15
「じゃあ何よ?アタシが全部悪いっていうの?」
クロエは欠片も悪いと思っていないという顔で、ふんぞり返ってそう言った。
なんでだろう。
なんでこんな偉そうなんだろう。
桂木くんは魂が抜けたような顔をして車に背を預けて座りこんでいる。
三室さんは顔を覆ってうつむいてしまった。
クロエだけはヘラヘラ笑っている。
「クロエ、クスリ禁止」
「え?クスリ?何それ、もってないけど」
「・・・・・・」
ラリッててもラリッてなくてもクロエは頭がおかしいんだから仕方ない。
「どーおすんのー・・・」
足元から消えそうな声がした。桂木君だ。
「どうすんのこれ・・・もう・・・もう無理じゃん・・・」
「あきらめないで」
とりあえず励ましてみた。
「・・・・・・」
半目でにらまれた。恐い。
「誰のせいでこうなったと思ってるの」
「えっまさか私?」
どう考えてもクロエのせいだ・・・!
しかしクロエと合流してしまったのは間違いなく私のせいですが。
ほら私根が優しいから親友を放っておけなかったりして。
なんて、
冗談にしても言って良いことと悪いことがある。
「こうしていても仕方ない」
三室さんは顔を上げた。
「夜になればまた奴らが湧いて出るかもしれないからな。新しい車を見つけるしかないだろう」
歩きのまま北に向かってはまず助からない。
だから三室さんの言うことはもっともだった、が、しかし。
「動く車を見つけるのは骨が折れるだろうがな」
三室さんは私たちが思っている疑念を口にした。
鍵がついていて、ガソリンが入っていて、ゾンビに壊されていない放置自動車を見つけろというのはどのくらい大変だろう。
ゾンビが発生した時間からか、道路に乗り捨てられた車自体が少ないというのに。
都会ならまた別だったのだろうけれど。
「必要な荷物だけを出して、車を捨てるぞ」
三室さんに言われて、桂木くんはノロノロと立ち上がり後部座席にぎっちり積み上げてあった荷物を降ろしにかかった。
私はそれを黙って見ていた。
我ながら最低だ。
荷物は主に私のスクールバッグと桂木くんのリュックサックのみだった。
というか、持ち運べるのはそれだけだった。
合流したときに三室さんは荷物を持っていなかったし、クロエの持ち物は不釣り合いな日本刀とポケットの中のお薬だけだ。ちなみに合法ではない。
減る一方の食糧と水は全て私のスクールバッグに詰められた。
「あぁっ!そんな!私のDVDが!!」
「ダメだって言ってるでしょ小河原さん!DVDはひとつ残らず出して!」
「酷い!桂木くんの悪魔!」
そんなやりとりがあったとかなかったとか。
桂木くんは矢筒と弓を背負い、三室さんが桂木くんの学校でかき集めたものが詰まったリュックを背負った。クロエは日本刀だけだ。
桂木くんが使っていたお手製のナイフホールドは今は三室さんの腰に巻かれている。
私の手元にはスクールバッグから半分飛び出しているバットがある。
つまり今全員が武器を所持していることになる。これはそう悪いことではない。
と、私は最初思っていた。
「桂木くん」
「何?」
「重いです」
何というか、歩き始めてものの30分で私の肩は悲鳴を上げていた。
誰も一言も話さずに、クロエだけが楽しげに、黙々と歩き続けてわかったことは『車って大事!』ということだった。
「バット捨ててもいいかな」
「待って小河原さん。それはダメでしょ」
「えー・・・。ナイフ貸してよ」
「小河原さんにナイフ?ダメに決まってるじゃん」
「・・・・・・」
言うようになったものだ。
絶対にこいつ私が歩いている途中とかにうっかり自分のナイフで自分を刺すのを想定していやがる。
別にうっかり者のつもりはなかったのだけれど、料理ができないことを知られたことから変なレッテルを張られてしまったようだ。
それとも単に不器用だからか?
「ん」
「え?」
桂木くんは右手を私に差し出した。
「ほら」
何かをせかされる。
何だろう。この状況下で桂木くんはいったい何を促しているんだろう。
「あ、はい」
私は左手を出して桂木くんの手を握った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
1分程そのまま歩く。
「っていや、違うから!」
「えっ」
突然バッと手を離されて、驚いてしまった。
「バッグだよ!僕手は空いてるから持とうかと思ったんだよ!」
「あ、そうだったの」
遠慮せずに即バットを抜き取り、バックを渡す私。遠慮も何もない。
このままだと私の肩が外れかねないし、食べ物のことを考えれば私のバックがひょっとして一番重かったのではないか。これはおかしい。私はか弱い女の子なのに。気づかなかった。
「何で手繋いできたの・・・」
「何でしばらくそのままだったの」
「それは・・・ラッキいや何でもないけど」
「ほう」
桂木くんはノリツッコミをマスターしようとしているのかもしれない。
~っていやいやいや!○○だから!
はノリツッコミの常套句であり、使いこなすには絶妙の間とセンスを要する簡単そうに見えて完璧にやろうとすると実は高度な
「小河原さん今どうでもいいこと考えてない?」
「ない」
即答した。
危ない危ない、桂木くんはエスパーだった。
ふと前を見るとクロエと三室さんが手を繋いでいた。
というか、クロエが三室さんの手を持って振り回し、三室さんは隙あらば手を引き抜こうと体がクロエから遠ざかるように傾いていた。
クロエは三室さんが気に入ったらしい。
図らずも1分程2列に並んでお手々を繋いだ4人組みが完成してしまっていたわけだ。幼稚園児の登下校か。あぁいや、私はバス通学だったけれど。
「車、ちょっと少なすぎじゃないかな」
桂木くんがつぶやくように言った。
「え?」
「いや、今まで走ってきてあまりにも道路に捨てられてる車が少ない気がして」
「まぁ、車を道路に捨てるって滅多にしないでしょう」
「そりゃあそうなんだけど、ゾンビがいるってわかった時点で逃げようと車から降りてもおかしくないでしょ」
「いやいや。逃げるなら余計に降りたりしないでしょう」
「ん?それもそうだね。じゃあもっとおかしいことがあるよ」
「どういうこと?」
「車に乗っていて僕らみたいに助かった人はいるはずってことだよ。それなのに動いている車は一切見かけていない」
「あぁ・・・」
確かに、言われてみればそれもそうだ。
外から隔たりがあって、その上移動できる便利な空間にいたらわざわざ外に出ない。そのまま逃げればいい話だ。それなのに道路には建物に入ろうとした人に乗り捨てられたであろう車は少しだけあるけど、生きた人間が乗っている動いている車は一台も見ていない。
「つまりみんな家に帰ったんだろう」
前を歩く三室さんが、前を向いたまま抑揚のない声で言った。
「異常を察した人たちは家族身を案じて家に帰るのが普通だ。そして、わざわざ家族を危険な目にあわせてまで再び外に出ようとする人間が果たして何人いるだろうな」
私は黙った。
桂木くんも黙った。
クロエだけは変わらず楽しげに、英語の歌を口ずさんでいた。
私には心配すべき家族はいない。帰るべき家はない。
私のことだ。私が一番よくわかっている。
だけれど、桂木くんは?
おかしいと思うべきだった。
桂木くんはどうして、私と一緒にいるんだろう。
私とは違って彼には、帰る場所があるはずだったのに。