エリシウム防衛線Ⅱ
ジョンの機体の出撃ハッチまでの移動が行われている間に、響と美亜は作業を終えたらしく、肩を回しながら巴の側までやってきた。
「どうでしたか?」
「大分、込み入った所の変数がおかしくなってましたので修正したら、他の分岐にも影響が出て、それを直しての繰り返しでした。ただ逆に言うと、それで済んでいただけで、まだ良かったです。恐らく、これでここの所属の方がおかしいと思われた点は解決しているはずですから、ご安心ください」
「ありがとうございました。ここにいるトライエース出撃が終了しましたら、避難シェルターへ誘導します」
巴に礼をした二人は、アリスと香織の前へと歩いてい来る。
「やあ、待たせたね。えっと、ジョン君は?」
辺りを見回した響はジョンの姿が見えないことに首を傾げていた。
「あなた。彼はさっきトライエースで出撃すると通信が入ってたでしょう」
「本当かい? そうか、それは申し訳ないことをしたな」
響の言葉は自分たちがここに呼ばれなければ、ジョンも出撃することにならなかっただろうというものだった。
しかし、巴はそれを否定する。
「エリシウムが地球保全連合に加盟した時点で、彼には招集が掛かっていたでしょうから、あなた方が気に病むことではありません。全ての責任は我々軍人の至らなさが故です」
巴が申し訳なさそうにして軽く頭を下げる。
その後、オペレーターからネームレスの準備ができたと報告が入ると、彼女はネームレスからの通信を艦橋に聞こえるように指示を出した。
「こちらグルファクシよりネームレスへ。指令室の電源が不安定なため、こちらで臨時に指揮を執る。そちらの映像データを同期してほしい」
「映像の同期? えっと、どこを弄れば――――」
ジョンの戸惑う声が聞こえ、アリスは疑問が浮かぶ。
あれだけの戦闘を行うことができたのに、映像を繋ぐことさえできないのは不自然だ。だが、ジョンが演技をしている様子はない。
入って来る声の様子から、外にいる整備員に質問しながら操作している雰囲気がするので、本当にわかっていないようであった。
「(機体自体を動かすことはできるけど、逆に言うとそれ以外の動かし方をジョンさんはわかっていない……?)」
ニアムーンコロニーから出てしまった時は、コーラルと通信を繋げることができていたが、それはオープン回線で全員に聞こえるようにするという単純な操作だった。加えて、後ろにはシャルもいた為、いくらでもフォローができる状態。
冷静に考えれば初めて操作をする人間が、どのボタンを操作すれば、どうなるかなどわかっている方がおかしい。だが、ジョンならば大丈夫だろうという考えが、いつのまにか生まれていたことにアリスは気付く。
「それとあなたの機体は味方機として識別できるようにしてあるが、所属を確認された場合に混乱を招く。一先ずはEMU軍から出向してきたということで通してほしい。単独遊撃機ということで、機体識別コードは『ネームレス001』と名乗るように」
「了解」
返事と共に、オペレーターと巴の目の前にネームレスの前方部分の映像と後方部分の映像が上下二段で表示される。
その脇には私服姿のままのジョンの正面から見た映像があった。
「現在、敵トライエース四十機――――なおも数は増量中――――は海岸から上陸後、低空飛行で西進。目標は恐らく、軌道エレベーター直通の駅を占拠することと思われる。防衛用のトライエースが多数展開しているが、多くが対空迎撃用兵装の為、お世辞にも命中率が高いとは言えない。本機にはより接近しての確実な無力化、ないし足止めを要請する」
「最終確認ですが、市街地には民間人の逃げ遅れはないということでいいですか?」
「問題ない。既にビルを倒壊させてトライエースごと生き埋めにするという手段も使っているという話も出ている。最悪、建物に被害は幾ら出ても構わない。侵攻を止めるのが最優先だ」
巴の言葉にジョンは頷くと出撃ハッチの最終確認をオペレーターが行い始めた。




