4 ありがとう太一
「太一、もう起きて。朝ごはん食べてちょうだい」
台所からばあちゃんの声がする。みそ汁と炊き立てのご飯の香りがする。昨日は、どうやらあのまま眠ってしまったらしい。時計を見ると8時。
「太一、おはよう。よく眠れたか?」
「うん。みっちー、昨日なんかしたでしょ。急に起きてられなくなったし」
「私はなにもしてないぞ。疲れが溜まってたんじゃないか?それよりも良いにおいがするなぁ…。太一のばあちゃんの朝ごはん楽しみだ!」
良く寝たからか頭がすっきりしている。筋肉痛もふくらはぎが少しだるいぐらいですんだ。
「そうだ。願い事なんだけど、俺みっちーの姿見たい」
「えっ?そんな願いでいいのか?できるけど、せっかくだからもう少し考えたほうがいいんじゃないか?太一」
「他に思いつかないし、それでいい」
「わかった。じゃあ石が石碑に無事くっついた時、一瞬だけ姿を見せるからよく見ておくんだぞ」
「うん。もう支度しないと。とりあえず朝ごはんにしよう」
「そうだな。太一のばあちゃんなに作ってるのかな?」
台所の引き戸を開けると、ばあちゃんが忙しそうに大きな鍋をかき混ぜている。隣の蒸し器からも湯気が吹き上がっている。
「太一、やっと起きた。ほら、ごはん食べちゃって。今日は皆に豚汁持ってこうかと思って5時に起きて作ったの。ついでに小麦饅頭も」
目をこすりながら太一は、ごはんと豚汁を盛り付ける。食卓の上には厚焼き玉子と焼き鮭、味付け海苔と自家製のぬか漬けが並んでいる。
「じいちゃんとばあちゃんは、一時間も前にご飯食べたから。じいちゃんは、もう庭で準備してるよ」
「太一、朝からごちそうだな。豚汁は、沢山具が入っていて豪華だ。早くまんじゅう蒸し上がらないかな!楽しみだ」
道守は今日もご機嫌だ。太一はぬか漬けのキュウリをかじってご飯をかきこむ。
じいちゃんの軽トラに草刈り機と、工具箱、スコップ、バケツ、ポリタンク、セメントと砂の袋が一つずつ、レジャーシートや豚汁の入った鍋、カセットコンロを積む。荷台があっという間に荷物でいっぱいだ。助手席に小麦饅頭の入った重箱を持ったばあちゃんが乗り込む。
太一は、自転車で迎えに来た則と一緒に軽トラの後をついていく。
石碑前に着くと、すでに則のじいちゃんやばあちゃんが作業をしている。則のじいちゃんは、伸び放題の楠に梯子をかけ、枝落としをしている。則のばあちゃんは、石碑にこびりついた苔をたわしで丁寧にとっている。
「信ちゃん、早いわね」
「あら、文ちゃん。うちの友則が石碑を壊したんだから、お詫びをしようと思って」
「草が凄いわね~。腕が鳴るわ。さあ、みんなできれいにしましょう」
太一と則にゴミ袋と軍手と鎌を渡され石碑の周辺から草取りを始める。
朝から雲一つない青空で、草取りをしていると次第に汗ばんでくる。
「太一、今日も暑いな。あ~疲れた。俺、今日筋肉痛だよ」
則は太ももをさすっている。
「俺も少しふくらはぎがだるいけど…」
「こら2人とも、口じゃなくて手を動かして」
太一のばあちゃんが腰を伸ばしながら立ち上がる。
(ばあちゃんたちだって、にぎやかにおしゃべりしながらやってるのに…)
太一のじいちゃんは、草刈り機で畦道の草を刈っている。
11時ごろ、町のマークが入った軽自動車が畦道にとまった。運転席には、太一の父さんが乗っている。
「おっ、やってるね」
両手にビニール袋いっぱいの飲み物をもっている。見慣れない一眼レフのごついカメラを肩からさげている。
「そのまま作業続けてて」
シャッター音が響く。
「父さん。ちょっとなんで撮ってるの?」
「来月から町の広報誌で歴史のコラムが始まるから、その資料として必要なんだ。皆さんカメラ目線とかしなくていいから、そのまま自然に作業してて」
ひとしきり写真を撮り終わると、休日出勤で役場に戻るとのことで軽自動車を走らせていった。
「もうすぐお昼だから、休憩にしましょう」
太一のばあちゃんがレジャーシートを楠の下の木陰に広げカセットコンロで豚汁を温め始める。重箱には、小麦饅頭。則のばあちゃんも二段の重箱を広げる。おにぎりをぎっしり詰めてきたらしい。ついでにタッパーに糠漬けのニンジンやたくあんも用意してきたらしい。太一の父の差し入れのお茶と湯気の立つ豚汁を配る。
風が心地よい。太一は、おにぎりをかじると赤紫蘇漬けの真っ赤な梅干しがのぞく。則のばあちゃんのお手製の梅干しや漬物は、安定のおいしさだ。2個目はおかかのおにぎりだった。太一のばあちゃんの熱々の豚汁も大きな鍋で作ったからいつもよりおいしく感じる。デザートの小麦饅頭も、手作りのあんこがたっぷり入っていておいしい。
「太一のばあちゃんの小麦饅頭は絶品だな」
道守は相当気に入ったようだ。
甘党の則も、2つ目の饅頭に夢中でかぶりついている。さっきおにぎりを4つ食べたばっかなのに…。
「おなかも一杯になったし、そろそろ石碑の補修に取りかかろうかな?」
太一のじいちゃんが軽トラに積んでいたポリタンクやバケツなどを下ろしてきた。バケツにセメントと砂を入れシャベルで丁寧にかき混ぜる。ポリタンクの水を少しずつ加えながらさらに混ぜる。完全に馴染んだところで左官小手にモルタルをとり丁寧に石碑の欠けた部分に塗っていく。日曜大工が趣味の太一のじいちゃんの手つきは無駄がない。
「太一、石出して」
タオルに包んだ石をトレーナーのポケットから取り出す。
「太一、いよいよさよならだ。今から一瞬だけ姿を見せるからよく見ておくんだぞ!」
じいちゃんがモルタルを塗った面に石の向きを確認しながらゆっくりと圧着する。
くっつけた部分が光った瞬間、石の傍らに背がすらりとして、白い衣と袴を身に着けた姿が浮かび上がった。黒髪を後ろで一つに束ね、色白の切れ長の目の青年だ。
「太一、今まで本当にありがとう」
(髭も生えてないし、おじさんでもない。しかも結構イケメンじゃん…)
楠や多羅葉がざわめき突風が吹き抜ける。道守の姿は一瞬で消えた。
「風が吹いたね。神様が喜んでらっしゃる」
太一のばあちゃんは、お神酒と供米をそなえ、手を合わせた。




