passion
週末の店内は
早い時間から混み始めている
壁際の丸テーブルの
脚の長いスツールに腰かけてメニューを開いた
祖父が他界したあとも
祖母と二人で暮らした
母と継父の間には
弟が二人いるが
別々に暮らしているため
たまに訪ねても
慕ってはこない
たぶん
これからもずっとそうだろう
「朱音」
息を弾ませた彼が
皿を下げる店員に通路を
譲られて近づいて来る
「おれ、ビールたのんで」
「走ったの?」
「あー、少し」
そう言って、史哉は上着を脱ぐと壁のフックにかけた
まわってきた店員に
ビールとグラスワイン
バケットつきの前菜
イベリコ豚のローストを
注文する
「ハーフボトルにしたら?おれも飲むから」
「じゃあ、ハーフボトルで」
店内は賑やかで、週末の解放感に溢れている
顔を近づけないと
声がかき消されそう
「課長につかまりそうになってさ、携帯が鳴ったふりして逃げた(笑)」
「大丈夫?」
「今日は嫌だよ」
「うん…」
バルの小さなテーブルの下で お互いの脚が密着する
史哉は意図的に
自分の脚の間に 私の脚を挟むようにしている
史哉の太ももの内側に
自分の脚をくっつけると
しだいに体温が伝わり始める
「あんまり、飲まない方が良いかな」
私はこっくりと頷いた
それでも
料理が運ばれてくると
史哉はあっという間に
グラスを空けた
「おれさー、来年は福岡かも」
「え?東京に戻ったばかりなのに?」
「うん…
朱音、一度さ 親父に会ってくれないかな」
その言葉の意味を考える
史哉は29
私は26
同期入社の女子で
総合職以外の子たちは
ぼちぼち寿退社が出始めている
20代のうちに一人目を産みたいと話す友だちは意外と多い
「史哉のお父さん、どんな方なの?」
「ふつうのおっさん」
「もう」
先入観は持たない方が良い
史哉の母は
彼が中学生の時に
交通事故で亡くなった
再婚を勧める声もあったそうだが
思春期の難しい年頃の
息子を慮り
男ふたりの生活を
楽しんだと聞く
じつは
早く会いたいと思っていた
お泊まりデートの時は
ラブホテルではなく
シティーホテルを
朝食付きで予約する
旅行会社に勤める友人に頼むと よほど急ではない限り部屋をとってくれる
ダブルベッドの上で
夕方買ったばかりの
ミッドナイト・ブルーの
タイツを
ゆっくりと片足ずつ
脱がせる彼の手が
剥き出しになった
太ももの内側を撫でる
照明は落とさず
いつも
下着の上からも
愛撫にたっぷりと時間をかける
私は夜が更けるまで
せつない声を
漏らし続けるのだ




