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2 口寄せの術

 凄まじい爆炎が闘技場と思わしき場所を包み込む。

 観客席にあたる位置からそれを見ていた者達は、あまりの威力にその熱と爆風を受けることとなり、腕を顔の前へと掲げてそれらから己の身を守ることに必死になった。

 そして徐々にその熱と爆風がおさまってきたことで視界が晴れ、先程まで見下ろしていたそこへと視線を向ける。

 そこに、立っていたのは彼らにとって見覚えのない一人の金髪の少女のみ。

 その少女の後方で、腰を抜かすようにして地面に座り込んでいる少年が一人。

 その少女の正面、幾分か離れた位置に黒焦げになって倒れこんでいたのは、もう一人の少年と犬。

 少年と犬は気絶しているのか、白目をむいている。

 死んでしまったのではないかと焦る者もいる中で、少女が口を開く。

「火力は手加減しましたので、死んではいませんよ」

 と。

 まるでこちらの思考をよむようなその言葉に、誰もが少女の存在に恐怖した。





「さあ、悪者は倒しましたよ。これでよろしいですか?」

 アスナは前方で気絶して倒れている少年と犬を見て満足そうに頷くと、後ろを振り返ってもう一人の少年を見――

「? どうして座り込んでいるのですか?」

 そこにお尻を地面につくようにして座り込んでいることに気づいて、不思議そうに首を傾げた。

 よく見れば、その口は馬鹿みたいにぽかんと大きく開いていて、目も大きく見開かれている。まるで化け物にでもあって驚いたかのような様子に見えなくもない。

「ちょ…っ、え……っ、な、何だ、今の……? 火遁……?」

 言葉をうまく紡ぐことができないのか、少年は途切れ途切れに言葉を発する。

 アスナは、今度は反対側に首を傾げてみせた。

「カトン……? 何ですか、それ?」

「え? 違うの? じゃあ何だ?」

「何だと言われても、ただの火の魔法ですが……」

「まほう……?」

 互いが互いの言っていることを理解できず、変な顔を向け合ってしまう。

 先程までは異様な程静まり返っていたその空間だったが、アスナ達のやりとりを上から見ていて恐怖から固まっていた面々も気を確かに持ち始め、それによりざわざわという喧噪が戻ってきた。とはいえ、離れている為にアスナにとってはその騒がしさは気にならない。一人、考えに没頭する。

(魔法を知らない…? 元の場所とは違う場所なのかしら…?)

 アスナの住んでいた国であれば、魔法を知らない存在などいないといってもよい。近隣の国もまた同様で、魔法や聖なる力は全国共通の力という認識をしていた。それを知らないとなると、よほど他国と関わり合いのない辺境の島国かどこかだろうかと思考を巡らすが、残念ながらアスナは辺境の国についての知識まではない。

「………ところで、先程口寄せ?と仰っていましたが、それは召喚魔法の一種ということでよろしいのでしょうか?」

「え? しょうかんま…ほう……?」

「……言い方を変えますね。私は、貴方に、呼び出されたのでしょうか?」

「え……、あ………多分……」

 アスナに問われ、少年は恐る恐るといった口調で小さく答える。

「……………狐を呼び出そうとした……んだけど……」

「狐……」

 アスナはじっと己の姿を見返す。

 手はしっかりと自由に動く五本の指がある。

 服だって見覚えのある白い服を纏っている。

 後ろを確認しても、そこに獣の尻尾はない。

 目を開いてから己の姿を確認していなかった為、もしかしたら己が物の怪になってしまった可能性もあるのではないかと思ったが、どうやらそういった事はないらしい。アスナはアスナの姿のままだった。

「申し訳ありません。私は人ですので、狐ではないのです」

「いやいや、それは見ればわかるし」

 ブンブン、と少年が手を振ってツッコミを入れる。

 狐でないことを納得してもらい、それに納得したアスナだったが、そうなると間違いでアスナは呼び出されたということになる。

 じっと少年を見つめれば、少年はばつの悪そうな表情を浮かべた。

「………ごめん。俺、忍術が苦手なんだ…」

「ニンジュツ……?」

 それがどういった類のものかはアスナにはわからないが、それを聞いて納得する。先程、少年が周囲の人達から馬鹿にされたように感じたのは、そこからきていたのだろう、と。

 アスナは少年を安心させるように、己の胸を一度、とんっと叩いてみせた。

「――任せて下さい。私、これでも変身魔法も心得ていますわ」

 言って、体の中で魔力を練りこむ。

 そして力ある言葉を発すると共に―――ぽんっ、と白い小さな煙を上げて、アスナは一匹の狐の姿へと変身した。そのふさふさの毛が金色であるのは、アスナの髪の色が金色である名残である。大きさでいくと、ちょうど少年の頭の上に乗れそうなくらいの若干小さめの金色の狐。

「これで問題ないですね」

「いやいやいやいや!! 問題ありまくりだから…っ!!!」

 ぎょっとして狐となったアスナを見遣る少年。

 ブンブンブン、と思い切り頭を左右に振って、両手も同じように思い切り振りまくっている。

 慌てふためく少年を一瞥して、少しだけ考えた後にアスナは変身魔法を解く。

(てっきり術が成功ということにして喜ぶと思ったのですけど…)

 どうすればいいのか、と。アスナがまた己の思考に浸かろうとした矢先、第三者の声が掛けられた。

「―――とりあえず、君達は僕と来てもらおうか」

 声の方をアスナが振り返れば、そこには困った表情を浮かべた背の高い一人の男性の姿が。

 その手には、破れた何かの紙切れが握りしめられていた。





 案内された場所は、闘技場と思わしき場所――正しくは演習場だった――から少し離れた場所にある建物の一室だった。広くもないが狭くもない。小さな会議くらいであればできそうな広さのそこには、木で作られたテーブル席があり、勧められるままにアスナはその中の一つの椅子に腰を下ろす。同様に少年もアスナの隣なりの椅子へと並んで座らされた。

 テーブルを挟んで向かい合うようにしてその男性が座る。

 歳の頃は二十代後半といったところだろうその男性は、見る限り人の良さそうな雰囲気を醸し出していて、彼はテーブルの上へと手で持っていた紙切れを静かに置いた。

 アスナはその紙切れへと視線を向ける。

 棒のような物が中心にあり、それに紙を巻きつけてある。その紙の一部分を見せるようにしてテーブルの上へと置かれているのだが、それは見事にびりびりと破れていた。破損部分が多くて書かれている文字が見辛いが、そもそもの問題として、アスナにとって見覚えのない文字や記号が描かれているので、もしこれがここにおいての文字であれば、アスナは読むことが出来ない。

 だが、アスナと違って少年には読めているらしい。

 その破れた紙を視界に入れるなり、一瞬にしてその顔を蒼褪めた。

「これ……破れて………」

「そうだな。破れてしまっている。――これが示すことは理解できているか?」

「……っ。は、はい……」

 理解できないアスナを余所に、二人が会話を始める。

 肩身を狭くするように縮こまっていく少年の姿に、男性が大きな溜息を吐き出す。

 そして、男性はアスナへと視線を向けるなり、その頭を下げた。

 それが意味をすることは―――謝罪。

「申し訳ないのだが、君を元にいた場所に返すことが難しくなってしまった」

「返す………方法があったのですか?」

「ああ。……本来ならこの巻物を使えば帰還させる事ができたのだが……この通り、術が描かれている場所が破れてしまっている。こうなると、術を行使することができないんだ」

(巻物…。なるほど。巻いてあるから巻物と言うのね)

 アスナは言い得て妙だと納得する。しかし本と違い、一枚の長い紙を巻いてある為、自分が見たい部分を見る為にはひたすら巻いてあるのを解いていかなければならないのは不便ではないだろうかと余計な事を考え始め――たのを思い止め、見せられた部分へと視線を向け直した。

「見事に破れていますわね」

「ご、ごめん……っ!」

 がばっ、と思い切り頭を下げる少年。

 二人に頭を下げられて、アスナは困ったように少しだけ眉を寄せた後で、言った。

「とりあえず、『ここ』のことと、どういう状況なのかを詳しく説明して頂けますか?」

 わからないことがたくさんある。

 返せない――つまりは、元いた場所に帰れないのであれば、現状を把握する必要がある。

 アスナは一切、悲観に囚われていなかった。

 なぜならば、元いた場所に戻ったとしても、崖から身を落としているのである。その身が無事だとは言い難い。寧ろ、あの時の周囲の人達の言葉を借りるのであれば、《断罪と審判》により天が救い、新しい地で生きよという思し召しとも考えられる。

 そして、男性により語られたことは―――『ここ』がアスナにとって異世界だろうという事だった。

 口寄せという術は、アスナが居た所でいう召喚魔法に値するものだったようで、その名の通り、別の場所にいる存在を呼び出すというものだった。本来であれば最初に行う口寄せで呼ばれた存在と血の契約を交わし合うことで、今後の口寄せを迅速に行う事ができる。だが、少年は自己申告した通りに忍術――という魔法に似た何かが『ここ』には存在しているらしい――が不得意で、誰とも契約をする事ができないでいた。

 今回、口寄せされた生き物とタッグを組む相手と演習で戦うことになった為に、ダメもとで少年は口寄せの術を発動させた―――ところで、おそらく暴発。何らかの手違いで、アスナが呼ばれてしまったという事だった。そして、術の元となる紙が破れてしまった為に元の場所に返すことができない。

「なるほど…。ニンジュツですか…」

 ニンジュツ――忍術は、おそらくアスナの居たところでいう魔法のようなもの。

 根源となる《力》は異なるのか、少年はおろか男性からも魔力を感じ取ることができないが、魔力とも聖なる力とも異なる別の《力》を感じ取ることはできた。

「私はこの忍者養成学園で教師をしている、水島だ。そして、こいつは学園の生徒の一人の大和という」

「蓮見大和、です……」

 教師――水島に言われて少年が座ったまま軽く頭を下げる。

 自己紹介を受けて、改めてアスナは少年――大和の姿を失礼でない程度に観察した。

 髪の色は他の色を一切許さない程の漆黒。

 瞳の色は黄土色のようにも見えるが、鈍い金色のようにも見えなくもない。若干吊り上った目つきが人を寄せ付けない雰囲気を出しそうなものだが、今は肩身を狭そうにしているせいか恐さは一切ない。

 背の高さはアスナよりも若干低めの為、年齢的には似通ったものなのかもしれないとあたりをつける。

 ふと気が付けば、水島と大和の視線がアスナへと向けられている。

 アスナは自身もまた自己紹介を求められているのだと察した。

 アスナは椅子から立ち上がって両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げたまま腰を曲げて頭を深々と下げ、膝をより深く曲げた。所謂、貴族の子女としての挨拶であるカテーシーを行ったのだが、これに大和達が目を見開いた。

「私はアスナ・レニウムと申します。元いた場所では魔術師養成の為の学園に通っておりました」

「え……? な、何? その挨拶……?」

「至って普通の貴族としての挨拶ですが?」

「え…!? き、貴族……!?」

 ぎょっと目を見開く大和を余所に、水島がすかさず口を開く。

「アスナさんは地位が高かったのかい? その…、こちらの世界にも貴族の方々は存在するのだが、私達とは到底顔を合わせたりできる身分ではないのでね」

「いいえ。確かに平民の方に比べれば貴族の方が身分は上ではありますが、学園では貴族も平民も身分の差なく過ごしておりましたのでお構いなく」

(あくまで学園の中では、ですけれど……)

 下手に畏まれても困ると思い、アスナは心の中で言葉を続ける。それは賢明な判断といえただろう。もしここで、私は偉いのだとふんぞり返ろうものなら、この後の対応が全く異なってしまったに違いない。

 その言葉に水島がほっと胸を撫で下ろす。

「まじゅつ……というものについて聞いてもいいかい?」

「おそらく、ですが………貴方方が言うところのニンジュツと似ているものと考えて頂けばよいかと思います。火を出したり水を出したり、色々なものがあります」

「なるほど……。さっきのは火遁に似ていたしな…。場所が違えば名前も異なるということか…」

「……いえ。ですが、似ているだけで根本的な《力》は異なるものだと思います。私が使う魔法には魔力が必要となりますが、失礼ですがこちらの方々から魔力を感じ取ることができません。代わりに別の《力》は感じ取ることができるのですが……」

「え? そんな事がわかるのかい?」

 水島もアスナが言ったことを感じ取ろうとしているのか、アスナを観察するように視線を向けるものの、いまいちそれを感じ取ることはできなかったようで、片手の指でぽりぽりと顎のあたりを掻きながら軽く首を傾げた。

「私には君にも《通力》があるように感じ取れるけれど……」

「いえ、異なるものです。これでも一人前の魔術師の資格は所持しておりますので、その辺りの感知は得意分野なのです。……―――ところで、二つほど伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 アスナは水島へと視線を真っ直ぐ向ける。

 その視線を受けた水島は、何でも聞いてくれと言うように己の胸を叩いてみせた。何とも頼りがいのある教師である。

「私と―――そちらの大和様」

「へ? 俺?」

 突然の名指しに、大和の身体が小さくビクつく。

 別に捕って喰おうとしているわけでもないのに、失礼な反応ではあったが、それをアスナが気にすることはない。代わりに、言葉を繰り返すようにして己を指さした後で、大和を指さしてみせた。

「何かの《力》で繋がっておりますよね?」

「え!? そうなのか!?」

 何処が? どうやって? と探るように大和が視線をあちこちへと彷徨わせるものの、もともと忍術が得意ではないと自負するだけあってその繋がりを見る事は難しいのか、向けている瞳がどんどんと細められていく。必死になって見ようとしているのは伝わってくるが、残念ながら目を細めれば見えるものではない。

 そんな大和とは違って、水島は冷静に二人へと視線を向けていた。

 アスナはその水島の瞳がうっすらと光を放っていることに気が付く。《通力》と呼ばれる力を瞳に集中させている為の変化であった。

「……………確かに、繋がっているな…。多分、口寄せの関係上、呼んだ者と呼ばれた者という事で繋がっているんだろう。しかし……これは…………厄介な…」

 水島の眉間に難しそうな皺が寄せられていく。

「な、何が厄介なんですか? 先生………」

「…………普通は《通力》で繋がるものなんだが……」

「―――そこでもう一つ、お尋ねしたい事が関係してくるのですが」

 水島の言葉を遮るようにアスナが口を開いた。

 アスナの視線は大和を射抜く。


「―――大和様、その《通力》をお持ちではありませんよね?」


 その、言葉に。

 大和だけでなく水島の身体が大きく跳ねた。

 大和の目が大きく見開かれる。

「先程の場所にいらした方を一通り『視た』だけですけれど、皆さん《通力》をお持ちのようでした。ですが、大和様からは全く、それを感じ取ることができません。――私と、同じように」

 アスナはそこで、意味ありげに間をおく。

 ごくり、と。

 唾をのみこんだのは果たしてどちらであったのか。

 嫌な沈黙に、大和の横顔から冷たい汗が流れ落ちる。


「もしかして、大和様も私と同じように、異世界からいらしたのではありませんか?」


 水島の表情が顰められ、同時に大和の顔から血の気がひいていく。

 それは、アスナのその言葉を肯定しているといってもよい反応だった。


少し短いです。

話しによってワードで6~10くらいで差がでてくるかもしれませんが、ご了承下さい。。。

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