日常
冷めている奴とかよく言われた。
誰が誰と付き合っただの、誰と誰が喧嘩しただのといった話題は、まるで今を生きているって、流れに乗れているのだって確認するみたいに話される。
その話題に対して、何を言えるかで同じか、それとも同じではないのかを試されているみたいだった。
そんな確認作業に嫌気が差していた僕が、孤立するのに時間は要らなかった。
別に無視されたり、いじめられているわけではない。ただ、クラスメイトは「変わった奴」といった認識から距離を取っているみたいだ。
一人は慣れている。
家族はすでにないし、小さな頃から一人だったのだ。
一人の過ごし方はもう10数年のベテランだ。
高校に入学してからというもの、僕は大半の時間を図書室で過ごしていた。
図書館はいい。
静かだし、人はほとんどいない。
大量の本の香りがする、空気が澄んでいて少しの音でも驚くほど響く。
お気に入りの席だってある。
図書館の角にあって、人のめったに立ち入らない中庭のような場所に面した窓際にある席。
緑色の見た目以上にふかふかなイスに、ちょっとやそっとじゃ動かないような重量感のある冷たく無機質な白い机。読んでいる本の世界につま先から髪の一本一本にいたるまで浸れる僕のお気に入りだ。
その日も僕は図書室のいつもの席で、先を読みたいが、読み終わりたくないという想いで本を読んでいた。僕が好きなのは、歴史モノの小説だ。当時を生きていない人が、数少ない資料を頼りに描いた世界観を、長く退屈な冒頭の説明を読んで一応の理解をし、数多く出てくる登場人物を、セリフからどんな人物かを想像しながら読んでいくのだ。
この作業を嫌う人は、決まってつまらないと言う。
確かにこの作業は長く辛い作業であるし、僕も好きな訳では決してない。
しかし、この作業をしないで読むのはもったいないと思うのだ。
この世界観の把握と人物を掴むことなくして、物語を通してたったひとつのさりげないセリフに感動したり、胸を躍らせたりは出来ないからだ。
本を読み終わり、一通りの感動・余韻を楽しみながらあとがき、解説を読んでいた。
視界の端に気配がしてふと視線を上げると、いつも人など立ち入らないはずの中庭に人がいた。
何かを探しているようにしゃがみ込んでいる後姿から、必死さが伝わってくるようだ。
何か大切なモノをなくしてしまったのだろうか。
本を読み終えて感動していたからなのか、僕はいつもの僕からは考えられない行動に出ていた。
「どうかしたの」
僕が後ろから急に話しかけたので、びっくりしたのかよろけて尻餅をついてしまった。
「・・・・・」
僕の問いかけに対しての返答は沈黙と、窺うような視線だった。
勢いで話しかけてしまったことをすぐに僕は後悔した。
相手の反応のせいもあるが、すでにこの場から離れたくてしかたがない。
しかし、話しかけてしまったのだ。このままこの場を去ることは出来そうになかった。
僕は自分が投げかけた質問に対しての答えを待つことにし、相手を見つめなおした。
「・・・あなたは誰。」
返ってきた返答は予想と期待を半分だけ裏切った形で返ってきた。
「僕は冴木総あそこの図書室から君の姿が見えて、困っているみたいだから声をかけたんのだよ。」
いちいち聞かれるのが嫌で、聞かれるだろう事をすべて一息で説明した。
聞いたことの何倍もの言葉が返ってきたことに驚いたのか、怪訝そうな顔つきをした。
「そう、私は岬、あるものをなくしてしまって、探しているの。」
「そうか、手伝おうか。」
僕は、僕らしからぬ提案をした事に自分でも驚いた。反射的にでた言葉だった。言った先から、『断ってくれ』と願っていた。彼女のほうも、困惑した様子で答えに窮しているみたいだ。
「・・・お願いしてもいいかな。」
何故か少し笑いを耐えるような表情で彼女が答えた。
僕は僕で、自分がした提案が通ったにも関わらず、正直困った。しかし、話しかけてさらに言い出して手伝わないなんて選択肢はなかったと言ってもいいだろう。まさに僕らしくなかった。
彼女が探しているのは、定期入れだった。なんでこんな所にあるのか、何故落としたのかなどは、正直不思議だったが、僕は聞く気はなかった。ただ、早く見つけて、いつもの自分に戻りたいと思いながら、熱心に探した。
探し始めて30分くらいだろうか、定期入れは無事に見つかった。
僕と賀川岬は見つけた瞬間にお互いの顔を見合わせて、口をあけていた。
先に口を開いたのは彼女だった。
「ありがとう。」
探し始めてから今まで一言も口をきかなかったから、正直彼女の印象は良くも悪くもなかった。話しかけてから今まで話すどころか、ろくに彼女を見てはいなかったのだから印象も何もないのである。
改めて彼女を見る。
髪は肩より少し長い。制服をしっかりと着て、かわいいというよりは綺麗に部類されるような顔立ちをしている。何よりも目を引いたのは姿勢の良さだ。背筋が伸び、胸を張り、顎をすこし引いている様は堂々としている。
迷いの欠片すら見当たらない。
「いや、見つかって良かった。それじゃ、僕は帰るね。」
「うん。」
彼女から離れていくにつれて、普段の自分になっていく感覚を覚えた。
その感覚に、名残惜しいような、さびしいような気持ちで僕はその場から足早に去った。
家について、ソファーに座り溜息を一つ。
メガネをはずして顔を洗う。
風呂に入りながら、今日一日を振り返る。
寝る時は何も考えない。
いつも通りの僕だ。
「・・・・岬か。」
違った。
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