10
橙色に染まる天井が見える。
ここは何処だろうか。
柔らかな感触を背中に感じる。
起き上がると大きなベッドの上にいることがわかった。
「どうして...。」
「6時間強か...。回復するのも恐ろしく早いな、犬。」
ヴァレシアがベッドの横の椅子に腰かけ此方を見ていた。
「ひっ...!」
「何、そう怖がるな。何もする気は無い。安心しろ。」
聞いたことの無い柔らかな声音でヴァレシアが言った。
テラスから射し込む夕日がヴァレシアの顔を橙色に染めつつあった。
「...ほんとうですか?」
「ああ。今はな。」
ヴァレシアがからかうような笑みを浮かべた。
「貴様には利用価値がある。」
「利用価値、ですか?」
「そうだ。貴様にはリハビリを手伝って貰う。」
「む、無理ですよ!?医療や魔法の知識だってないし...」
ヴァレシアがゆっくりと首を降った。
「安心しろ。貴様は何もしなくて良い。むしろ何もしないことこそが重要なのだ。」
「は、はぁ...?まぁそれなら僕にもできますけど...。」
「うむ、そうであろう。まぁ貴様には拒否権は無い。嫌と言っても協力させるつもりだ。」
「そんなぁ...。」
ヴァレシアがくすくすと笑った。
その様子をまじまじと見ていたらヴァレシアの顔が急に赤くなった。
「犬!何を見ている!無礼であろう!」
「...いや、その...ヴァレシアさんはいつも難しい顔ばかりしていたので...その、珍しくてつい...。」
「ほう、口答えするとは躾が足りなかったと見えるな...?」
ヴァレシアの顔に影が差していく。
「ごめんなさい!ごめんなさい!調子に乗りました!」
「ふん...。しかし、そうか...。」
ヴァレシアが何やら考え込むような口振りで言った。
「ヴァレシアさん...?」
ドアが叩く音が響いた。
「なんだ。」
ヴァレシアが応える。
「ヴァレシア様、お食事の用意ができました。」
「何っ!?もうそんな時間か!急ぎ着替えの用意を頼む!」
「失礼いたします。」
扉が開き、若いメイド達が部屋へ入ってきた。
ヴァレシアを中心に忙しくなく動き始めた。
何やらここに居るのが気まずくなってきた。
「そ、それじゃあ僕は外に出てますね...。」
「ならん。」
有無を言わせない声が響いた。
「貴様を逃がすわけにはいかぬ。此処にいろ。」
「に、逃げませんよ。それにその...」
ヴァレシアの方をチラチラと見た。
合点がいかないと言う顔をしていたヴァレシアの表情が笑みに変わった。
「クク。安心しろ。小僧ごときに見られて困るほど貧弱な体はしておらぬ。日々の鍛練を欠かしたことは1度もないわ。ほれ。」
ヴァレシアは一息にタイトなドレスを脱いだ。
「...!!!」
一瞬、凄く大きな2つの胸が見えたような気がした。
咄嗟に視界を覆ったのに眼に焼き付いている。
「ふん。そこで少し待っていろ。」
衣服を着る音が近くで続く。
「よいぞ。」
ヴァレシアが言った。
眼を開けると、黒のドレスに身を包んだヴァレシアが立っていた。
タイトなノースリーブのドレスがヴァレシアの豊かな曲線を強調させていた。
肌の露出は少なめだったが、脚にはいつものように太腿が見えるほど深いスリットが入っていた。
ノースリーブの肩口から伸びた褐色の腕の先に黒く長い手袋をつけていた。
ドレスには白い魔獣の意匠が施されていた。
ヴァレシアの姿に思わず魅入ってしまった。
「ん、どうした?この魔獣が気になるのか?犬。」
「...はっ...!いや、そ、そうです!凄く強そうですね!!」
「ふふん。中々良い眼をしているな。褒めてやろう。」
ヴァレシアが得意そうに言った。
「これはな、我がセント王国の守護獣なのだ。初代のセント王と共にこの王国を作り上げた魔獣。セント王の死を見届けた後も永くこの国を守護し、今もどこかでこの国を見守ってくれていると伝わっている。」
そう言って大事そうに意匠を撫でた。
「へ~...。」
「それにしても犬。貴様の格好酷過ぎるぞ。」
「へ?」
僕の衣服は所々が破れ、煤に汚れていた。
指摘されると何だか恥ずかしい気持ちになった。
「でも、これはヴァレシアさんのせいですよ...?」
「ふむ。それもそうだな。」
ヴァレシアが指をパチンと鳴らした。
メイド達が颯爽と1列に並んだ。
「皆、この小僧に何か見繕ってやってくれ。」
「お任せください!」
「えっ...!」
眼鏡をかけたメイドがじりじりと迫ってくる。
眼の光がやけにキラキラしている。
「な、なんか、怖いんですけど...。この人たち...。」
「安心せよ。皆、その道を極めし者たち。任せておけば良い。」
「で、でもっ!?」
「心配しないで下さい...。私たちがしっかりと、ウヒヒヒ...」
メイド達が手をわきわき動かしながら近寄ってくる。
身の危険を感じた。
「ちょっと僕、トイレに...。」
「逃がしませんっ!まずはお風呂で体を洗いあげます!!」
「嫌だあああ!!!」
「ほう。見違えたではないか。犬。」
「...ありがとうございます。」
メイド達に弄くり回されたけど、確かにまともな服装に着替えることができた。
糊の効いた白いYシャツに黒い半ズボンをサスペンダーで留めている。
長い靴下に黒いローファー。
髪の毛まで整えられてしまった。
「ヴァレシアさん、僕子供じゃないんですよ?この格好は恥ずかしいですよ...。」
「気にするな。似合ってるではないか。」
「そんなぁ...」
「お前達、手間を取らせたな。」
「いえ!ぜひまたお申し付け下さいませ!」
やけに肌ツヤが良くなったメイド達が言った。
「では、参るか。犬。」
「え?」
「え?ではない。食事だ。貴様も腹が減っているだろう?」
「は、はい...!」
「うむ。良い返事だ。おっと、忘れる所だった。メイド長。持ってきたか?」
「はい。こちらに。」
そう言って、丸眼鏡をかけたメイドが黒い何かをヴァレシアに差し出した。
「ヴァレシアさん、それは...。」
「これか?見ての通り、首輪だ。」
事も無げにヴァレシアが言った。




