第六十一話 二人の時間
◇
夜。
……
大きな寝台の上。
二人の少女が。
並んで寝転んでいた。
……
その間には。
一冊の本。
……
図書塔から。
借りてきた植物図鑑。
……
ぱらり。
……
赤い髪の少女が。
頁をめくる。
「あ。」
「これ。」
……
少女は。
顔を寄せる。
……
頁いっぱいに描かれた。
小さな花。
……
「私。」
「このお花も好き。」
少女は。
花の名前を見る。
……
「……これ?」
「うん。」
……
少女は。
じっと。
花を見る。
……
それから。
次の頁。
……
ぱらり。
……
また。
次の頁。
……
ぱらり。
……
二人の間で。
頁が。
ゆっくりと重なっていく。
……
やがて。
赤い髪の少女が。
小さく息を吐いた。
「ふぁ……。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
赤い髪の少女は。
目元を擦った。
「そろそろ。」
「寝よっか。」
……
少女は。
小さく頷く。
「……うん。」
……
ぱたん。
……
植物図鑑を閉じる。
……
赤い髪の少女は。
枕元へ手を伸ばした。
……
そこには。
小さなランプ。
……
指先を。
そっと触れる。
……
淡い魔力が。
流れ込む。
……
ふっ。
……
灯りが消えた。
……
部屋を。
夜の暗がりが包む。
……
窓から差し込む。
淡い月明かり。
……
二人は。
並んだまま。
天井を見上げる。
……
けれど。
二人とも。
すぐには。
目を閉じなかった。
……
「今日。」
「いっぱい。」
「いろんなところ行ったね。」
……
少女は。
瞬きをする。
「……うん。」
……
赤い髪の少女は。
天井を見ながら。
楽しそうに話し続ける。
……
朝のこと。
二人で泣いたこと。
腕に。
おまじないの包帯を巻いたこと。
……
中庭へ行ったこと。
花を見て。
蝶が鼻に止まったこと。
……
今日あったことを。
一つ。
また一つ。
思い出すように。
赤い髪の少女は。
話し続けていた。
……
少女は。
その隣で。
「……うん。」
「……そう。」
時折。
短く返事をする。
……
「――あとね。」
「料理人さん。」
「いっぱい食べて。」
「もっと大きくならないとって。」
「言ってたでしょ?」
……
少女は。
瞬きをする。
「……うん。」
……
「ガゼル。」
「なに?」
「食べると。」
「大きくなるの?」
……
赤い髪の少女は。
ぱちりと瞬きをする。
それから。
大きく頷いた。
「なるよ!」
「たぶん!」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「……たぶん?」
「う……。」
……
赤い髪の少女は。
少しだけ視線を逸らした。
「いっぱい食べて。」
「いっぱい寝たら。」
「大きくなるって。」
「よく言われたもん。」
……
少女は。
自分の身体を見る。
「……そうなんだ。」
「うん。」
赤い髪の少女は。
天井を見る。
「私も。」
「もっと。」
「大きくなりたいんだ。」
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「……どうして?」
「お母様がね。」
「すっごく。」
「背が高かったの。」
赤い髪の少女は。
寝転んだまま。
手を。
上へ伸ばす。
「これくらい。」
少女は。
伸ばされた手を見る。
「……分からない。」
「えっ。」
赤い髪の少女は。
自分の手を見る。
「そっか。」
「寝転んでたら。」
「分かんないね。」
少女は。
小さく頷く。
「……うん。」
「ふふっ。」
赤い髪の少女は。
手を下ろす。
「だからね。」
「私も。」
「お母様くらい。」
「大きくなりたいの。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「ガゼルの大きさは?」
「私は。」
「百四十五くらい。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
自分を見る。
……
百四十二。
……
いつだったか。
施設で。
そう言われた。
「私の方が。」
「小さい。」
「え?」
赤い髪の少女は。
少女を見る。
「おもちは?」
「百四十二。」
赤い髪の少女は。
ぱちぱちと。
瞬きをする。
それから。
どこか嬉しそうに。
笑った。
「じゃあ。」
「私の方が。」
「お姉さんだね。」
少女は。
瞬きをする。
「……?」
「どうして?」
「だって。」
「私の方が。」
「大きいもん。」
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「大きいと。」
「お姉さん?」
「うん!」
少女は。
少し考える。
「……そうなんだ。」
「うん!」
赤い髪の少女は。
満足そうに頷いた。
少女は。
もう一度。
自分を見る。
「じゃあ。」
「いっぱい食べて。」
「ガゼルより。」
「大きくなったら。」
赤い髪の少女を見る。
「私が。」
「お姉さん?」
「えっ。」
赤い髪の少女が。
固まった。
「……。」
「それは。」
「違う。」
少女は。
首を傾げる。
「……どうして?」
「違うの!」
「私は。」
「お姉さんなの!」
「……?」
赤い髪の少女は。
不思議そうにしている少女を見る。
「……ふふっ。」
「あははっ。」
少女は。
笑う赤い髪の少女を。
さらに不思議そうに見つめた。
……
しばらく。
赤い髪の少女の笑い声が。
部屋に響いていた。
……
やがて。
その声も。
少しずつ小さくなる。
……
「ふふっ……。」
……
夜の静けさが。
二人の間へ戻ってくる。
……
窓から差し込む。
淡い月明かり。
……
赤い髪の少女は。
もう一度。
天井を見上げた。
……
「……。」
少しして。
ぽつりと。
口を開く。
「……図書塔も。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
「おもち。」
「すごかったね。」
……
「……?」
「本。」
「いっぱい読んでた。」
……
「……うん。」
……
赤い髪の少女は。
少しだけ黙る。
……
今日。
あの場所で見た。
たくさんの本。
たくさんの紙。
……
その前に座っていた。
少女。
……
「……おもち。」
「なに?」
……
「あのね。」
……
少女を見る。
……
「おもちは。」
「ここに来る前。」
「ずっと。」
「お勉強してたの?」
……
……
少女は。
瞬きをする。
……
「……うん。」
……
少し。
天井を見つめる。
……
「たぶん。」
「ずっと。」
……
赤い髪の少女は。
少女を見る。
……
「……たぶん?」
……
少女は。
小さく頷く。
「最初は。」
「よく。」
「覚えてない。」
……
「でも。」
「毎日。」
「課題があった。」
……
「本を読んで。」
「覚えて。」
「問題を解いて。」
……
「終わったら。」
「次。」
……
少女は。
瞬きをする。
「それを。」
「ずっと。」
……
赤い髪の少女は。
黙って聞いていた。
……
「……そっか。」
……
しばらく。
二人で。
天井を見つめる。
……
「じゃあ。」
「今日は。」
「好きな本。」
「読めてよかったね。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「……うん。」
……
少しして。
口を開く。
「図書塔。」
……
赤い髪の少女が。
少女を見る。
「好きに。」
「なった……と思う。」
……
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
……
少女は。
天井を見たまま。
少し。
考える。
……
「好き……は。」
「まだ。」
「よく分からない。」
……
「でも。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「ずっと。」
「ここにいたいって。」
「思った。」
……
赤い髪の少女は。
しばらく。
少女を見つめる。
……
やがて。
ふっと。
頬を緩めた。
「それが。」
「好きってことなんじゃないかな。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「……そうなの?」
「うん。」
「きっと。」
……
少女は。
もう一度。
天井を見る。
……
好き。
……
ずっと。
そこにいたい。
……
「……。」
……
少しして。
少女は。
口を開いた。
「じゃあ。」
……
「ガゼルが。」
「手を握ってくれてる時。」
……
赤い髪の少女が。
瞬きをする。
……
「胸の奥が。」
「落ち着く。」
……
「それも。」
「同じ?」
……
「……え。」
……
赤い髪の少女の顔が。
みるみる赤くなる。
……
少女は。
気付かないまま。
続ける。
「ずっと。」
「そのままでいたいって。」
「思う。」
……
「……。」
……
赤い髪の少女は。
ぱっと。
反対側を向いた。
……
「……ガゼル?」
「な、なんでもない。」
……
少女は。
首を傾げる。
……
赤い髪の少女は。
少女に背を向けたまま。
頬へ手を当てる。
……
熱い。
……
でも。
それだけじゃなかった。
……
昼間。
少女に言われた言葉。
……
必要ない。
……
胸の奥に。
まだ。
ほんの少し残っていたものが。
ほどけていく。
……
少女は。
そんなことも知らず。
赤い髪の少女の背中を見る。
……
「ガゼル。」
「……なに?」
……
「図書塔。」
「連れてきてくれて。」
「ありがとう。」
……
「……。」
……
赤い髪の少女は。
何も言わなかった。
……
少女からは。
見えない顔。
……
潤んだ瞳を。
何度か瞬かせる。
……
「……うん。」
小さな声が。
返ってきた。
……
少しして。
赤い髪の少女は。
背を向けたまま。
口を開く。
「私もね。」
……
「おもちと。」
「一緒にいられて。」
「毎日。」
「楽しいよ。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「……楽しい?」
「うん。」
……
赤い髪の少女は。
小さく頷く。
……
「一緒に。」
「ご飯食べたり。」
「お話したり。」
……
「手を繋いで。」
「いろんなところ。」
「歩いたり。」
……
少し。
間が空く。
……
「それに。」
……
赤い髪の少女の声が。
ほんの少し。
小さくなる。
「私のこと。」
「ガゼルって。」
「呼んでくれるのも。」
「おもちだけだから。」
……
少女は。
目を瞬かせる。
……
「……そうなの?」
「うん。」
……
「みんな。」
「姫様って。」
「呼ぶから。」
……
赤い髪の少女は。
枕へ。
少しだけ顔を埋める。
……
「だから。」
「おもちが。」
「ガゼルって呼んでくれるの。」
「好き。」
……
「おもちが来てから。」
「毎日。」
「すっごく楽しい。」
……
少女は。
その背中を見つめる。
……
「だから。」
「私も。」
「ありがとう。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
ありがとう。
……
自分が。
言った言葉。
……
同じ言葉が。
返ってきた。
……
少女は。
赤い髪の少女の背中を見る。
「……。」
人差し指を。
伸ばす。
……
ぴっ。
……
背中へ。
触れる。
「ひゃっ。」
赤い髪の少女の肩が。
跳ねた。
……
ぱっと。
振り返る。
……
「お、おもち?」
……
少女も。
そこにいた。
……
近い。
……
鼻先が。
触れそうなほど。
……
「……。」
「……。」
……
二人の目が。
合う。
……
翡翠色の瞳。
……
その向こう。
赤い髪の少女の瞳に。
少女の瞳が映っていた。
……
淡い紫。
その奥。
……
小さな光が。
いくつも。
瞬いていた。
……
一つ。
また一つ。
……
その光を繋ぐように。
細い線が。
幾重にも重なっている。
……
丸く。
弧を描く線。
中心から。
外へ伸びる線。
……
まるで。
瞳の中に。
小さな星空を。
閉じ込めたような。
……
「……きれい。」
……
少女は。
瞬きをする。
「……?」
……
赤い髪の少女は。
瞬きも忘れて。
その瞳を見つめていた。
「おもちの目。」
……
「星が。」
「いっぱいある。」
……
少女は。
少しだけ。
首を傾げる。
「……星?」
「うん。」
……
「それに。」
「線も。」
「いっぱい。」
……
赤い髪の少女は。
もっとよく見ようと。
少女の瞳を見つめる。
……
「星を。」
「繋いでるみたい。」
……
少女は。
何も言わない。
……
自分の瞳が。
そんなふうに見えることを。
知らなかった。
「……変じゃない?」
……
「すっごく。」
「きれい。」
……
少女は。
目の前の。
翡翠色の瞳を見る。
……
「そうなんだ。」
……
少女は。
もう一度。
赤い髪の少女を見る。
……
近い。
……
その瞳が。
少しだけ。
潤んでいる。
……
「ガゼル。」
「ん?」
……
「また。」
「泣いてる?」
……
赤い髪の少女は。
ぴたりと固まった。
「……泣いてない。」
……
少女は。
じっと見る。
……
「泣いてる。」
「泣いてない。」
……
「でも。」
「目。」
「濡れてる。」
「泣いてないもん。」
……
少女は。
さらに。
顔を近づける。
……
「泣いて――」
「もうっ!」
……
赤い髪の少女は。
ぱっと。
少女へ向き直った。
「しつこいおもちは。」
「こうだーっ!」
……
両手が。
少女の脇腹へ伸びる。
……
指先が。
細かく動く。
……
「……っ!」
少女の身体が。
びくっと跳ねた。
……
「な……。」
身を捩る。
……
けれど。
指先は。
逃げる身体を。
追いかけてくる。
「……っ。」
「や……。」
……
息が。
漏れる。
……
「……ふっ。」
……
少女は。
口元を押さえる。
……
「……?」
……
赤い髪の少女の手は。
止まらない。
「まだまだー!」
……
「……っ。」
……
「ふ……。」
「ふふっ……。」
……
少女の身体が。
小さく丸まる。
……
……
「あは……っ。」
「ガゼル。」
「やめ……っ。」
……
少女の笑い声が。
零れる。
……
赤い髪の少女の手が。
ぴたりと止まった。
……
「……。」
少女は。
身体を丸めたまま。
小さく息をしている。
……
赤い髪の少女は。
目を丸くしていた。
……
「おもち。」
……
少女は。
顔を上げる。
「……なに?」
「今。」
「笑った。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「……笑った?」
「うん!」
「笑った!」
……
少女は。
自分の口元へ。
指先を触れる。
「……。」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに。
その顔を見つめる。
……
「もう一回。」
……
両手を伸ばす。
……
少女は。
びくっと。
身体を引いた。
「……やだ。」
「えー。」
「もう一回だけ!」
……
伸ばされた。
両手を見る。
……
「それは。」
「命令……?」
……
赤い髪の少女は。
ぱちりと瞬きをする。
……
それから。
悪戯っぽく笑った。
「命令だったら?」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「……。」
ゆっくり。
目を閉じる。
……
ぎゅっと。
瞼に力を込めた。
……
それから。
両手を。
少しだけ上げる。
……
胸元まで。
……
そこで。
止まった。
……
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
……
少女は。
目を閉じたまま。
じっとしている。
……
逃げない。
……
でも。
両手は。
お腹を守るように。
中途半端に上がっていた。
赤い髪の少女の口元が。
緩む。
……
「えーい!」
……
「……っ!」
少女は。
もっと。
目を固く閉じた。
……
赤い髪の少女が。
そのまま。
飛び込む。
……
「わっ。」
……
ぼすん。
……
二人まとめて。
寝台へ倒れ込んだ。
……
少女は。
目を固く閉じたまま。
動かない。
……
「……?」
……
恐る恐る。
目を開ける。
……
すぐ近くに。
赤い髪の少女の顔。
……
楽しそうに。
笑っている。
……
「ふふっ。」
「びっくりした?」
……
少女は。
何度か。
瞬きをする。
……
くすぐられない。
……
赤い髪の少女は。
そんな少女を。
もう一度。
ぎゅっと抱き締める。
……
「あははっ。」
……
やがて。
腕を解く。
……
そのまま。
ころん。
……
枕へ。
頭を預けた。
……
少女も。
身体を戻す。
……
二人。
並んで。
天井を見る。
……
赤い髪の少女の口元には。
まだ。
笑みが残っている。
……
ちらり。
……
隣を見る。
……
少女は。
天井を見たまま。
小さく息を吐いた。
……
「……つかれた。」
「えっ。」
……
赤い髪の少女は。
ぱちりと瞬きをする。
「ふふっ。」
「ごめんね。」
少女は。
顔を向ける。
「……もう。」
「しないで。」
「うん。」
赤い髪の少女は。
頷く。
「しないよ。」
「たぶん。」
……
「……たぶん?」
……
「あははっ。」
……
少女は。
じっと。
赤い髪の少女を見る。
……
赤い髪の少女は。
笑いながら。
もう一度。
枕へ顔を預ける。
……
やがて。
笑い声が。
小さくなっていく。
……
二人。
並んで。
天井を見る。
……
赤い髪の少女は。
ちらりと。
隣を見る。
……
少女も。
こちらを見ていた。
……
目が合う。
……
赤い髪の少女は。
嬉しそうに笑った。
……
「おもち。」
「……なに?」
……
「明日も。」
「よろしくね。」
……
少女は。
ぱちりと。
瞬きをする。
……
身体を。
小さく丸める。
……
両腕で。
お腹を隠した。
……
「……明日も?」
……
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
……
少女は。
じっと。
赤い髪の少女を見る。
……
「これ。」
「明日もするの?」
……
赤い髪の少女は。
少女の腕を見る。
……
「あ。」
……
「ふふっ。」
「違うよ。」
「くすぐらないよ。」
……
少女は。
しばらく。
赤い髪の少女を見る。
……
「……ほんと?」
「ほんと。」
……
少女は。
ようやく。
お腹を隠していた腕を。
下ろした。
……
「……うん。」
……
赤い髪の少女は。
また。
嬉しそうに笑った。
……
そのまま。
少女の左手へ。
手を伸ばす。
……
きゅっ。
……
指を。
重ねる。
……
少女は。
繋がれた手を見る。
……
赤い髪の少女は。
枕へ。
頬を預けた。
……
「今度こそ。」
「おやすみ。」
「おもち。」
……
「明日も。」
「素敵な一日にしようね。」
……
にこっと笑う。
……
そのまま。
目を閉じた。
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
閉じられた瞼。
……
繋がれた。
左手。
「……。」
少女も。
ゆっくりと。
目を閉じる。
「おや……すみ。」
……
「ガゼル。」




