4 - 最期
真夜中、かなみの師弟から指定された場所は近所の広い公園だった。
大掛かりな遊具から並木道、球技が出来るほどのグラウンドまである公園……人に化けた悪魔が潜伏しているとのことだったからもっと人が立て篭もりそうな場所だろうと思ったのだが。
「随分とナメた場所に潜んでんじゃない」
師匠はいつものブラウスに羽織っただけのガウンという格好でボソリとこぼす。
「……場所はともかく、大丈夫なんでしょうか……?」
「いざって時は銀の投げナイフ投げりゃ良い、悪魔には銀が致命的な毒になるの忘れた?」
私も自分の中の不安を師匠にこぼして、それでぴしゃりとツッコまれた。
しかし不安になるのも大目に見て欲しい、私たちは助太刀を頼まれた例の悪魔だけではなく『かなみの師匠』こと(偽名かもしれないので“自称”という但し書きがつくが)エンデュミオン・クロウリーから私に関する情報を聞き出さねばならない。
なぜ事故のあと私の前から姿をくらましたのか。
なぜかなみの師匠の座に収まり、かなみを指導しているのか。
なぜ私にあんな不完全な術を教え、破滅していく様子をただ眺めているだけだったのか。
それにあの壮年の魔術師が師匠をしているということは、最悪の場合友人だったハズのかなみ自身とも争わねばならないかも知れない。そればかりか、かなみの言葉を信じるなら私を利用するために近づいたのではという疑念すら出てくる。……憂鬱なんてもんじゃなかった。
「たぶん夜ちゃんが一番心配してることはないよ。飽くまで多分、だけどね」
師匠が私を見据えて口を開く。
胸中を見抜かれた気がして、私は目を白黒させた。
「だって考えてもご覧よ。夜ちゃんに向こうが悪意を持ってるとして、何で一番の厄ネタになる師匠の名前を弟子に教えさせたワケ? 夜ちゃんに知られて警戒されて、それで向こうに何か利益があるかしらね?」
「それは……そうかも知れませんが……」
確かにそう考えることも出来る。でも、それが違ったら?
ここまで考えてから私はぶんぶんと首を振って、考えることを一旦やめることにした。たぶん今は不安で思考がマイナスになってる。
「……来た」
街頭に照らされた人影が二つ見え、私は思わず呟いた。
かなみはともかくとして、その師もまた私の記憶の中の姿だ。
やや脂ぎった肌、鋭い目つき、艶やかな白髪頭。あまりにも変わっていない。
「来たよ、夜ちゃ——
「今はかなみの師匠やってるんですね、クロウリーさん」
「…………知り合い?」
そして私はクロウリー本人に向かって切り出して、予想外の展開にかなみは困惑している。
「積もる話はありますが、先にここにいる悪魔の対処をしましょう。話し合い途中で横槍を入れられたくないので」
「あぁ、その必要はないよ。無駄だから」
私の言葉にクロウリーは何でもないことのように訂正してきた。……無駄?
「そんなことより君の師匠、いま大丈夫かい?」
クロウリーの言葉で猛烈に嫌な予感がして、私は振り返る。
背後の暗がりに立っていた師匠は体が伸びていた。引っ張り上げたガムみたいに細長く、煙みたいに空中に薄く漂って。異常な光景を目にして私は頭が真っ白になる。何が起きている?
そしてその異様なまでに伸びた先端は視界の端のさらに向こうへと伸びていた。
「ひっ……」
かなみの声が聞こえて一回転でもするみたいに再び振り返る。
視界の先のクロウリーも同じだ。全体的に引き伸ばされたみたいに、異様に細長い姿。何が起きているのか理解が出来ない、わけが分からない。
そして二人それぞれの師匠“だったもの”は一つに寄り集まって見覚えのある姿になった。鼻を硫黄の匂いがくすぐる。そして暗闇の中ですっくと立ち上がる影、渦を巻いているように捻じくれた角、それを振り上げる山羊の頭。
……“あの悪魔”だった。私が最初に召喚しようとして失敗した、あの。
「ネタバラシといこう。まず貴様ら二人がこの姿を見るのは久しぶりか? それぞれにとっての因縁の悪魔はどちらも我輩のことだ」
突然師匠を失った私たち二人に向かって悪魔は嬉々として語りかけ始める。あの日と同じく口の端を吊り上げて。
「そしてもう勘付いているだろうが……貴様らそれぞれの師、どちらもまた我輩だった。そっちの小娘にとっては一人目の師にあたる男ももちろん同じく」
得意げに語る山羊頭は心底愉快げに肩を揺らしている。
つまり、クロウリーは私の前から姿をくらませたのではない。最初から立ち去らず姿を壮年の男から妙齢の女に変えただけだったのだ。
「で、でっ……でも何でそんな……?」
「単純な話だ。貴様らを生贄にするためだった」
「生贄……」
かなえが吃りながら問いかけ、悪魔は答える。今まで信じていたことが崩れ去って頭が働かない。生贄? 何のだ……? いや、思考が驚愕で曇って何も頭に浮かんでこない。
「どうした、意外だっ——
ガッ
そう、頭に何も浮かんでこなかった。
だからこそ、私は悪魔の山羊頭へ向けて反射的に銀の投げナイフを投げつけていたのだ。闇を駆けた白銀の刃は直線的に悪魔の眉間へと突き刺さる。意外にも、悪魔は抵抗らしい抵抗をしなかった。
「……それでいい」
悪魔はそう言葉を吐きながらゆっくり後ろへ倒れ込む。
「全身が“霧散”するまで時間がある、改めて自己紹介をしておこうか。……我輩は元々人間だ」
「何? 今さら変な嘘つこうっての?」
私は半分ウンザリしながら吐き捨てる。
しかし悪魔は余裕を一切崩さず、大の字に倒れ伏したまま口を動かした。
「フン、親切心で聞かせているのに世話ないことだ。なぜ我輩が貴様の投げたナイフを避けなかったか興味はないのか?」
「興味……」
かなみが疑問をボソッと口にする。どう見ても場の空気感に呑まれているようだ。
「我輩はかつて悪魔と戦い討ち滅ぼした。そういう職の人間でな。……しかしそれが罠だったと気付いた時には遅かった。吹き出した闇の炎に身を焼かれ、気がついた時にはこの身が悪魔に変質していた」
「それってまさか」
私は気づく。いま悪魔が語った境遇って、この状況に酷似してはいないか……? つまり。
「我輩が死を迎えるには貴様に殺して貰う必要があったワケだ……。そろそろ言葉も……流暢に出て来なくなって、きた…………これは呪いであり……謝礼でもある……これからは貴様、が永遠を生き続ける番だ……」
悪魔は途切れ途切れにそれだけ言うと、白い塵となって砂地に消え失せる。
要するに、彼もまた『闇の炎に抱かれた者』だったわけだ。
私とかなえだけが、宵の闇の中に取り残されて棒立ちになっていた。
……体の奥が疼き始める。




