変化
季節は夏を迎えた。
朝も夜も過ごしにくいはずの夏なのに、世間は何故か陽気な空気に包まれている。
太陽はまるで、燃えていないと消滅してしまうと言わんばかりに照りつける。
植物は待っていましたと言わんばかりに葉を広げ、上へ上へと背を伸ばす。
学生は夏の過ごし方についての話題で持ちきりだ。
僕はといえば、夏だといって特別な事はなにもない。
いつもより重宝される図書室(空調があるため)のお気に入りの席で本を読む。いつもどおりだ。
照りつける夏の日差しに、パステルカラーの花々がすこしうっとおしいが、快適な室温の中で本を読む贅沢を満喫する。
しかし、最近少し図書室での過ごし方に変化が起こった。
毎日毎日お気に入りの席で本を読んでいたのが、いつのまにか図書委員の間で噂になり、図書委員の神崎さんがある日話しかけてきたのだ。
「いつもこの席で本読んでいるよね、どんな本を読んでいるの。」
僕は声を掛けられる事などありはしないと決め付けていたので、かなり驚いた。驚きが何かを助けたのか、素直に答えてしまった。
「別に色々だよ。今は歴史小説にはまっていて、今も読み終わったところだよ。」
彼女もまさかまともな返答が返ってくるとは思っていなかったのか、驚きを隠せない顔をしていた。お互いに驚いた顔をして見合わせた状態で数秒沈黙。
沈黙を破ったのは、神崎さんだった。
「ご、ごめん。まさか、まともな答えが返ってくるとは思わなくって。」
なんと正直な。確かに僕の見た目で、いつも本を読んでは帰っていく仏頂面の少年に話しかけて会話が成立するとは思わないだろう。
「そっちから話しかけておいて、まともな返事を期待してなかったの。」
メガネを指で少したくし上げながら少し不機嫌そうに言ってみた。
「い、いやそういう意味じゃなくて。あ、違わないか。ごめんね、いかにも愛想のなさそうな人だから、無視されるか、邪魔とか言われるかと思っていたからさ。」
どこまで正直なのだ。ここまで堂々と言われると怒る気もうせるから不思議だ。
「じゃあ何故話しかけたの、こんな愛想の欠片もない人に。」
「いやだな、嫌味言わなくたっていいじゃない。私図書委員なんだけど、うちの委員会で話題なのよ、窓際のメガネの君。」
「何それ。」
「君のことだよ。あ、ごめん。私は神崎ミコト、1年生です。あなたは。」
「僕は冴木総、同じく1年です。それで窓際のメガネの君って何。」
「いやね、総君が毎日毎日この席で本を読んでいるじゃない、しかも総君、見た目はハンサムだからみんな気になっちゃってね。それでいつの間にか窓際のメガネの君なんて呼び名がついたって訳。」
いきなり下の名前で呼ばれても、不思議と違和感がなかった。
確かに、月曜から金曜日まで毎日閉室時間まで本を読んでいるのだから、図書委員なら興味をもったとしても不思議はないか。
「それで、いつか声かけてみたいよねって話になって、今に至るわけです。」
「そう。ここは静かだし、日当たりいいからお気に入りの席なんだよ。まさか、図書委員の中でそんな話になってるとは知らなかったよ。」
「きっとすごく気難しくて、ぶっきらぼうな人なんだよとか色々想像が膨らんじゃってね、そうなると確かめたくなるじゃない。」
「予想と期待は裏切られるって言うけど、どうだった。」
「良い意味で裏切ってくれた、かな。」
自分でも不思議だった。いつもなら煩わしいだけの他愛のない会話も、煩わしいどころか楽しくもあった。
彼女はそれから時折この席にやってきては、お互いの読んだ本の話題、お互いの他愛のない話をするようになった。
夏のある日、この日も僕はいつもどおり過ごしていた。
そして、小説のクライマックスを読み終わり、しおりを挟んで本を閉じた時、神崎さんがやってきた。
「やっ、総君元気かな。」
「神崎さん、毎回元気かを確かめるのは止めてよ。僕がいつも元気ないみたいじゃないか。」
きっと彼女は僕が小説を読み終わるのを待って話しかけてくれているのだと思う。
彼女が話しかけてくるのは決まって本を閉じたときだからだ。
こういったさり気ない気遣いも、彼女に好感を持つのを助けていた。
「だって総君いつも眉間に皴を寄せて本読んでるんだもん、元気ないというよりは機嫌いいかを確かめてるのよ。」
笑いながら彼女は僕の向かいの席に座る。
この席も彼女の指定席になりつつある。
2,3他愛のない話題が終わった時に、彼女が聞いた。
「総君はこの夏何か予定とか、あるの。」
彼女には珍しく、少しわざとらしい話し方だ。
僕と彼女の会話は大抵、お互いが大して知りたいとは思ってはいない事を聞くに留まっている。テストがどうのとか、好きな食べ物の話などだ。
今彼女が聞いたような事は、話さないのが暗黙のルールと言ってもいい。
不思議に感じながらも僕は正直に答えた。
「盆休みに、墓参りにいくけれど、それ以外はこれといって用はないよ。」
きっと彼女は僕に、何でそんな事を聞くのと聞いて欲しかったのだろう。「そうなんだ」と言ったきり続かない。溜息をつきながら仕方なく聞いた。
「どうして」
貰える事を諦めていた彼女は、予想外に差し出された助け舟に乗りそこないそうだ。
「えっと、夏休みに友達と私の田舎に行くことになってね、総君もどうかなって思ったの。」
「友達と行くなら僕が行くのもおかしいんじゃないかな、面識ないし。」
間髪いれずに返された至極真っ当な断りのセリフに彼女は見るからに意気消沈している。
少し罪の意識を感じたが、本当にそう思ったのだからしょうがない。
彼女の友達と僕と彼女で、彼女の田舎に遊びに行くのは、どう考えてもなしだ。
ただでさえ、人見知りする僕が、彼女の友達といきなり仲良くなるのも無理な相談だし、それに気を遣う彼女自身も楽しめないだろう。
「そうだよね、無理だよね。幼馴染2人と行こうと思ったんだけど、男子が一人だけだとかわいそうだし、私が親しい男の子って総君しかいなかったから。」
「ごめん、神崎さんが誘ってくれたのは嬉しいんだけど。行ってもきっと後悔するよ、僕は誰とでも仲良くなれるわけじゃないからさ。」
僕の発言に彼女は急に黙った。何か悪いことでも言ったのかと思い、考えを巡らせたが思い当たらない。数秒沈黙が流れて、今度は僕が沈黙を破った。
「あ、もう閉室だね。神崎さん帰らないの、僕は帰るけど。」
「本当だ、もうこんな時間だ。」
一緒に図書室を出たのだから、最寄駅までは自然と一緒に帰ることになった。
さっきまでは少し元気が無かった彼女も、今ではすっかりご機嫌で話している。
「そうだ、総君。一日だけ私に付き合ってもらえないかな、今週末なんだけど。」
「特に予定はないけど、どこで何をするの。」
「ちょっと買い物に付き合って欲しくて、駄目かな。」
さっき彼女の誘いを断っている手前、立て続けに断るのも気が引ける。
特に予定もないし、丁度食材を補充しなくてはならないし、夏の服装も買わないといけないと思っていたので承諾した。
「わかった、それじゃあ駅に13時待ち合わせでいいかな。」
「うん、それじゃあまたね。」
そういって彼女は改札に向かって小走りで駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、神崎さんが僕の日常に新しい風を運んできたことを実感した。
今週末が少しだけ楽しみに思っている自分がいる事も感じた。
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