19. 礼拝室での会話:side.ハガネ
光耀教会の小さな礼拝室の一つ。ハガネは恭しく、黒に白髪の混じった初老の男に頭を下げた。
今ここには、四名が集まっている。光耀教会の枢機卿、ハガネの他に、二名の司祭。
「しかし、大司教に迫られても力を明らかにせぬとは。人の司祭など、無理にでも連れてこられないものですか?」
司祭の一人はそう言うが、簡単にそれができていれば苦労はない。
「白日教会側が、随分と守ろうとしているようだ。それに、普段は教会にも居ない。公に問い合わせても、居場所も明らかにしない徹底ぶりだ」
ハガネが司祭に返すと、サイ枢機卿は低い声音を出す。
「聖遺物の件は、本当に来るのだろうな?」
「そちらは問題ないかと。ただ、セキ枢機卿が同席することになってしまいましたが……」
本当は、例の人の司祭だけを呼び寄せるつもりだった。あれ程、過保護に守られているとすれば、本人や周囲は頑なに日の力を認めようとしないが、少なくともあの奏太とかいう司祭が特別だと認めているようなものだ。
「光耀教会に取り込むおつもりで?」
別の司祭が問うと、もう一人が頷く。
「日の湧泉に制限がある以上、閉じ込めて日の力を搾り取るだけでも、抱えておく価値はあります。うまく利用するのが良いでしょう」
それに、枢機卿は小さく首をかしげた。
「さあて。教皇様のご意思次第だが」
「はは、日の力を有する人妖を献上すれば、さぞお喜びになるでしょう。光耀教会も安泰かと」
司祭の一人が愉快そうに笑った。
「しばらく光耀教会で隠しておくのも手では? 日の力をある程度絞り尽くしたあとに引き渡すでも遅くはないでしょう」
司祭達は、日の力が齎すのは莫大な財と光耀教会の輝かしい繁栄にしか目が向いていないようだ。
しかし、あの奏太という人の司祭は、どうにも一筋縄ではいかないところがある。
「何れにせよ、こちらに来るよう口説き落とすか、言うことを聞かぬようなら、自らこちらに来るよう仕向ける必要がある。話はそれからだ。もう少し、あの司祭について情報を得られれば良いが」
「セキ猊下の従者のうちに、白日教会から遠ざけられた者がいます。そこから情報を得ましょう。あの司祭に随分と手痛く噛み付かれたようですから」
ハガネの言葉に、司祭達は嘲笑の声を上げた。
「日の力を持つとはいえ、人ごときに良いようにされるとは」
「白日教会の枢機卿も、どうやら飼い人の言いなりのようですね」
「そう言うな、お前達。ハガネ、その従者達の件、頼めるか?」
枢機卿の声に、ハガネは恭しく頭を下げた。
「お任せを」
――数日後。
「蜻蛉商会、か」
ハガネはギッと椅子の背もたれに寄りかかり、報告書に目を通す。
日の力を使う人の司祭は、何故か、密かに蜻蛉商会との会合に呼ばれる事が多く、その後、気づけば居なくなっているという。
「そちらから探ってみるか。確か、蜻蛉商会は鳴響商会ともつながりがあったはずだな」
「欲しい人妖がいるが、手に入らぬとこぼしていましたね。いくら交渉しても、どれほど金を積んでも、突っぱねられるだけだと。ついには、これ以上しつこくするならば国に訴えるとまで言われたようで」
報告書を持ってきた従者が、丁寧な口調で言う。
「ああ、あそこは人妖の商会だったか。深い関係があるのかもしれないな。どうやら、詳しく調べる必要がありそうだ」
ハガネは、窓越しに、鉛色の空の下にあるだろう一軒の屋敷の方に目を向けた。
「それから、奴隷商から、面白い物を手に入れたと報告が」
従者はもう一通の折り畳まれた封書を取り出し、スッと差し出す。
「奴隷が、これを?」
開けば、一通の手紙とともに、空の日石のペンダントが入っていた。
「ええ、兄弟共々手に入れた奴隷のうち、先に売り払った兄のほうが弟を取り返そうと忍び込んできた際に持っていた、と。先日の闘技場にいたようで、日石を隠し持っていたことで生き残ったのだと思われます。ただ、その割に日石には輝くほど日の力がこめられていて、さらに中央に金色の力があったと。日石のせいで随分な被害を受けたようです」
「ふうん。それで、その兄弟は?」
「白日教会に逃げ込まれ、手出しできなくなったと」
ハガネは日石をかざすようにしてじっと中を覗き込む。
「金色の力、か。彼の御方の力もそうだったな?」
「ええ。しかし、実物を確認したわけではありませんので、何とも」
(金の力の込められた日石。闇の現れたこの時期に、果たして偶然なのだろうか)
「……何れにせよ、猊下に、お伝えせねばならないな」




