心が動くとき(6)
「なぜ、お前は―― そんなに明るくいられる?―― そんな過去を微塵も感じさせなくて―― 」
蒼嗣の瞳は真っ直ぐに岬を映していた。その瞳に鼓動がいっそう早まる気がして、岬は思わず視線を蒼嗣の耳の辺りにずらす。
「うーん、別に無理して明るくしてるつもりはないけど……」
岬は自分の頬に手をやり、少し考える。
「でも、あたしは幸せだから。お母さんはいないけど、お父さんもお姉ちゃんだっているし、みんなあたしが寂しくないように頑張ってくれてる。学校に行けば友達だっているしね」
笑顔で答える岬に、蒼嗣は僅かに目を細める。
「蒼嗣には、いないの?そういう人」
今度は逆に聞き返してみた。
こんなに頑なに人を寄せ付けない雰囲気をかもし出している蒼嗣。蒼嗣が心を許せる人というのはいるんだろうか、と岬は不思議に思う。
蒼嗣が目をみはったのが分かった。
その表情に、ちょっと変な質問をしてしまったと岬は慌てた。
「あ、ごめん。そんなわけないよね。ここまで生きてきたってことは絶対にそういう存在がいるってことだもんね。」
「―― どうして、そう思う?」
蒼嗣がまじめな表情を崩さずに問うた。
その瞳に再び鋭いものを見た気がして、岬は余計に焦った。だが、ここで誤魔化したりしてはいけないと、何故か本能的に思った。
「……だって、人は一人で生きていけないもの。生まれた時はなーんにもできないわけで、そこから食事をくれて、おしめも替えてくれて、ダメなことしたらダメって教えてくれて……。そうやって自分を大きくしてくれた人が、いるってことだよね。だから今のあたしたちがあるんだって思う。そして今、ウチは決して裕福ではないけど、そんな中でも、あたしは高校にまで通わせてもらってる。それって、決して当たり前なんかじゃなくて、誰かの頑張りの上にある幸せだよね。だからあたしは家族にとても感謝してる。あとは、友達も――、一緒にいると楽しいし、大切な存在だよ。友達が、あたしの高校生活を一人でいるよりもっと楽しいものにしてくれてる」
岬はどこか祈るような気持ちでそう言った。
進んで独りを選んでいるような目の前の相手の心に少しでも何かが響くことを願って。
岬の答えに、蒼嗣はふ、と視線を自分の手元に移したようだった。そして「そうだな……」と小さく呟く。
「今日は珍しく素直だね」
くすり、と岬は笑った。
その時、
「栃野」
そう、呼ばれて――、岬は固まった。
ちゃんと苗字を呼ばれたことは、もしかして初めてだろうか。
目を瞠ると、蒼嗣の視線とぶつかる。
そのまま蒼嗣から目を離すことができずにいると、冷たい風がさあっ、と二人の頬を撫でた。
それが契機となったように、
「……いや、何でもない……」
そう言って蒼嗣はふいっと岬から視線を外してしまう。そして、そのまま踵を返し、墓地に背を向けた。
「え?お墓参り、していかないの?まだしてないんでしょ?」
岬の純粋な問いに蒼嗣は一瞬動きを止める。そしてしばらく沈黙した後、ゆっくりと首を横に振った。
「いや。いい。どうせ中に入るつもりは無かった」
それだけ言うと、蒼嗣はそのまま墓地から離れてゆく。
「蒼嗣っ」
思わず岬は名前を呼んだが、その背中は再び全てを拒絶しているように見え、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。