第31章 第二次中華戦争 序盤(1963〜1967) ― 北中国の浸透、華南の崩壊、日本の介入 ―
■ 1. 1963年
北中国(中華人民共和国)、華南への浸透作戦を開始
1955年の天津休戦協定で中国は南北に分断されたが、 北中国(中華人民共和国)は統一
を諦めていなかった。
● 1963年1月
毛沢東は「華南解放戦争」を宣言。 ただし正規軍の侵攻ではなく、 ゲリラ戦・浸透戦・
政治工作を中心とする。
● 1963年〜
北中国は以下を開始する:
華南山岳地帯へゲリラ部隊を潜入
国府軍内部の腐敗を利用
華南の少数民族(客家・壮族)を扇動
ソ連から武器供与
朝鮮民主主義人民共和国を経由した補給ルート構築
これは史実の北ベトナムの戦略に近いが、 満州工業地帯の存在により補給力が桁違い。
■ 2. 1964年
華南で反政府武装蜂起が連鎖的に発生
● 1964年3月
広西省北部で大規模な反政府蜂起。 北中国の支援を受けたゲリラが国府軍基地を襲撃。
● 1964年6月
福建省山岳地帯でも蜂起。 国府軍は山岳戦に弱く、各地で敗退。
● 1964年末
華南全域で **「華南解放軍」**と呼ばれるゲリラ組織が形成される。
国府軍は腐敗と士気低下で崩れ始める。
■ 3. 1965年
華南危機が深刻化、日本・米国が介入を決定
● 1965年2月
広州近郊で国府軍が大敗。 華南政府(国府)は台北(日本領台湾)に緊急支援を要請。
● 1965年3月
日本政府は「華南の崩壊=台湾(日本領)の危機」と判断。 日米共同での軍事介入を決
定。
● 1965年4月
米国も「アジア版ドミノ理論」を発表し、 日本との共同作戦を承認。
■ 4. 1965年5月
日本軍、台湾(日本領)から華南へ派兵開始
台湾が日本領であるため、 日本軍は台湾を自由に使える。 これは史実のベトナム戦争に
おける「沖縄+日本本土」の役割を 台湾が丸ごと担う形。
● 日本軍の派遣部隊
陸軍:3個師団(台湾駐留部隊)
海軍:南シナ海艦隊
空軍:F-86、F-104戦闘機部隊
● 目的
国府軍の崩壊阻止
華南沿岸都市の防衛
北中国の補給線遮断
■ 5. 1965年6月
米軍、空軍・海兵隊を投入
米国は日本と共同で
空爆
顧問団派遣
海兵隊投入 を開始。
ただし、この世界線では 日本が主力、米国は補助という構造。
■ 6. 1965年夏
華南戦線は“ゲリラ戦+正規戦”の複合戦へ
北中国は
ゲリラ
特殊部隊
補給部隊 を大量投入。
日本軍・米軍は
空軍力
海軍力 で圧倒するが、 山岳地帯では苦戦。
● 1965年8月
広西省・雲南省で激戦。 日本軍は正規戦では優勢だが、 ゲリラ戦では損害が増える。
■ 7. 1966年
北中国、満州工業地帯をフル稼働し“長期戦体制”へ
● 1966年2月
北中国は満州の工業力を総動員し、 ゲリラ向けの武器・補給物資を大量生産。
小火器
地雷
RPG
通信機器
医療物資
これにより、 ゲリラ戦が長期化する構造が完成する。
■ 8. 1966年後半
日本軍、華南沿岸都市を確保するが内陸で苦戦
● 日本軍の成果
広州・福州・厦門を確保
南シナ海の制海権を維持
国府政府の崩壊を阻止
● 日本軍の苦戦
内陸の山岳地帯でゲリラ戦に苦しむ
国府軍の腐敗が深刻
北中国の補給線が切れない
日本軍は **「勝てないが負けない」**状態に入る。
■ 9. 1967年
戦争は完全に泥沼化し、第二次中華戦争が本格化
● 1967年3月
北中国はゲリラを10万人規模に増強。 満州からの補給が止まらない。
● 1967年6月
日本軍・米軍は空爆を強化するが、 ゲリラは山岳地帯に潜伏し効果が薄い。
● 1967年末
華南全域が 「ゲリラ支配地域」「国府支配地域」「日本軍・米軍支配地域」 に三分割さ
れる。
戦争は完全に泥沼化し、 **第二次中華戦争(1965〜1975)**の長期戦が始まる。
第二次中華戦争 序盤まとめ(1963〜1967)
この世界線では、第二次中華戦争は 史実のベトナム戦争よりも大規模で長期化す
る。
● 1963年
北中国が華南への浸透作戦を開始
● 1964年
華南で反政府蜂起が連鎖的に発生
● 1965年
日本・米国が介入 日本軍が台湾(日本領)から派兵
● 1966年
北中国が満州工業地帯をフル稼働し長期戦体制へ
● 1967年
戦争は完全に泥沼化 華南は三分割状態に




