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なぜこんなことになっているのかわからない。
地下牢からいきなり引っ張りだされて、今はヴァレシアの自室にいる。
広く豪奢な部屋だ。
僕は床の上に座っていた。
目の前には白いドレスを着たヴァレシアが足を組んで座っている。
ドレスのスリットから見える褐色の肌から眼を逸らした。
しかし、どうしても視線が戻ってしまう。
艶やかな褐色の太股から眼が離せない。
顔が熱くなるのを感じ、下を向いた。
「犬。」
「...。」
「聞こえんぞ?犬?」
「...わん。」
「犬、言葉を口にすることを許そう。」
満足そうにヴァレシアが言った。
「顔を上げろ。貴様、なぜこのような事になっているか、わかるか?」
「い、いえ...。」
「ふん...。そうであろうな。だが、全ての原因は貴様にあるのだ。」
「ぼ、僕に?何か失礼なことをしましたか...?」
ヴァレシアがなぜこんなことを言うのかわからない。
「チッ...。なぜこのような奴が...。」
「はい...?」
「...貴様、貴様が我がギギサナスに卑怯極まりない手で勝利したことで、このようなことになっているのだ!」
ヴァレシアが苛立ちを込めた声音で言った。
「7日後、このセント王国では王位継承戦が行われる。民の前で王族通しが殺し合い、最も強き者が王となる。
この世で最も盛大で混沌とした祝祭...。野蛮な因習だ...。」
そう語るヴァレシアの顔に一瞬影が滲んだように見えた。
「その決闘は、王族と魔獣の2体が互いを守り、互いの能力を引き出しながら行われる。王と魔獣の絆を見せつける場でもあるのだ。」
「...もしかして、それに僕が出るってことでしょうか...?」
恐る恐るヴァレシアに尋ねた。
ヴァレシアに冷たい表情が満ちた。
「思い上がるな、犬。貴様ごとき塵芥が勝利できるほど甘い戦いでは無い。」
ヴァレシアが脚を組み換える。
「無論、私はギギサナスとこの決闘に挑むつもりだ...。だが...。」
ヴァレシアの苛立ちが唇を噛ませた。
「...何か、マズイ事でもあるんですか?」
恐る恐るヴァレシアに聞いた。
ヴァレシアの切れ長の瞳が僕を正面から捉えていた。
歯を噛み締める音が鳴った。
「貴様...あの忌まわしきラーナの聖粉...。あれをどこで手に入れた?」
「ラーナの聖粉...?あの、白い粉のことですか?あれはえーと...途中で貰ったというか...」
「貴様っ、その様子まさか...。あれの価値や効果も知らずに使っていたのか!?」
ヴァレシアが身を乗りだした。
「は、はい...。あの時は無我夢中だったので...。」
ヴァレシアの肩が脱力していく。
「そんな...。そんな馬鹿なことがあるか...。こんな阿呆に我がギギサナスが偶然敗れたというのか...。」
ヴァレシアがその頭を項垂れた。
凄く落ち込んでいるようだった。
「あの...大丈夫、ですか?」
立ちあがり、ヴァレシアの側に近づいた。
血の気が引いた。
真紅の瞳が爛々と輝いていた。
刹那、体の中心に信じられないほどの衝撃が走った。
骨と内蔵が軋む嫌な音。
ヴァレシアの拳が胸を打っていた。
体が跳ね跳び、天蓋付きの華美な寝台にぶち当たる。
音を立てながら柱が折れ、羽毛が舞う。
胸が焼けるように痛い。
「やはり、頑丈さは並みではないようだな。」
靴音が近づいてくる。
肺が苦しい。
ヴァレシアが僕を見下ろした。
「殺すつもりで拳を打ったのだが、まだ生きている。貴様、やはりタルドゥの民であろう?」
「はぁ、はぁ...。違い、ます...。」
「ふん。まあ良い。死ね。」
ヴァレシアが頭を踏み潰そうとした。
これは、まずい。
咄嗟に左に転がり、ベッドから落ちた。
ベッドが割られ、床が陥没する音が鳴り響いた。
羽毛まみれの床に手をついて何とか立ち上がった。
「よく避けたな。犬。」
紫色の口紅が引かれた唇が笑みの形を描いた。
「これはどうだ?」
目の前にいたヴァレシアの姿が消える。
怖い気配が右側からした。
反応が遅れた。
遠慮の無い衝撃が鳩尾を襲った。
褐色の膝頭がめり込んでいる。
嘔吐感が反射的に込み上げる。
「...!!!!」
「だらしのない犬め。脚が汚れたではないか。」
シャツの襟首を片手で掴み上げられた。
息が苦しい。
「ヒュー...ヒュー...」
「ふむ。血が出ておらんな...」
ヴァレシアが僕を見ている。
まるで観察でもしているかのようだ。
どうにかして、今のうちに逃げないと本当に殺されてしまう。
しかし、体に力が入らない。
逃げないと。
無い力を振り絞って、腕を振り上げた。
弱々しい手のひらがヴァレシアの頬を叩いた。
それを受けたヴァレシアはぽかんとした表情を浮かべた。
「ビンタ、か...?クク...この私に、ビンタか...くくく。あっはっはっはっは!!」
堪えるようにヴァレシアが笑い声を上げた。
「合格だ犬!取っておけ!」
襟首を掴まれたまま僕の世界が反転した。
堅そうな床が見える。
これは、まずい。