題だな」
ようやく馬車へ向かう。
今度こそ帰れる……そう思っていたのに、殿下の足が止まる。
見ると、小さな男の子がいつの間にか隣に立っていた。
五歳くらいだろうか。
その小さな手が、しっかりと殿下の手を握っている。
そして、満面の笑みで見上げた。
「パパ!」
感想欄でいただいた案を一部アレンジして使わせていただきました。ありがとうございました!
感想欄から修羅場が増殖しております。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





