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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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14. 闘技場の闇④

 階段を降りた先。闘士控えの下に広がっていた空間は、地下牢になっていた。


 並んだ格子の向こう側には、一箇所に複数人が入れられていたようで、中の者たちはほとんどが死んでいる。


 光を壁に遮られて生き残ったらしい虚鬼が数体いて、全身やけど状態でガシャンと音を立てながら格子にぶつかってきたり、こちらに長い爪のついた手を伸ばしたりしてきたが、それを亘がことごとく始末していった。


「牢に囚え、闘士として使い潰していたんでしょうか……」


 椿が眉根を寄せる。亘も、格子の向こうを見やって頷いた。


「死んでいる者たちは、虚鬼に食い殺された者よりも、武器で殺された者の方が多そうだな。闇の発生前に殺されて、憎悪や恐怖が闇の原因になったのだろう」


 亘の言葉に、奏太は目元に手を当てた。

  

「囚えてたってことは、闘士として戦うことだって本人達の意思じゃ無かっただろうに、囚えられてた牢屋の中で殺されたり、闇に飲まれて虚鬼に変わらなきゃならないなんてな……」


 なんとも惨い状況だ。やっぱり、闇の発生源なんて、碌なところはない。自分が同じ立場に置かれたらと思うと、やりきれなくて胸が痛くなる。


「奏太様、あの一番奥、闇が少し残っているようです」


 亘にポンと軽く肩を叩かれ、奏太は顔を上げた。思考を切り替えろと、亘の目が言っているのが分かった。


 示された方を見れば、確かに一番奥の牢に、祓いきれなかった闇が溜まっている。しかも、格子の間から、いくつか手が伸びている。三体ほどだろうか。


「一気に祓っていただいた方が良いかと」


 亘の言葉に、奏太は眉根を寄せ、小さく息を吐き出した。

 

 この牢屋に閉じ込められた者たちに一瞬でも心を寄せてしまったせいで、陽の気で焼くことに躊躇いができてしまった。たとえ虚鬼と言えど、元は理不尽に囚われた普通の者達だったはずだ。


「奏太様」

「……わかってるよ」


 闇が残っている以上、やらないわけにはいかない。奏太はぐっと奥歯を噛み、闇の残る牢の前に立った。

 中には虚鬼が三体。その後ろに、数名の遺体が積まれているのがチラと見える。


「……せめて、できるだけ苦しまないように、一瞬で焼いてやるから」


 ここは石牢。周囲が焼け落ちる心配は要らない。苦痛の時間が長引かないように、強力な陽の気で一気に。

 そう思いつつ、格子に向かって両手をかざし、手のひらに力を込めていく。


 しかし、手のひらが光を帯び始めたところで、牢の中から、


「ま、待ってくれっ!!!」


という声が響いた。


 通路側ではなく、格子の向こう側から声が響いた事に、奏太は目を瞬く。

 虚鬼は言葉を発しない。それなのに、何故闇の中から声がしたのだろう。

 

 声の主がいったいどこに居るのかを確認しようと、奏太は格子の方に一歩踏み出す。

 しかしその前に、虚鬼達が声の主が居ると思われる方向を一斉に見た。


「亘、椿!」


 ハッとした奏太が咄嗟に声を上げるかどうか、という一瞬の間。亘と椿は、格子ギリギリのところまで大きく踏み出し、刀を格子のこちら側から思い切り突き出し虚鬼を止める。


 虚鬼達が声の主に襲いかかる前に、中にいた三体を格子の外から、あっという間に倒してしまった。

 

「……声がしたのは、どこからだ?」


 奏太が言うと、積まれた遺体の山がごそごそっと動く。亘も椿も、奏太を護るようにしながら格子の中を警戒している。


 ゴロリ、ゴロリと遺体が転がり落ちたかと思えば、そこから、体中に血の染みを作り薄汚れた若い男が一人、ムクリ体を起こし、ほっとしたように、こちらを見た。


「……た、助かった………あのまま、狂った奴らに食い殺されるかと…………司祭様、来てくださって、ありがとうございます」


 男はホッと息を吐く。

 

「ずっと、遺体の中に隠れてたのか? 闇で他の者が凶暴化していく中で、どうやって正気を保っていられたんだ?」


 奏太が聞けば、男は先ほどまでの事を思い出したのか、ブルッと身震いした。

 

「……わ、わかりません……」

「ここで何があった?」

「き……急に入り口の方で、殺さないでくれって悲鳴がたくさん聞こえ始めて、理由はわからないけど誰かが牢屋の中の者を殺して回ってるって騒ぎが伝わってきて……そうかと思えば、急に何かが割れる音がして黒い靄がでてきて、しかもそれがどんどん濃くなっていって、毒でみんな殺されるんだって誰かが叫んで、みんな恐慌状態になっていって……一緒に閉じ込められてた連中も、どんどん狂ったみたいに仲間を殺していくし……」


 男は涙目だ。震える手で、ぎゅっと胸元の何かを握りしめていた。よほど怖い思いをしただろうことは、話を聞いただけでわかる。


「闇の原因は、何者かが起こした、その混乱、ですか」


 亘の言葉に、奏太も頷く。阿鼻叫喚の中、恐怖の渦を闇が飲み込んでいったのだ。

 

「亘、ここから出してやって」

「鍵を破壊するのに、少し、御力をお借りしても?」

「分かった」


 鬼界の物は、どんな物でも陽の気に弱い。可燃性の物は燃えるし鉱物は脆くなる。脆くなるとはいっても、少し弱くなるくらいで、奏太の力で破壊できるほどではないけれど。


 周囲に気をつけながら鍵を握り込むようにして陽の気をしばらく当て続け、ある程度のところで亘が自分の力を凝縮した刀の柄で力いっぱいに叩けば、鍵は簡単に壊れて落ちた。


 亘の力だけでも何とかなったのでは、とも思うが、奏太が陽の気を注ぐかどうかで随分違うらしい。


 牢の中にいた男は不安そうな顔で出てくると、周囲を見回した。


「……闘技場の者は居ないんですね」

「ここに居るのは、俺たちだけだよ」


 奏太が言うと、男は聞いて良いのかどうか迷うように、おずおずと奏太を見た。

 

「……あの、俺、もう、闘技場で戦わなくて良いんですか?」


 また牢屋に閉じ込められたり、無理やり闘わされたりするのを恐れているのだろう。


「闘技場がこんな状態だし、良いんじゃないかな。聞きたいこともあるし、白日教会で保護すれば」

 

 軍に引き渡されたり、光耀教会に連れて行かれたりしたら、じっくりと話を聞く機会を失いかねない。かと言って、人妖ばかりの蜻蛉商会に鬼の保護はできない。そういう意味では、白日教会が最適だろう。


「……あの、白日教会に保護って言ってましたけど、俺、行きたいところがあるんです。弟を助けに行かないと……」

「弟はどうしたんだ?」


 奏太の言葉に、男は表情をふっと曇らせる。


「俺の家、没落した貴族の家系なんですけど、つい最近まで都の端のほうで平民として普通に暮らしてたんです。母は随分前に亡くなったので、幼い弟と二人だけで……けど、どこかで先祖が貴族だったって話が伝わったみたいで、突然、強盗が複数でやってきて……俺も弟も、売り飛ばされたんです。俺は闘技場に、弟はどこに売られたかも分からなくて……」

「……そうだったんだ……」


 その男の目が、心配の色に揺れる。見覚えのある表情。奏太をずっと見守り支えてくれていた従兄が、奏太に向けていたものと重なる。

  

 奏太は僅かに目を伏せた。大切な者を失う辛さはよくわかる。たった一人残された弟なら、何としてでも取り返したいだろう。


 そう思ったところで、ふっと男の首からかかった淡く弱々しい光を放つ水晶玉のような物が目にとまった。


「……それ、日石だな」


 不意に、そう呟くように言うと、男は胸元の水晶玉に視線を落とす。


「昔、死んだ母からもらった御守りです。握ってると温かくなって体が楽になるって気づいて……俺、外にいる弟を助けないといけないのに、こんなところで死ぬわけにいかなくて、とにかく無我夢中で、死んでいった奴らの中に隠れて……」

「……御守り、か」


 奏太はポツリと呟く。奏太が昔、肌見放さず持っていたものは、古くなって壊れてしまうのが怖くて大事にしまったきりだ。


「それ、ちょっと見せてもらえるかな?」

「は、はい」


 男は首からそっと日石を外して奏太の手に乗せた。

 

「本当はもっと、キラキラしてたはずなんです。でも、怖くて握りしめてるうちに、どんどん光が弱くなっていって……」


 もっと強い光があったのなら、きっと、闇の中で、この男を守るために日の力を消費してしまったのだろう。


「御守りの力が、闇から守ってくれてたっことだよ。君を守るために、力をほとんど使い果たしたんだ」

「……家宝だって言われてた、母さんの形見だったんですけど……」


 男は悲しそうに目を伏せる。

 日の力の込められた御守りには、奏太自身も何度も救われてきた。家族の遺品なら、尚の事、大事なものだろう。

 

「大丈夫、元に戻るよ」

「……ホント、ですか……?」


 奏太はニコリと笑って見せると、それをぎゅっと握り込む。

 

(直接、力を貸してやることはできない。でも、せめて……)


 そうやって力を込めて手を開けば、力強く輝く白い日石が姿を現す。その中央には、金色の小さな粒が一つだけ、浮かんでいた。


「君に、神の加護がありますように」


 そう言いつつ、奏太は男の手に日石を返す。

 その瞬間、亘が怒声を上げた。日石の中のものを見たからだろう。

 

「奏太様!!」

「怒鳴るなよ。『日石の力を使っただけ』だよ」


 どうせ、聖教会に属さない者には、どうやったかなんてわからない。『日石の力』と言っておけば問題ないだろう。


 そう思ったのに、亘の表情は変わらない。

 

「そうではありません! その金色は――」

「……意味があるかどうかもわからないくらい、ほんの少し、気持ちだけだ」

「それでも、過分です。そのように、いちいち無関係な者にまで心を寄せていては、貴方自身に負担がかかります」

「過分かどうかは、俺が決める。お前は口を出すな」


 奏太が睨むと、亘はぐっと口を噤む。

 

「……すごい。母さんからもらった時より、輝いてる。それに、真ん中の金色の、すごくキレイだ」


 一方の男は、吸い込まれんばかりに、日石をじっと見つめていた。


「それをもとに戻した代わりってわけじゃないんだけど、一晩だけでいいから白日教会に留まってくれないかな。怪我の手当ても必要だし、詳しくこの事件の話が聞きたいんだ。弟のことは、手がかりがないか教会側にも探ってもらうようするから」

「……良いんですか……?」


 男は、亘を気にするようにしながら奏太を見る。


「もちろん。猊下に頼もう」 

「あ、ありがとうございます!!」


 男は感激したように深く頭を下げたが、亘は始終不機嫌なままだった。

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