閑話. 主の部屋の改装計画:side.巽
「……え、何で部屋から出ないといけないの……?」
主の戸惑いの声を封殺するように、燐鳳は非の打ち所のない綺麗な笑みを浮かべた。
「お部屋を、帝位に在るべき方に相応しい状態に整えるためですよ」
「いや、今のままでも十分なんだけど……」
奏太は助けを求めるように巽を見たが、主にも止められない燐鳳を、巽に止められるわけがない。
実際、燐鳳は鬼界に到着するなり、主の居室を「帝位に相応しからぬ粗末な設え」だと断じ、巽を数時間にわたって理詰めで糾弾したのだ。否と言える空気なら、とっくに逃げ出している。
巽に向けられた燐鳳の瞳の奥には、有無を言わせぬ圧がある。加勢せよと雄弁に語る目に、巽はひくっと頬を引きつらせた。
「ま、まあまあ、奏太様。燐鳳殿が、より快適にしてくださるって言ってるんですから、お任せしたら良いんじゃないですかね。ベッドに付いている天蓋だって、今は仮設の状態ですし」
「気づいたら勝手に取り付けられてたやつだけどな」
奏太は不満げに零したが、一切表情を崩さない燐鳳の威圧感に、最後は諦めたように溜息を吐き出した。
「……わかった。勝手にしてくれ」
部屋の間取りから壁紙、カーペット、配置される家具や寝具に至るまで、燐鳳自らが選び抜いた一級品へと総取り替えが始まった。巽は燐鳳の過酷な要望に従い、妖界からの取り寄せ業務を完遂させられた。もちろん、拒否権など存在しない。
武官たちが慌ただしく室内を出入りする中、燐鳳は監督官さながら、些細な不備も逃さぬよう目を光らせている。
この鬼畜上司の下で、武官達は良くやっていられるものだと感心する。
主の前でだけ猫を被る冷酷無比な貴人に、自分もまた振り回される立場に既になっていることから目を逸らしつつ、巽は乾いた笑いを飲み込んだ。
やがて、妖界から取り寄せられた重厚な格子が運び込まれた。雅びやかな装飾が施された、立派な木彫りの品だ。それが、室内の窓という窓に、びたりと隙間なく嵌め殺しの状態で設置されていく。
扇を広げて口元を覆った燐鳳の目が、満足気に細められた。
『人界の木でできているので、陽の気に晒されても燃えないそうです』
縁からそう聞かされたが、日の出ない鬼界で、陽の気を警戒するとしたら、それは――……
そこまで考えて、巽はフルリと背筋を震わせた。
(か、考えちゃダメだ。深読みしちゃダメだ……!)
「巽殿」
「は、はい! 何でしょう、燐鳳殿……」
「外に出て、窓が確実に閉まっているか、確認してきていただけますか? 羽虫の一匹たりとも、通さぬようにしておかねば」
「……羽虫……」
蜻蛉である自分に対して、「虫一匹通すな」とは、一体何の皮肉だろうか。
すると、燐鳳は扇の端から覗く冷ややかな瞳で、にこりと射抜いた。
「防ぎたいのは、害虫だけ、ですよ」
「……害虫……ですか……」
巽はそっと視線を逸らした。主の誘拐事件以降、燐鳳が時折見せるようになった、糾弾の混じった色が瞳の奥に透けて見えたからだ。
「……そ、それにしても、奏太様が換気を望まれたら、どうなさるのです?」
窓を開けられないよう固定された格子の形状では、外気を取り入れることもままならない。
「多少の不便は諦めていただきましょう。いつどこへ消えてしまうともわからぬ聖なる御方を、確実にこの屋敷でお護りするためですから」
鈴を転がすような燐鳳の声には、祈りにも似た、切実な狂気が混じっているように聞こえた。
戻った主は、変わり果てた自室の様子に小さく息を呑んだ。無機質で美しい室内へと歩みを進め、窓に嵌まった格子をそっと指先で撫でる。冷たく、驚くほど滑らかに磨き上げられた木肌。
その顔に一瞬だけ浮かんだのは、囚われた小鳥のような、静かな諦念。
まるでそこが、主を囚えておく為の豪奢な鳥籠のように、巽には見えた。




