↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不完全な神様は主従の箱庭で白日の夢に微睡む――人として生きて死にたかった、ある少年神の話  作者: 御崎菟翔
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/105

58. 白日教会枢機卿の来訪

「……あ、あの〜……私は、これから、なぶり殺されるのでしょうか……」


 数日後、蜻蛉商会の屋敷にやってきた白日教会の枢機卿セキは、椅子の上でこれでもかというほど身を縮こまらせ、怯えた瞳で奏太を見た。


 理由は明白だ。

 壁際を隙間なく埋め尽くす武官たちが威圧感を放ち、奏太の背後には亘と椿が控える。さらに傍らでは燐鳳が鋭い眼光を飛ばし、奏太の隣に座る巽は、引き攣った笑顔で必死になだめるような空気を醸し出している。汐にいたっては、蝶の姿で奏太の肩に陣取り、周囲を警戒していた。


「ごめん、ちょっと過保護が行き過ぎてるだけだから、気にしないで」

「……は、はは……、幼い頃、奏太様に拾っていただいた時のことを思い出すようです……」


 セキは情けなく乾いた笑いを漏らしながら、ちらりと燐鳳を見た。だが、即座に射貫くような視線で睨まれ、スゥーっと顔を逸らす。


「……そちらの方は……白月様を御守りしていた璃耀という方によく似ていらっしゃいますね……」

「ああ、甥っ子だからね」


 三百年前にセキを拾った際も、たった一人の鬼の子を大勢の武官が取り囲み、璃耀を筆頭とした「聞き取り調査」という名の尋問が行われた。彼がトラウマを抱えていても、無理はない。


「あー……燐? セキが緊張するから、席を外してもらっていいかな? 璃耀さんにあんまりいい思い出がないみたいで……」

「叔父が何をしたかは存じませんが、私が奏太様を御守りするのに何か関係がありますか?」


 凍てつくような笑みを向けられ、奏太は思わず視線を泳がせた。

 

「う、うん……ない……かな……」


 ここで燐鳳に逆らっても良いことはない。無視しておくしか無さそうだ。


「それで、セキを呼んだのは、俺が鬼界を離れてる間のことを直接聞きたかったからなんだけど……今起きてる事件について詳しく教えてくれる?」


 奏太の促しに、セキは努めて周囲を見ないようにしながら、重い口を開いた。


「既にお耳に入っているかとは存じますが、聖教会の関連施設で『闇』の発生が多発しているのです。最初は光耀教会の孤児院や修道院でしたが、次第に白日教会管轄の施設へも波及し……さらに不可解なのは、事件を追うごとにその規模が拡大していることです」

「規模が?」

「はい。闇の濃度、範囲、そして犠牲者の数も。それに加え、以前からも報告はありましたが、教会関係者を派遣していない場所で闇が忽然と消失するという現象も起きております」


 セキの言葉に、巽が眉根を寄せる。


「誰かが日石で闇を祓ってるって事ですかね?」

「わかりません。通常、日の力を使えば、焼け焦げた跡や虚鬼の遺骸が残るもの。ですが奇妙なことに、そこには何も残されていないのです」

「最近だけじゃなくて、前からそういうことがあったってこと?」


 奏太の問いに、セキは深く頷いた。


「はい。ただ、顕著になったのはここ最近です。確かな情報ではありませんが、現場付近で、夜間にもかかわらず黒いローブを纏った女児の姿を見たという証言もございます」

「……女児、か。特徴はわかる?」

「いえ、詳しいことまでは……」


 闇の発生地に現れる「女児」。真っ先に思い浮かぶのは、闇の女神だ。

 

『眷属を集め、憎悪を生み、闇を広げる、元女神』


 三百年前、奏太達にそう教えてくれたのは、朱とマソホだったか。


 闇に鬼が呑まれれば、憎しみや悲しみといった負の感情が溢れ、それが闇の糧となる。感情の主は虚鬼と化し、夜な夜な同胞を襲っては新たな負の連鎖を生み出していく。

 闇の女神は、そうして封印されていた陰の御子の力を蓄えていた。陰の御子が消滅した今、集めたその力は、誰のためのものか――


「いずれにせよ、闇の力が強まる一方で、それを祓えるほどの日石を扱える者は限られております。……奏太様の御力に縋るほかございません」

「分かった。闇を祓うのはもちろんだけど、その女の子のことも探りたい。情報が入ったらすぐに――」

 

 言いかけた奏太の言葉を、燐鳳の冷徹な声が遮った。

 

「陛下。そのように安請け合いなさっては困ります」

 

 奏太個人ではなく、妖界の「帝」に対する呼びかけ。

 妖界において、外部との交渉の際に燐鳳が常に口にする言葉に、奏太は顔を顰めた。


「燐、ここは妖界じゃない」

「場所がどこであれ、貴方の立場に変わりはありません。あのような事件を繰り返すわけにはいかないのです。どうか、御自覚を」

 

 燐鳳は厳しく言い放つと、セキへ鋭い視線を向ける。


「セキ枢機卿、でしたか。教会に、日石を使える者がいないわけではないのでしょう? 貴方を含め、その者たちが身を粉にして働けば良いだけでは? 妖界の大君に何かがあれば、どのように責任をとられるおつもりでしょう?」

「し、しかし……」


 セキは気圧されたように声を震わせ、助けを求めるように奏太を見た。


「燐、これは俺の役目だって言っただろ。俺が果たさなきゃならない仕事なんだ」


 人の身体にしがみついている今、その役目すら果たさなければ、本当に、神の力を搾取するだけの存在に成り下がってしまう。


「闇を祓うのは、陽の気で足りる。金の力は使わないし、護衛もつけるから」

「誰を連れて行くおつもりです? 鬼の世で、外を歩く危険を確実に排除できる者がいますか? 屋敷にいてさえ貴方を守りきれなかった者たちに、護衛が務まるとでも?」


 燐鳳は、亘と椿、そして巽や周囲の武官たちを、蔑むように一瞥した。


「燐鳳」


 奏太が咎める声を上げても、燐鳳の態度は揺るがない。

 

「護衛など、どれ程つけても足りません。結界の外に出るなど、言語道断です」


 強硬な燐鳳の態度に、奏太は途方に暮れる。以前であれば簡単に動けていたことが、どうにも、すんなりといかない。


 そこへ、沈黙して考え込んでいた巽が口を開いた。

 

「……では、セキ枢機卿に、可能な限り大きな日石を複数用意していただきましょう。それを、この蜻蛉商会に」

「大きな日石を、商会へ……ですか?」

 

 セキが当惑したように問い返す。巨大な日石を準備するのは、枢機卿といえど容易ではない。石そのものより、そこに込める膨大な「日の力」を用意するのが困難だからだ。それゆえの、奏太への依頼だった。

 

 しかし、巽は首を横に振る。


「中身は空で構いません。奏太様に、この商会内で陽の気を注いでいただきます。それを持って、僕が各地を回りましょう」

「巽!?」

 

 奏太の驚愕をよそに、巽は穏やかに微笑んだ。

 

「眷属であれば、聖教会の者のように強い陰の気で身を守らなくとも、日石の力に焼かれることはありません。日石を起動するための陰の気を外部に放出できるのは、眷属の中でも僕と汐ちゃんだけですが……。奏太様は、汐ちゃんを危険な場所へやりたくはないでしょう?」

「お前だって同じだ! お前に俺の代わりなんてさせられない。この前、どんな目に遭ったか忘れたのか!」

 

 奏太の身代わりとして光耀教会へ赴いた巽は、一歩間違えれば命を落としていた。


 人界からの眷属たちこそ、奏太の拠り所なのに……彼らがいるから人でいたいとこの身に縋ってきたのに。


 彼らは、日向奏太の存在意義そのもの。 

 神の力を使ってでも、玄からどれほど罰せられても、罪悪感に押しつぶされそうになっても、それでも耐えてきたのは、彼らとの普通の日々を守りたかったからだ。無くせば、奏太が奏太でいる意味自体が無くなってしまう。


「絶対にダメだ。動くなら、俺自身でやる」


 闇の女神の影が見えた以上、亘や椿だって、本当なら連れて行きたくない。


「巽は今まで通り、商会の仕事をしてろ。護衛には、朱と玄を呼ぶ。先代眷属が居ればいいだろ」

 

 陌はマソホの下で軍の指揮をしているから安易に動かせない。藍もまた、先代から守られてきた拠点の守護を一人でしている。


「奏太様、我らも同行を」


 亘の声が背後に低く響く。それに、奏太はコクと頷いた。


 そもそも玄は、鬼や闇に、神を宿すこの身が脅かされることを極端に嫌う。奏太個人をどう思っていようと、護衛としての役目は、毒づきながらも完遂するはずだ。

 そこに朱や亘たちの目があれば、尚更、無茶な真似はできないだろう。


 「燐、譲れるのはここまでだ。俺は、妖界の帝である以前に――秩序の神なんだよ」

 

 燐鳳は納得のいかない様子で、険しい視線を奏太に向けたが、やがて、諦めたようにふっと目を伏せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。