陽動Ⅱ
グルファクシの艦橋内に通信が入った。
近海での交戦が始まり、島へ敵機が接近してきている。場合によっては、この基地からもトライエースを出撃させる可能性があるのだ、と。
「それは、この艦に乗せる予定であった機体も含めて、ということですか?」
巴の問いに、三堂の肯定の言葉が返ってくる。そして、その言葉は更に背後にいるジョンへと向けられた。
「そこに鹵獲したトライエースを扱える者もいる。可能であれば、彼にも出撃を頼みたい」
巴は、それを受けて、困った表情でジョンへと視線を合わせた。
一瞬の視線の交錯の後、ジョンは立ち上がってモニターの前へと進み出る。
「――――申し訳ありませんが、自分はこの国の軍人ではありません。あくまでEMU軍の予備兵の肩書があるだけです。もし、この国が地球保全連合に加盟したと確定したのならば、それも考えられますが」
「君は巡洋艦にいた時もネームレスという鹵獲機を操縦したと聞いているが?」
「……」
「いや、すまなかった。君は正当防衛の後、巡洋艦でその身分を受けたのだったな」
本来はジョンが巡洋艦を守った後に、それを受けて発行された身分とも捉えることができる。だが、建前としては巡洋艦に保護した時点で、それが与えられたというのが通っている。そこを三堂が異を唱えることはできない。
「逆に言えば、エリシウムが加盟した時には、その機体に乗ってくれると?」
「その時の状況によりますが、多くの人が犠牲になるというのであれば、俺は乗りましょう」
その返事に満足したのか、三堂はモニター越しに大きく頷いた。
「巴副艦長。そちらの進捗状況は?」
巴が響たちに視線を送ると、美亜が指を八つ立てて作業にすぐに戻った。
「八割ほどのようです。今までの作業時間からすると三十分もかからないかと」
「わかった。こちらは残存するトライエース機と戦闘機を出撃させて、迎撃態勢をとる。『桜花』も全て並べれば対空攻撃はある程度マシになるはずだからな。もうすぐ、客人がここに到着する手はずになっている。それまでは、何とかして時間を稼いで見せよう」
「御武運を」
モニターが切り替わると巴は大きく息を吐く。両手をコンソール脇に置いて俯いた、彼女はどこか緊張した面持ちをしているように見えた。
「お姉ちゃん。この短時間でここまで近寄られるって、大丈夫かな?」
「どうだろう。私も専門家じゃないからわからないけど……接近されてるのはミサイル迎撃に集中しているのと単純に速度が早いのが原因なんじゃないかな? でも、桜花は拠点防衛型の機体だから、仮に上陸されても、そう簡単には破壊されないし、島や海上に展開された迎撃ミサイルもあるから……」
近づくまでは上手く行っても、その後の詰めができるか。少なくとも、アリスはそこまではできないのではないかと思っていた。
「戦闘機は撃墜できるかもしれないけど、トライエースは場合によっては撃墜ができない可能性がある。人型形態の盾持ちなら耐えるタイプもいるからな。それにミサイルを躱したり撃ち落としたりする兵装もあるかもしれないし」
ロンがモニターの地図を凝視しながら唸る。
「でも、レーダーに急に現れたところを見るとステルス系。純粋戦闘機か、ワルキューレの飛行形態の可能性が高いかもな」
「トライエースじゃない戦闘機の方が強いと思うんだけどな」
席に戻って来たジョンが不思議そうにする。変形機構を入れるくらいなら、それ以外のところに機能なり兵装なりを積む方が安価で強いという意見だった。
「そこら辺どうなんだろう。可変機の評価もあるにはあって、対航宙艦としてや電撃作戦での上陸という部分では悪くないんだよね」
航宙艦や目標国に近づくまでは戦闘機型。取り付いたら人型でひたすら装甲に穴を開けたり、着陸したらそこから戦車がわりに進撃するなど、役割が無いわけではなかった。




