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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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16. 商会長室への知らせ

 白日教会から商会へ帰ってきてすぐ、商会長室。


 未だ不機嫌なままの亘をチラっと見てから、巽が呆れ半分に奏太に問うような視線を向けた。


「ところで、亘さんは、どうしちゃったんですか?」

「闇の女神の力から遠ざけたのを拗ねてるんだよ」

「闇の女神、ですか?」


 奏太の言葉に、巽が不可解そうに繰り返した。


「いろいろあったんだ」


 奏太が疲れた息を吐くと、椿が代わりとばかりに巽に説明を始めた。

 

「闇を祓いに行った先で、例の光耀教会の大司教に待ち伏せされてたんです。日石を使って闇を祓うところを見学したいと言われて」


 椿の言葉に、巽は大きく目を見開いた。


「え、それ、どうしたんです!? だって、陽の気を使わないと日石の力を出せないじゃないですか!」


 奏太も亘も椿も、直前まで気づかなかったことに、巽はすぐに思い至ったらしい。

 巽を最初から同行させていれば、あんな気苦労はしなくて済んだかもしれない。


「奏太様の中にあった、陰の気をお使いになったんです。闇の女神の」

「それって、三百年前、奏太様が闇に冒された時の……?」


 奏太はそれにコクと頷いた。


「大丈夫なんですか……? だって、あの時……」


 巽は不安気に奏太を見る。三百年前、巽は奏太が生死の境を彷徨っていた場に居合わせていた。ただでさえ陰の気に弱い人の体に、鬼さえ耐えられない濃い闇を注ぎ込まれ、瀕死の状態で本家に運び込まれたのを見ていたのだ。

 

「陰の気に耐えられる身体に作りかわったから、今は問題ないよ。ただ、あの時、俺の中に入った闇は祓われたわけじゃなくて、身体の中で共存できるように調整されただけだったんだ。だから、三百年の間ずっと俺の中にあった。あの大司教に陽の気を見せるわけにもいかないし、それを使うしかなかったんだ」

「それで、亘さんを遠ざけた、と」


 巽は不機嫌な亘に視線を向けて眉尻を下げた。


「亘さんが闇の女神に支配された時、本当に大変だったんですから、そう怒らず奏太様のお気持ちも理解して差し上げたら如何です? 亘さんだって、忘れたわけじゃありませんよね?」


 巽の言葉に、奏太が「うんうん」と頷いていると、亘はジロと奏太と巽をまとめて睨む。しかし、すぐにハァー、と深く息を吐き出した。


 闇の女神に支配されていた時に亘が仕出かしたことは、かなり大きな事態だった。巽もまた、その被害者だ。

 亘も、その時のことを思い出したらしい。


 亘の機嫌が落ち着いたのを横目に、奏太はもう一度、巽に真面目な目を向けた。

 

「闇の女神の件はそれだけじゃないんだ」

「……まだ、何かあるんですか?」

 

 巽は眉を顰める。


「闇の現場に残されたガラス玉。あれに、闇の女神の力が僅かに残ってた。闇の発生源かもしれない。一応回収してきたから、(あけ)に調べさせたいんだ」

「例のガラス玉ですか……わかりました。朱さんと連絡取ります。それにしても、光耀教会の大司教、やっぱり警戒が必要ですね。まさか、闇の現場で待ち伏せなんて――」


 巽がそう答えた時だった。


 トントンと、扉をノックする音が外から響いた。


「商会長、鳴響商会から、また手紙が。いい加減、きっぱりと断りを入れていただかねば困ります。あと、これも、一緒に対応を……」


 巽が返事をする前に、ガチャリと扉が開く。妖界から連れてきた商会員の一人が、面倒そうな顔で手紙を指で弾いた。


 そこで、部屋の中の奏太達にようやく気づいたのか、ピタリと動きを止める。

 

「も、申し訳ございません! 奏太様がいらっしゃると思わず、失礼をっ!」


 ガバっと頭を下げる商会員に、奏太はひらひらと手を振った。

 

「ああ、いいよ、気にしないで続けて。鳴響商会の件がどうなったか、俺も気になってたんだ」

「し、しかし……」


 商会員はそう言いつつ、チラっと巽を見る。それに、巽は小さく息を吐いた。


「僕から説明するんで、手紙だけ置いていってもらえます?」

「は、はいっ」


 商会員はタタっと商会長の机まで駆け寄り、パッと手紙を置くと、そそくさと扉まで戻り、ペコリと頭を下げる。そして、あっという間に居なくなってしまった。


「……俺、嫌われてんのかな?」

「どちらかというと、畏れられてる、ですね。もっと言うと、背後にいる方の存在が大きすぎます。いつ奏太様はお帰りになるのかと、随分と突き上げられているようですよ、妖界の方々は」

「……ああ、燐鳳(りんほう)か」


 ゾッとするような笑顔で小言を言う妖界の側近を思い出し、奏太は息を吐いた。


「祭祀の日には帰るお約束だったでしょう? それを二度もすっぽかしたせいで、あちらは随分お怒りだとか。妖界から連れて来た者たちは、日々寄せられる催促と、戻ったあとのあの方の怒りを恐れて胃をキリキリさせているようですよ」

「よく知ってるな」

「ここに来る者来る者、愚痴をこぼしていくんです。そろそろ、奏太様を説得してほしい、と」


 巽は心底疲れたような顔で、奏太を恨めしげに見る。

 

「それに、ほら、ちょうど在庫切れの発注要望が出てます。いい機会だと思いますけど」


 巽は、先ほどの商会員が手紙と一緒に持ってきたらしい書類をピラっと一枚持ち上げた。


「在庫切れ?」

「うちの主力商品である薬草ですよ。だいぶ出払ったので、追加がほしいんです。発注・入庫業務は奏太様の仕事じゃないですか」

「……俺があっちに顔を出すための口実に押し付けられた仕事だけどな」

「それでも、仕事は仕事ですから」


 巽はニコリと笑う。それに、奏太は小さく息を吐いた。


「まあ、発注と入庫は、いつもみたいに済ませるか」

「卸問屋との直接やり取りじゃだめですよ、幻妖宮(げんようきゅう)を通さないと」

「なんで?」

「意味がないからです。さっきの僕の話、聞いてました? それに、今までこっそり直受けしてくれてた御問屋に燐鳳殿の手が回ったようで、こっちの商会から何とかしてくれと手紙で泣きつかれましたから。もう、直では応じてもらえませんよ」


 パカリと開いた口がふさがらなくなってしまった。


「そろそろ大人しく御縄につくべきだと思いますけどね、僕は。奏太様御一人が投降して犠牲になってくださるだけで、僕も含め下々の精神が安定するんですから。匿うのも限界ですよ」

「……いや、犯罪者じゃあるまいし……」

「犯罪者じゃなく、御説教から逃げ回っている子ども、という方が正しいですかね」


 ニコニコとした顔だが、随分と辛辣な言い方をする。普段のしわ寄せが全部きているせいか、巽は巽で、だいぶ腹に据えかねているらしい。


「…………ちょ、ちょっと、考えさせて……」

「在庫が足りないって言ってるじゃないですかぁ、所有者様(オーナー)


 目が据わっている。怖い。

 

 視線をそらしてみたが、ジっと見据えられているのがよくわかる。

 しばらく壁を見ながら無言に耐えていると、今度は、トンと指で机を叩く音が聞こえた。


「これのこともありますし、そろそろ観念してください」


 見ると、巽は先ほどの手紙の上に指を置いていた。


「これって、鳴響商会?」

「ええ。奏太様を買い取りたいと言ってきた一件について、何度か断りを入れたんですけど、全然引かないんです。何を言っても食い下がってくるし、言い値も釣り上がっていくばかりで。あまりにしつこいので、人妖保護に反していると国に訴え出ても良いと先日突き返したんですけど、それからは脅しまがいのことを言ってくるようになって来てて。落ち着くまでのちょっとの間だけでも、避難したほうがいい気がしてます」

「そんなもの、マソホにでも言って潰させればいいだろう」


 ずっとだんまりだった亘が、唸り声を出した。しかし、巽は首を横に振る。


「明確な罪もないのに、潰せませんよ」

「なら、こっちで潰しに行くか?」

「やめてください……」


 巽はハアと息を吐いて額に手を当てた。


「原理原則は、その地に生きる者達の理を崩さないこと、です。前に(あけ)さんに詳しく聞いたんですけど、奏太様に課せられてる制約の範囲って、結構曖昧なんだそうです。安易な事をして抵触するのは避けたいじゃないですか。罰を受けるのは、僕らじゃなくて奏太様ですよ?」


 巽の言葉に、亘は未だ納得いかなそうな顔をしながら口を閉ざした。

 

「だから一回、妖界に帰りましょう。鳴響商会が何をしてくるかも分かりませんし、避難の意味でも、商会運営の為の追加発注の意味でも、ついでに妖界から連れてきた者達の胃の腑のためにも。その間、僕はこっちに残って、鳴響商会をどうにかできないかマソホにもう一度相談してみます」 

「光耀教会の件は?」

「まだ、呼び出しはありませんし、あの大司教も厄介そうです。聖遺物の件までは変に接触しないようにした方がいいです。闇についても、しばらくは聖教会に対処を任せましょう。一度鬼界を離れて気分転換して、ついでに先帝陛下のお墓参りでもしてくるのが良いんじゃないですかね。そろそろ、命日でしょう?」


 妖世界の先帝。奏太を導いてくれた、もう一人の大事な従姉。


「……もう、そんな時期か」


 ここのところ、鬼界の問題ごとに気を取られて、妖界や人界の方が疎かになっていた。


「じゃあ、一回、陽の山にある墓にでも……」

「いいえ、幻妖宮に行ってください」


 奏太が言いかけたのを遮って、巽はぴしゃりと言い放った。

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