事件5-1『暴食ヒドーダ山羊』
ここはゴールドベースから少し離れた場所にある秘密研究所。
ここでは、ゴールドファイブが使用する兵器の研究開発が日夜行われている。
今日は研究所の人たちと協力し、新たな兵器の開発を行う予定だ。
そのため私はこの研究所に、りゅうま隊長、いつき、めぐむの三人と共に来る……はずだった。
「あの! まだ到着しないんですか!?」
私が叫ぶと、腕につけたブレスからりゅうま隊長の弱々しい返事が返ってくる。
「すまん、今土砂の撤去が完了したところだ。もうすぐ着くから待っていてくれ」
この研究所はゴールドファイブのあらゆる兵器開発が行われているため、所在地がトップシークレットとして守られている。
研究所に繋がる道をゴールドファイブ関係者専用の秘密高速道路のみにすることで、関係者以外が辿り着けないようにしているのだ。
本当は昨日の夜のうちに、その秘密高速道路を通って全員研究所に着いているはずだった。
しかし、直前でヒドーダ怪人が出現。
仕方がないので私だけが前乗りして、りゅうま隊長たちは怪人を倒し次第、あとから合流するということになったのだが……。
(まさか……、私が研究所に着いてすぐに土砂崩れが起きるなんて……)
なんと研究所敷地内の山が土砂崩れを起こし、秘密高速道路が土砂で塞がれてしまったらしい。
そんなわけで、道路上の土砂の撤去に時間がかかり、到着が遅れてしまったのだ。
「それより、昨日の怪人は大丈夫でしたか?」
「それについては問題ない。もうとっくに倒しておいた」
「はぁー、疲れた。帰りたい……」
奥からめぐむの疲れた声が聞こえる。
土砂の撤去が相当に大変だったのだろう。
「あずき君、バリアはちゃんと張ったんだろうな?」
りゅうま隊長が尋ねる。
「もちろん。りゅうま隊長達が敷地内に入ったのを確認した時点ですぐに戻しました」
バリアというのは、この研究所の周囲に張られているバリアのことだ。
万が一にも部外者や怪人が侵入してこないように、こうやって誰か来客がくるとき以外は常にバリアを張って対策しているのだ。
「そうか。もうすぐ到着するから、あと少し待っていてくれ」
「はい、お気をつけて」
そうして通信は切られた。
私は研究所の応接室のソファに座りながらみんなが来るのを一人待つ。ソファの横に置いた紙袋は、私が差し入れに研究所へ持ってきたお土産である。
研究所の応接室は三人掛けのソファが向かい合わせに置かれ、その間に白く長細い机が一つあるだけのシンプルで質素な部屋だ。
机は少し変わったデザインで、なぜか天板の角のところが齧られたような形になっている。
変といえば、この部屋の壁も少し不思議だ。
壁も床も天井も真っ白な部屋だが、ドアの横の壁だけ妙に色が違う。色が違う範囲は大きく、なんとなく人型に近いようにも見える。
――まるでそこだけ穴が開いて、後から埋めたみたいに。
(変わった趣味だな……)
そんなことを考えていると、ドアがガチャリと開き、白衣を着て白髭をたくわえた男が部屋に入ってきた。
「あずき君、通信はもう終わったかね?」
「はい所長、もうすぐ到着すると思います」
今入ってきた白髪の男こそ、この研究所の所長である知恵島ニコンである。
ゴールドファイブのシステムを作った小暮イヴ博士の恩師であり、キンピカオーの開発にも携わった凄い人だ。
「しかし、昨日の土砂崩れは凄かったなぁ……、まるで爆発みたいな音がしたぞ」
「そうですね……、ここの山って土砂崩れとかよくあるんですか?」
「いやぁ、滅多に無いのぉ、だからビックリしとる」
所長も首を傾げる。
「所長! ちょっとこれ見てください!」
私たちが話しているところに、突然白衣を着た眼鏡姿の若い女性が、バタバタ走って入ってきた。
女性の手には、何やら小さな機械とグシャッとなったたくさんの紙の資料が握られている。
「私が新たに開発した小型爆弾と、その設計図です! どうか実験の許可を!」
女性は所長に持っていた設計図を手渡した。
所長はその設計図にチラリと目を通すと、すぐに眉をひそめた。
「いお君、前にも言っただろう。キミの兵器は破壊力にこだわり過ぎじゃ。本当に大切なものが見えておらん」
「……お言葉ですが、兵器にとって一番大切なのは敵を倒すことのはずです! 破壊力にこだわるのは当然ですよ!」
女性が声を荒げて反論する。
「所長、この方は……?」
「……!? 誰ですかこの人!? 侵入者!?」
女性が私の方を見て驚く。慌てていて私のことが見えてなかったらしい。ちょっとショックだ。
「あぁ……すまんすまん。この子は萬葉いお君と言ってな、ワシの元で修行している見習い研究員みたいなもんじゃ」
私は腰をあげて、いおさんに挨拶した。
「はじめまして、いおさん。私は戦隊捜査官をしている、綾川あずきです」
「ああ! あなたが来る予定だった戦隊の!」
すると、いおさんがこちらに深々とお辞儀を返す。
「先ほどは挨拶もなくお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。あまりにも影が薄かったものですから、認識するのに時間がかかってしまって……」
丁寧なのか、無礼なのか、天然なのか、煽りなのか。よく分からない謝罪を受けて、内心少しムッとする。
「所長! ちょっとこれを見てください!」
私たちがそんなやり取りをしていると、今度は真面目そうな、黒髪に白衣姿の若い男が入ってきた。
男の手には、謎の薬品が入った小瓶が握られている。
「このあいだ話したバーストップ液をさっそく作ってみたんです! 実験の許可を!」
するといおさんがその男をギッと睨みつける。
「スクマ君、また来たんですか? あなたはそんな何の役にも立たない薬品を作るより、もっと役に立つ兵器を作った方が良いと思いますよ?」
そう嫌みったらしく言うと、ため息をついて言葉を返した。
「いお先輩、居たんですか。役に立つ発明ってのは、何も破壊兵器だけじゃないんですよ」
男はそういうと、持っていた小瓶を所長に手渡した。
所長は、いおさんの持ってきた設計図を持つ手とは反対の手でそれを受け取ると、その小瓶の蓋を開け、まじまじと中身を見る。
「うむ、いいだろう。実験を許可する」
そういうと、所長は小瓶の蓋を締め、優しく男に返した。
「はい! ありがとうございます!」
男はぱあっと明るい笑顔を見せる。
「あぁ、待つんじゃ、大事な話が……」
男は所長の話しかけるのも聞かず、返された小瓶を抱きしめて、すぐにこの部屋を後にした。
「所長、今の人は?」
私の問いに、所長が答える。
「彼は邑樂スクマ、まだ新人じゃが、中々才能のある研究員じゃよ」
所長がそういって笑っていると、いおさんが顔を真っ赤にして突っかかる。
「所長どうしてですか! 私には全然自由に兵器のテストをさせてくれないのに!」
この研究所では様々な開発実験が行われているが、何も好き勝手に開発していいわけではない。
破壊兵器や薬品は一歩間違えれば人の命を奪ったり、環境に悪影響を及ぼす可能性がある。
所長の許可がなければ実験できないし、もし許可もなく実験しようものなら、この研究所から追放されてしまうのだ。
不服そうないおさんを見て、所長は再び厳しい目をして答えた。
「いお君、キミの技術力は素晴らしい。じゃが、少々危なっかしいところもある。その小型爆弾だって、うっかり暴発でもしたらどうするんじゃ」
「それは……、あっ、いや……」
いおさんが、何かを言いかけてバツが悪そうに押し黙る。
「安全性ももっと考えるんじゃな」
そういって、所長はいおさんに設計図を突き返した。
いおさんは返された設計図を握りしめ、歯を食いしばった。
応接室に気まずい空気が流れる。
「……そっ、そうだ! 皆さんに食べてもらいたくて、手土産を持ってきてたんです!」
私は空気を変えようと、ソファの横に置いておいた紙袋から、綺麗に包装された箱を取り出した。
「これ、私がよく行く和菓子屋のまんじゅうなんですけど……」
私がまんじゅうの箱を所長に手渡そうとした、そのときだった。
「ん〜〜〜!! クンカクンカ! なんかいい匂いがするぞ〜〜〜!!!」
応接室の外から何やらものすごい大声が聞こえる。
そしてズテズテズテと、足音がどんどん近づいてくる。
「ズテズテズテ! ズテズテズテ! ヤギダーッシュ!!」
いや、足音じゃない。普通に口でズテズテ言ってる。
口でズテズテ言ってるやつがこっちに走ってきている。
私は振り返り、応接室のドアを見つめる。
――すると次の瞬間だった。
「ドジャーン! ぼくちゃん参上!」
応接室のドア……の横の壁を突き破って、二足歩行の怪物が飛び込んできた。
怪物は全身を真っ白な毛で覆われ、頭には悪魔のような大きなツノ、そして大きな口からはデロデロとよだれを垂らしている。
左手には固い蹄がついていて、右手は人間か猿のような五本指。およそ普通の生物とは思えない異形。
間違いない。コイツはヒドーダ怪人だ。
私は思わず腰を抜かして、尻もちをつく。その拍子に、持っていたまんじゅうの箱を取り落としてしまった。
「所長! いおさん! はやく逃げてください!」
所長といおさんの方を見ると、なぜか落ち着いた様子で、立ったまま部屋の隅で紅茶を飲んでいる。
「なんで逃げないんですか! ちょっと!」
そう呼びかけても、二人は特に慌てる様子もなくゆったり紅茶を楽しむ。
「は〜気にしない気にしない」
「いお君の淹れる紅茶は格別じゃのぉ」
怪人の能力で頭がおかしくなってしまったんだろうか。全く逃げようとしない。
「あれー? またドアの位置間違えちゃった。ま、いっか! さ〜て、どこかにご馳走は……」
怪人がキョロキョロと辺りを見回しながら、頭をポリポリと掻く。
私は、震える手でブレスの通信ボタンを押し、ゴールドファイブと連絡をとる。
「もしもし! こちらあずき! 研究所応接室にヒドーダ怪人が出現! すぐに来て! お願い!」
「あー! 美味しそうなもの発見! いただきまーす!」
すると怪人がこちらにズテズテと近づいてくる。
「おい! どうした! くわしく状況を説明しろ! おい!」
ブレスからりゅうま隊長の声がするが、恐怖で声が出ない。
怪人はなおもこちらに、一歩、また一歩と近づいてくる。
そして、私の目の前で立ち止まると、私のそばに落ちていたまんじゅうの箱を拾い上げ、それを箱ごとパクっと丸呑みしてしまった。
「ん〜! うまいうまい! ぼくちゃんおまんじゅう大好物〜! ……ん?」
怪人が再びこちらを見て、今度は首を傾げる。
私は死を覚悟し、思わず息をのむ。
「な、何……?」
「あー! キミ! 腕にもおまんじゅう付けてるじゃん!」
怪人が私のブレスを指差し叫んだ。
「え!? ち、違う! これはまんじゅうなんかじゃない!」
思わず、自分の腕についたブレスを押さえる。
その拍子に、うっかりブレスの通信ボタンを押してしまい、ブツリと通信が切れてしまった。
「美味しそうなおまんじゅう……ジュルリジュルリ……」
ヒドーダ怪人が、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。
私は必死に腕からブレスを外そうとするが、中々腕から外れてくれない。
マズイ。このままでは、ブレスの付いた腕ごと怪人のエサだ。
「それじゃあ改めまして、いただきまーす!」
遂に怪人が私の手を掴んだそのとき、応接室のドア……の横の壁に空いた穴の辺りから、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「やめろ! ヒドーダ怪人!!」
〈つづく〉




