閑話. あの頃の日常
「お前、また妙なことに首を突っ込んだらしいな?」
奏太が結界の綻びを閉じて本家に帰ると、柊士にあからさまに嫌そうな顔をされた。
「別に、俺が自分から首を突っ込んだわけじゃないよ。巻き込まれただけっていうか……」
妖界にある烏天狗の山と人界の間にあいた結界の綻び。それを発見した幻妖宮の武官が、調査の為に入り込んだことがきっかけで、領土への無断立ち入りがどうとかこうとか、結界の穴の付近で揉めていて、無関係な奏太が、何故か仲裁役をやらされたのだ。
「問題事があったら、電話するか、すぐに汐か巽を報告に寄越せって言ってるだろ。幻妖宮側から詫び状が来て知ったんだぞ」
「……だって、柊ちゃんも忙しいし……別に危険もないから、これくらい一人で何とかできるかなって……」
「いろいろ巻き込んで三日がかりで処理しなきゃならない事態を、一人で何とかなったとは言わないんだよ、馬鹿」
「うぅっ、……ごめんなさい」
結局、柊士に皺寄せが行ったらしいことに気づいて、奏太は視線を逸らした。
柊士はハアと大きな溜息をつく。
「面倒事を一人で抱え込むな。こっちに連絡さえ入れれば、いくらでも手を貸せるんだから。俺が動けなくても、淕や栞を行かせるし、白月とも連携をとれる。一人じゃないんだ。ちゃんと、頼れるところは頼れよ」
「……はい」
そうは言っても、奏太は当主仕事に埋もれて押しつぶされそうになっている柊士にも、幻妖宮で璃耀や翠雨相手に身動き取りにくそうにしているハクにも、できる限り負担をかけたくないのだ。
(……結局、迷惑かけたっぽいけど)
そう思っていると、柊士にジロッと睨まれた。
「お前、ちゃんと分かってないだろ」
「わ、わかってるよ!」
しどろもどろにそう答えると、今度は柊士の視線が奏太の後ろに向く。
「護衛役と案内役が、主を諌められずにどうする? 何の為にお前らを奏太につけてると思ってるんだ」
「申し訳ございません」
汐が柊士に頭を下げるのを見て、奏太は慌ててその間に入った。
「俺が知らせなくて良いって言ったんだ。汐達を責めないでよ」
「それぞれがそれぞれの役目をきちんと果たせって話をしてるんだ」
柊士はハアともう一度溜息をつくと、おもむろに立ち上がった。
「……もういい」
その声に、何となく、呆れというか諦めというか、そういう雰囲気を感じ取り、奏太は戸惑う。
「え、ちょ、どこ行くの?」
「疲れたから、休憩する。お前も来い。村田さんが、食事用意してたから」
柊士はそう言うと、すれ違いざまに奏太の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃっと撫でた。
「な、何!?」
奏太はボサボサにされた髪を撫でつける。
「何でもかんでも、あんまり、背負い込むな。お前はお前がやるべきことだけしてればいい」
「……それだけじゃダメだよ。ちゃんと、役に立ちたいんだ」
いつもそう思っているのに、どうにもうまくいかない。
すると、柊士はじっと奏太の目を見据えた。
「お前は、お前のままいればいい。余計なことに気を回して自分を追い詰めるのは、お前の悪い癖だ。変に考え込みすぎるな」
「……そんなこと言ったって……」
「お前に足りないところは、ちゃんと周りが補う。そのために俺がいるし、そのための護衛役と案内役だ」
柊士に言われ、奏太は、ずっと側に控えていた汐や亘、椿、巽を振り返った。
亘と汐は仕方がなさそうに奏太を見ているし、椿と巽は柊士の手前、居心地悪そうに眉尻を下げていた。
「十分、良くやってるよ、お前は」
柊士はポンポンと奏太の背を叩きながら、ドアに向かう。
いつもはあんまり褒めない柊士の声。
それに奏太は少しだけ驚きつつ、廊下に消える柊士の背を追った。
「ちょっと待ってよ、柊ちゃん。俺も行く!」
――暗い部屋。
窓の格子から鬼界の僅かな街灯の明かりが入る。けれど、燐鳳がつけたカーテンに覆われた奏太のベッドにはその淡い光すら届かない。
冷たく閉ざされた空間。
「僕らは直ぐ側に居ますから、どうか、ごゆっくりお休みください」
随分前。遠くに誰かの声が聞こえた気がした。
気づけば、それまで、ずっと自分の両手を強く握り込んでいた手もなくなっている。
けれど、そんなこと、もう、どうだって良かった。
眠ることすら忘れ、奏太はただただ空虚にカーテンの向こうにあるはずの空に目を向け続ける。白い絹で縛り上げられた手で、指先が白くなるほど固く握りしめているのは、胸元に下げた柊士の御守り。
もう、自分が何かもわからない。
けれど、手放すこともできない。
「……苦しい……柊ちゃん……」
存在を罪だと言われても、全てが自分を否定しても。
柊士の言葉と思い出だけが、奏太の中に残された、自分自身を繋ぎ止めるための最後の欠片。それにただ、縋りつくように。




