陽動Ⅲ
キンメリア軍は短期決戦を目論んでいる。そのことを示すかのように、もう一方のモニターでは数え切れないほどの赤い点が大陸側のエリシウムの領土に向けて動いているのが見えた。その速さから察するにミサイルと思われる。
「この艦を動かすとしても、地球保全連合に加盟してからなんだよな? そうなると国会を通して調印するのには時間がかかるんじゃないのか? キンメリアは、それをさせないようにしているとか」
シャルはそわそわしながら、アリスやモニター、作業中の響たちの背を繰り返し見る。
ひたすら何かしらのプログラムを改変、追加している作業が地味なだけに、シャルは性格上、落ち着いていられないようだった。
その時、別のモニターが一つ点灯する。それは何かの臨時ニュースらしく、二つの場面が同時に移しだ冴えていた。
「え!? 何で?」
香織が疑問の声を上げるのも無理はない。
一つの画面は国会の様子で、ちょうど地球保全連合に加盟する議論が行われていた。しかも、それはかなり終盤の様で、議長が投票に移ることを呼び掛けている場面が映し出されている。
そして、もう一方の画面は総理大臣である小西が映っていた。問題なのは、その場所。地球保全連合の本部があるタルシス国であった。
小西の隣に並んでいるのは地球保全連合の総長にして、軍の大将を務めるトレバー・モリスである。後方には細長い航空機が停まっており、そこから小西が降りてきたことが伺える。
香織が驚いたのは、この矛盾する映像だった。エリシウムでは、国外との条約などを結ぶ際に国会での議論と投票が行われる。その際には必ず総理大臣と外務大臣、その条約内容に関わる担当大臣の二名ないし三名が出席していなければならない。
やむを得ない理由でない限り、例外は認められず、例外の場合も予め決められている代理を立てなければならなかった。
「『通信を用いた出席は、映像と音声の二点が共有でき、実出席者の半数が認める場合にのみ許可する』。かなり昔の法律ですが、それを利用したようですね」
巴はそう言いながらジョンへと視線を移す。思い起こされるのは、先程の三堂との会話。地球保全連合に加盟したら、自分も戦う可能性があると述べていた。
「――――エリシウムでのキンメリアへの非難決議と共に、地球保全連合への加盟が賛成多数で可決されました。同時に、それを受けて小西総理大臣がタルシスの、えー、超音速機から降りたその場で、調印式が行われようとしています」
アナウンサーの興奮した声が艦橋に木霊した。
「これで、このグルファクシも正式に稼働できます。そして、この国とEMU軍所属の者とでの共有運用。恐らく、この調印式終了後に総理大臣から発表があるでしょう」
その言葉を待っていたように、アリスたちの入って来た通路から大勢の人が入って来る音が聞こえた。その内の大半は、艦橋とは反対側に向かっているようだったが、何名かは近付いてきているようにも聞こえる。
「失礼します。副艦長、EMU軍所属の整備兵及びトライエースパイロットが到着されました。現状を鑑みるにパイロットの方との面会を優先するべきだと判断したのですが、お通ししてもよいでしょうか?」
「お疲れ様です。確かパイロットは四名と聞いていますが、全員ですか? それとも部隊長など代表者のみですか?」
「全員です」
一瞬、巴は響たちの方を振り返ったが、見られても問題なしと判断したのだろう。報告に来た軍人に通すように指示を出した。
彼が出て行ってから十秒もせずに扉がスライドすると、四名の軍人が入って来る。アリスはその様子を見ていたら、見覚えのある二人に気付いた。
「あれ? ミリーさんとコナーさん?」
真っ先に反応したのはコナー。アリスたちの姿を認めるや否や、指を差して驚きの声を上げる。
「ん? あ゛、この前の学生たちじゃないか、どうして、ここに――――いだだだっ」
「新しい上官の前よ。見っとも無い姿を見せない。あと、人に指は差さない」
ミリーはコナーの耳を引っ張って、無理矢理、巴の方へと体を向かせる。軍人らしからぬ態度に、巴は目を丸くさせながらも、先頭に立つ灰色の髪の男の言葉を待った。




