外伝-2『キラー・ビギニング〈後編〉』
〈前回のあらすじ〉
ずっとナンバーワンを取ってきたこの俺の前に現れた初めてのライバル・初代しろみ。
俺は両親に、しろみに次のテストでは絶対勝つと誓う。
「そんなんじゃ、勝ったことにはならないよ」
「君は逃げたんだ……、勝負からも……、僕からも……」
「兄さんは兄さんであることから逃れられない……、決して……、絶対に……」
「兄さん……」
「兄さん……」
「兄さん……!」
また、あの声が響く。
◇ ◆ ◇
俺はしろみに勝つべく、猛勉強を開始した。
今までにないほどに参考書を読み漁り、問題を解きまくり、必死に勉強し続けた。
朝も、昼も、夜も、少しでも時間に隙間があれば、すぐさま勉強した。
しかし、それだけでは不安は取り切れなかった。
脳裏にこびりついた両親の声が離れないのだ。
俺は負けちゃいけない。絶対に。もし負けたら俺の価値は無くなってしまう。誰にも認めてもらえなくなってしまう。
悩んだ末に、俺はあることを思いついた。
しろみがどんな勉強をしているのか探ろうと考えたのだ。
もはや手段を選んでる場合ではない。直接本人に勉強法を聞いてでも、良い点を取る他無いのだ。
俺は放課後、しろみを体育館裏へと呼び出した。
あまり話したことの無い相手だったので断られるか不安だったが、案外快くOKしてくれた。
俺が体育館裏で待っていると、しろみは呼び出した時間きっかりに現れた。
「ごめん……暴人くんだよね……? それで……、話ってなにかな……?」
しろみは不思議そうな様子で俺に尋ねる。
「お前、この間、学年トップだったよな?」
「えっ、あぁ……うん。そうだけど」
「どんな風に勉強してるんだ? 俺に教えてくれ」
「え……、え?」
しろみがキョトンとした。鳩が豆鉄砲を喰らったように。
「どうした? 言えないっていうのか」
やはりアイツも、俺のように親から何か言われて、ナンバーワンを取らなければならない事情でもあるのだろうか。
ならば納得できる、敵に塩を贈るようなことは言えないはずだ。
「言えないならいい、時間を取らせて悪かった」
「まっ、待って! そうじゃなくて」
帰ろうとした俺を、しろみは慌てて引き止めた。
「ん?」
「ごめん! なんか、予想してたのと違くてビックリしちゃったの。てっきりもっとこう、他の話だと思っちゃってたっていうか」
かなり焦っているのか、しろみの顔が少し赤くなって見える。なにか勘違いでもしていたのだろうか。
「他の話ってなんだ?」
「いやだから、ほら……、高校三年って時期だしさ、お別れも近いし、だから……」
「? この時期に考えることなんて勉強のことしかないだろう?」
「え!? あー、うん、そうだよね! ごめん! 今の忘れちゃって!」
コイツ、なにを言ってるんだ? サッパリわからない。
「えっと……、それで……、あれ、なんだっけ」
「だから、勉強法を……」
「あー、勉強法ね? ごめんごめん。うーん、でも、私、あんまり勉強してないんだよね。特異体質っていうかさ」
「勉強をしてない?」
そんなはずはない。勉強せずにテストが解けることなんてあるはずがない。
「嘘だ! 馬鹿を言うな! 何かトリックでもあるんじゃないのか!」
俺は声を荒げて問いただす。
「うん、えーとね。私、見たものを写真みたいにパッと見て完璧に覚えちゃうんだよ。方程式も、教科書の言葉も、なにもかも全部。あとは脳内の写真のなかから答えを探すだけっていうか」
「なん……だと……」
目に映ったものをパッと記憶する人間は過去に聞いたことがある。瞬間記憶といって一部の人に備わっているらしい。
「だから、あんまり参考になることは言えないかもだけど……。うーん、ちゃんと教科書や参考書を読む……、くらいかなぁ……」
そんなこと俺だってやっている。多分お前よりも、もっとずっと……。
「でもさ、暴人くんだって学年二番とかじゃなかった? 十分頭良いと思ってたけど」
「駄目なんだよ。ナンバーワンじゃないと……」
そう、ナンバーワンじゃなきゃいけない。ナンバーワンでなければ、俺は俺でいられない。
「そうかな! 私はずっとスゴいと思ってたよ、暴人くんのこと。カッコいいなー、なんて。だからさ、別に順位なんか気にしなくたって――」
「駄目だ!」
俺は思わず叫んだ。無性に腹が立った。なんで俺はこんなに頑張って認められようとしているのに、コイツは生まれつきの能力だけであんなに出来るんだ。なんで周囲から認められているんだ。
俺は白眉で生まれたというだけで、ずっと忌み嫌われてきたのに。
「ご、ごめん……。で、でもほら、まだ次のテストまで時間あるし、大丈夫だよ! じゃあ私、もう行くね。友達待たせてるし」
そういって、しろみは去っていった。
◇ ◆ ◇
そうして、やってきたテスト当日。
俺は今日まで準備してきた全てをぶつけた。やれることは全てやったつもりだった。
全てのテストが終わったその日の放課後、しろみが俺のクラスまでやってきた。
「ねぇ、ちょっと、今、暴人くんいる?」
周囲が妙にザワつく。ヒソヒソ声でなにを言っているのかは分からないが、まぁクラスの馬鹿共がする噂話なんて、大したことでもないだろう。
「おう、俺ならここにいるぜ」
「ちょっと、いいかな?」
◇ ◆ ◇
俺はしろみに、体育館裏に呼び出された。
「で、話ってなんだ?」
「えっと……、その……」
なんだか様子が変だ。妙にモジモジして、下を向いて、一向に話を始めない。
「なんだ……? テストのことか?」
「え、あ、えっと……、そう! そう! 暴人くん、テストの点数気にしてたから、せっかくなら今から二人で振り返りしようかな……、なんて!」
なんだ、そんなことか。それなら早く言えばいいのに。
だが、先にお互いの推定点数を知れるのは嬉しかった。
俺たちはお互いに横並びで座り込み、問題用紙を見ながら話し合った。
「ここの選択肢って、どれ選んだ?」
「ここはAじゃないか?」
「だよね! やっぱり! 暴人くん流石!」
「……いや。お前だって当たってんだろ」
「え、まぁ、そうだけど……、あっ、ここって、前の授業で先生が言ってたやつ!」
「ん、あぁ、そうだな。あからさまにテストで出すアピールしてたしな」
俺たちは、しばらく二人で、そんな風にしてテストの見直しをした。二人の答えは常にピタリと合っていた。
今の調子なら、お互い全教科百点はほぼ確実だろうと思った。
しかし、日も傾いて、景色が黄昏に変わってきた頃のこと……。
「ここはCで合ってるかな?」
「え、ここってDじゃないのか」
はじめて、しろみと俺の答えがズレた。数学の問題だった。
「暴人くん、どうやって解いた?」
「俺は……、一つ前の問題と同じ公式を使って、ここでこうして……」
余白に筆算を書き直していく。心拍数が上がり、額から汗が流れる。
「で、ここで……」
「待って、そこ違うんじゃない?」
「え?」
しろみが、俺の筆算を指差す。
「ここって、ほら、問題の文章的にさ……」
「あっ……」
違う、間違えた。完全なケアレスミスだ。
冷静な考えれば、絶対に答えられるはずの問題だった。
頭が真っ白になる。うるさいほどに自分の息があがっているのが分かる。
負けた。俺は確信した。
俺はしろみに負けた。
「大丈夫? 暴人くん、しっかりして! たかが、一問だし、まだ自分たちで見直ししてるだけで、結果はどうか分からないよ」
しろみが必死に俺の肩を揺らす。声はハッキリと聞こえるが、言葉の意味は入ってこない。耳から反対の耳へ、言葉がすり抜けていく。
「暴人くん、しっかりして! 暴人くんってば!」
ダメだ、終わる。
このままじゃ、俺の今までの努力が。
俺が積み上げてきたものが。
ダメだ。俺は、負けちゃいけないんだ。
もし、負けたら、俺を認めてくれる人はこの世に誰もいなくなる。
もし、そうなったら……。
俺は……、俺は……。
「――グッ!!」
――気づくと、俺の手は、しろみの首を掴んでいた。
「うぅ……やめ……、待っ……、ばくと……くん……」
しろみが苦しそうにうめき声をあげる。握りしめる手に一層力が入る。しろみは口からよだれを流し、白目を向く。
「く……カハッ! ……………………」
やがてしろみが完全に動かなくなると、俺はそっとその首元から手を離した。
しろみの身体がバタンと地面に、まるでモノのように倒れる。
「やった……、俺が……、やった……」
俺は今日、初めて人を殺した。それから俺がどうしたかは覚えていない。とにかく無我夢中で証拠を隠滅して、死体をどこかに隠した気がする。
山に埋めたか、どこかに沈めたか、もはやそれすら曖昧だった。曖昧になるほど、俺は夢中で全てを隠蔽した。
その後、しろみが行方不明になったニュースが流れた。それから永遠にしろみが見つかることはなかった。
しろみが行方不明になったことで、テストの学年一位は俺になった。
母さんと父さんは俺を大して褒めこそしなかったが、今までどおり、弟のお手本として扱ってくれた。
弟も俺のことをキラキラした目で褒めてくれた。
この頃になると、最初は人を殺してしまった恐怖に駆られていた俺も、寧ろそれを誇らしく思うようになっていた。
(俺はしろみに勝ったんだ。俺は一番なんだ)
心のなかで何度もそう呟いた。言い聞かせるように、何度も、何度も呟いた。
それからいくつか時を経た。俺は「もう二度と太郎に追いつかれまい」と、がん治療の研究を始めた。それだけの偉業を成し遂げれば、誰にも負けないと思ったからだ。
そして、見事ナノマシンによるがんの治療技術を開発。俺はノーベル賞を授賞し、時の人となった。
誰もが俺を英雄と呼んだ。これなら太郎に負けることはない。俺は完璧な兄貴でいられる。
――しかし、その翌年、俺は突然自宅で激しい発作に襲われた。知り合いの医者に診てもらったところ、それは現代医学では原因も治療法も分からない、まったく未知の病だった。
もちろん俺の開発したがん治療の技術すら通用しない。宣告された余命は残り数年。
俺は焦った。もし俺が未知の病で倒れたとなっては、きっと俺はまた弟から見放される。
憧れてもらえなくなる。
「医者の不養生、不様なもんだな」
「他人のがんは治療できても、自分の病気は治せないグズめ」
「しょせん、ただの負け組」
そんな風に言われるに決まってる。みんなが笑いものにするに決まっている。
俺を真に認めてくれる存在はこの世に一人、弟の太郎しかいない。
もし俺がみんなの笑いものになって、弟の太郎がそのことを知ったら、俺は太郎の憧れじゃいられなくなる。
そう考えた俺は、姿をくらますことにした。一人隠れて、自分の病気を治す研究をしようと。
――しかし、研究は難航した。どれだけ調べても、実験しても、俺の病気を治す糸口が一向に掴めない。
そんなとき、俺宛てに一通のメールが届いた。
弟からのメールだった。
そこにあったのは「シルバーキラーシステム」と呼ばれる、まったく未知のシステムの設計図だった。
俺はその設計図をひと目見て確信した。
(この発明は、俺の開発したがん治療の技術よりもずっとすごい)
もし、こんなものが完成したら、俺は弟に負けてしまう。すぐに、このシステムよりももっとすごいモノを作らなければならない。
でも、早く自分の病気を治療するシステムを開発しないと、俺の命が尽きてしまう。
俺は板挟みになった。命のタイムリミットは刻一刻と迫っている。
しかし、自分の病気の治療法の研究はまったく進展を見せないし、シルバーキラーを超えるシステムの開発もできない。
どうしよう。どうすればいい。
そんなとき、俺は一つの妙案を思いついた。
「そうだ……、殺せばいいんだ……」
しろみを殺したときのように、太郎も殺せばいい。そうすれば俺はもう二度と太郎に先を越されない。
常にカッコいい兄貴でいられる、弟の憧れであり続けられる。
でも、もし弟がこのメールを、俺だけでなく両親にも送っていたら? 弟が俺を越える研究をしていたという証拠が残ってしまう。
それでなくとも、お母さんとお父さんの存在は、俺の今後の人生に悪影響を及ぼしかねない。
俺は弟を殺害し、弟殺害の証拠隠滅ついでに両親も殺すことにした。
作戦はこうだ。まず実家に火をつけて、両親を殺害。同時に実家にあった全ての弟の筆跡が残る資料を焼却。
その後、弟に「久しぶり会いたい」などと言って弟の研究室に行く。毒で弟を殺害したら、研究資料の全てと弟のアパートの部屋の鍵を回収。偽の遺書を残して立ち去る。
あとは弟の部屋に侵入し、そこにある「弟の筆跡が残るモノ」を全て、「俺の筆跡が残るモノ」にすり替える。
そうすれば、両親は火災による事故死、弟は毒による自殺と見せかけられる。
さいわい、今の弟には他に友達も彼女も研究仲間もいないと聞いている。もしその話が本当なら、俺の犯行は誰にもバレることは無いだろう。
俺はすぐに作戦を実行した。作戦は全てうまく行った。家族を殺すことに俺は何のためらいもなかった。
唯一苦労したことといえば、俺と太郎の筆跡が残るモノが本当に残っていないか、確認することだ。
まず先に両親を殺し、その葬式を通して親戚や知人に接触して確かめたのだが、やはりなかなか苦労した。
その結果、本命である弟殺害まで少し時間がかかってしまった。それまでにシルバーキラーシステムが完成、発表されなくて本当に良かったと心から思う。
俺の犯行はバレることなく、遺書は弟の直筆と判断された。そして弟は自殺したことになったのだ。
弟の死が自殺として処理されたその夜、俺は勝利の美酒に酔おうと思い、部屋で缶ビールを開けた。
床に座り込んで壁に寄りかかると、缶の縁に口をつける。そして目を瞑り、そのままグイッと中身を流し込んだ。辛口のキレと麦芽本来のうまみが喉を駆け抜ける。
(そうだ……、俺は勝ったんだ……。もう弟には負けないんだ……)
そのとき、頭のなかに声が響いた。
「そんなんじゃ、勝ったことにはならないよ」
俺は驚いてビールの缶を取り落とし、目を見開いた。
「君は逃げたんだ……、勝負からも……、僕からも……」
そこに立っていたのは、俺が殺したはずの弟、阿波連太郎だった。
「なんだ! どういう意味だ! 俺は勝ったんだ! お前はもう俺に追いつけない! 俺は完璧な兄貴として……!」
「違う。君は逃げたんだ。僕を殺したからって、僕の研究に勝ったことにはならない。病気の事実を隠したからって、病気に勝ったことにはならない。君は現実から目を背けただけなんだ」
「黙れ黙れ黙れ!」
俺は勢いよく立ち上がって、目の前の幻影を何度も腕で払いのける。しかし、弟の姿は消えない。なおも俺に語りかけてくる。
「このままじゃ兄さんは負け組だ……、僕たち一族の恥さらしだ……」
「うるさい……!」
「兄さんは負けちゃいけないんだ……、一番上でなきゃいけないんだ……、そうだろう……?」
「やめろ……!」
「兄さんは兄さんであることから逃れられない……、決して……、絶対に……」
「やめろ!!!!!!」
俺がそう叫ぶと、弟の姿は消えていた。
つけっぱなしにしていた部屋のテレビには、スポーツニュースが流れていた。
今話題の野球選手、頂五十夢の映像が流れている。
俺は思った。アイツはすごい。
アイツは常に勝ち続けている。世界中の野球ファンの憧れであり続けるために、勝つための努力をし続けている。そして、認められ続けている。
スポーツ選手とは誰しもそうでなければならないのだ。
そうだ。俺もアイツのように、もっと頑張らないといけない。勝ち続けなきゃいけない。そうでなければ、俺は完璧な兄貴ではいられない。俺はお手本で、憧れで……。
「……あれ?」
そのとき、俺は足の力がスッと抜けて、崩れるように床に座り込んだ。
「俺って……、誰のお手本で……、誰の憧れで……、俺はなんのために……」
分からなかった。自分がなんのために戦っているのか、誰のために勝ち続けようとしているのか、誰の完璧な兄貴であろうとしているのか……。
分からないけど、俺はもう、後戻りなんてできなかった。
「おぬし……、面白いヤツだな……」
また頭のなかに声が響いた。
「今度は誰だ……」
俺はうつろな声で尋ねた。
「我が名はホロボス……、おぬし……、我に協力してはくれぬか……?」
〈外伝・終〉
〈本編につづく〉




