FARO
ファロ資生堂の
白く明るい店内で
向かい合った史哉の父の
ネクタイの結び目を
見つめながら
言葉を探していた
「お呼び立てしたのに
ランチに誘って頂いて…」
「食事をしながらの方が
間がもつと思ってね」
「下のカフェでも
とても嬉しいのに…
ファロのランチだなんて
申し訳ないくらいです」
「自分が食べたいだけだから
遠慮しないで」
前菜に続いて
彩りのよいフェットチーネが運ばれてきた
「史哉さんが家に戻ってないと聞きました
私のせいです
本当にごめんなさい」
「朱音ちゃんが気に病む事ではないよ
父親と息子というのは
反発しながら認めあっていく所があるからね
殴りあうこともたまにはあるさ」
「とてもそんな風に見えません」
「母親がいないから
緩衝材がないでしょう?
無駄な衝突を避けていた所もある
逃げ場がないからね
史哉にとっては
朱音ちゃんが逃げ場だったのに
ぼくが割り込んだと思ったのだろう」
「…私はまだ
そんな存在には
ほど遠いと思います」
「いやいや
朱音ちゃんとおばあちゃん
は史哉にとってのホームだよ
ありがとう」
「お父さんは
淋しくないですか」
「男盛りだからね
ぼくはこれで
わりとモテるんです」
やっと
笑いがこぼれた
スプーンに
幅広のパスタを小さく
丸めながら
この
穏やかな雰囲気が
自分の中の暖かな思い出と
重なっていくのだと
あらためて感じた
「酸素マスクをつけた父が
眠るように亡くなりました
処置の最中でしたから
すがることも出来なくて
マスクの中で唇が
朱音…と動いていたのに
手をとってこたえてあげられなかった
早く…早く
間に合わなくなる…
おろおろしながら泣いていたんです
時々 夢に見るのに
いつも 間に合わないの…
すがりついて
朱音だよ
まだ駄目だよ…?
そう言えたら
持ち直せたのではないかって思えて…
史哉のお父さんにキスをしたとき
ようやくたどり着けたような気持ちがしたんです」
「朱音ちゃんのお父さんは
とても
幸せだと思う
いつまでも
そんな風に思われて…
ぼくは当時
かみさんが亡くなった実感が
まるでなくてね
でも
生活をしていく上で
自分の役割がとたんに増えて
必死な気持ちが先だった
おい お前
どこに行っちまったんだ?
って 恨みがましく思っていたよ
淋しさは
もっとずっと後かな…」
気を許すと
嗚咽がこぼれそうになるのを必死でこらえていた
「朱音ちゃん
言い方は悪いかもしれないけれど
お父さんのことは
もう忘れなさい
今からは自分の幸せを
史哉と歩む人生だけを
考えて良いんだよ
これは
君のパパからの言葉と思いなさい
朱音
お父さんから離れなさい」
泣きながら
不思議と
体が軽くなっていくのを
感じた
パパ…
ずっと愛してる…
いまは
サヨナラするときなんだね